人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  二十七話

 誠也は以前と同様に林田先生に同行し仕事のアシスタントを担う。この日裁判所で公判が行われた後、先生は初めて誠也を飲みに誘った。その店は嘗て先生が世話をした元ヤクザの構成員が出所したから更正し夫婦で経営している居酒屋であった。

 暖簾を潜り扉を開けると愛想の良い声が二人を迎えてくれる。

「いらっしゃいませ、あら、先生じゃないですか! お久しぶりです、さあどうぞ」

「相変わらず元気でやってるみたいだね、安心したよ」

 そう言って椅子に掛けた先生には好物の焼酎が運ばれる。誠也はそれに合わせ同じ焼酎を頼んだ。誠也も挨拶を済ませ二人は思い出話などに花をが咲かせる。誠也が見る限りでは確かにアウトローをかじっていた面影はあるものの、その愛想の良さや話の仕方、快活な笑顔には何の翳も感じない。先生が

「あてはお任せするよ」

 と言えば

「はい、了解です!」

 と颯爽と料理に取り掛かる主人の包丁捌きは実に巧みで鮮やかで魚を極めて薄く切る腕は職人そのものである。それに見入っていた誠也に先生は言う。

「この人は元々漁師の家の生まれなんだよ、だから包丁捌きなどはお手の物なんだが、途中で道を誤ってしまってな、でもその腕は今でも全く衰えてはいないようだ」

「そうなんですか、感動しました」

 カウンターの上に出されたお造りは切り口の繊細さ、滑らかさに加え脂の乗った旨味はどう表現していいのか分からないほどの至高の味だった。つい箸が止まらなくなってしまった誠也に対し

「もうちょっと味わって食べてはどうかね」

 とあやす先生の様子を見ながら主人は微笑を浮かべる。そして主人も

「兄さん、まだまだあるから慌てなくてもいいよ」

 と優しい声を掛けてくれる。この刺身は誠也にとっては贅沢極まりない逸品だった。

 或る程度酒が進んで来ると誠也は改めて先生に訊く。

「ところで先生、何故自分の過去を全く訊いて来ないんですか? 何故こうもあっさり自分を受け入れてくれたんですか?」

 先生は微動だにせず徐に口を開く。

「私は細かい事などどうでもいいと思ってるよ、そうだな~、君を受け入れたのは感性だけに頼った結果かな」

「感性ですか........。」

「そうだよ、以前に依頼されていた殺人犯がいただろ、何故あんな男の弁護を引き受けたかはかみさんから訊いたかもしれないが、あの男も今では己が罪を認め大人しく服役しているよ」

「そうだったんですかぁ、ではやはり自分が一度辞めた事は軽率だったんですね、本当にすいませんでした」

「いや、謝る事はないよ、私は君が戻って来てくれると信じていたし、君も色々経験を積んで一端の弁護士になったじゃないか、それで十分だよ」

 誠也は先生のこの言葉に我を忘れ泣き出してしまった。畑で訊いていた主人も自分の過去を省みたのか貰い泣きしている。

「でも君には足りない事もある」

「何ですか?」

「寛容さだよ」

「はぁ~......。」

「図星だったみたいだね、人間という生き物は過ちを犯すものなんだよ、でもそれを一方的に咎めるだけでは先に進まない、だから私は弁護士になったんだよ」

「でも、その過ちにも限度がありますよね、殺人などは論外とも思えるのですが」

「そうだね、確かに殺人なんて誰でもする事ではない、だから私は相手を見た上で依頼を受けるかどうか決めてるんだけど、同じ殺人でも止む負えず及んでしまったという事も結構多いんだよ」

「それでも自分は許せないですけどね~」

「ならば君は何故弁護士になったんだ? 検事の方が良かったのでは?」

 言葉に詰まった誠也は取り合えず思い付いた事をバカ正直に語り出す。

「自分は弱者を困っている人達を助けたいんです、ただそれだけです」

「犯罪者は必ずしも強者ではないよ」

「それはそうですが.......。」

 誠也はこれ以上何も言い返せなかった。確かに先生の仰る通りでこの主人も以前の殺人犯も先生の功に依って更正出来たのであろう。だがその反面被害者は完全に報われたのだろうか、いくら法律で刑に服し償いを受けた所被害者や遺族が報われる事など永久に無いのではなかろうか。加害者の更正を持って報われる神様仏様のような人間などいるのであろうか、とてもじゃないが信じられない。

 何年も前に法曹の道に足を踏み入れておきながら誠也は今更ながらこんな想いに錯綜する。だがこの真理とも言うべき人間生命の奥底に眠る問いには学校は勿論、研修所でも裁判所でも日常の生活でも教わる事はない。自ら身に付けて行くとしてもこの問いに完全なる答えを出せる者などいるとも思えない。とすれば宗教的な観点か導くしか道はないのだろうか。でもそれは少し話が違うようにも思える。

 誠也は一応先生の言を踏まえた多少なりとも寛容に生きて行くよう心掛けた。店を出た二人は青白く映える夜桜の美しさを己が心に映し出すのであった。 

 

 

f:id:SAGA135:20210203190115j:plain

 

 

 その後誠也にも大らかさが芽生えて来たのか、まり子との同棲生活には以前にも勝る陽気さが漂う。そんな誠也の様子に嬉しくなったまり子は言う。

「貴方最近少し変わったみたい、何かいい事でもあったの?」

「いいや、別にそういう訳じゃないんだけど」

「まあいいわ、今の誠也はめちゃくちゃ好きよ」

 と言ってまり子は出勤する前に誠也の頬に軽く接吻する。この感触は誠也の心を更に大らかにさせた。

 この日既に仕事を終えていた誠也は勢いに乗じて清政と健太に会いに行く決心をする。勿論彼等の全てを許す訳ではない。ただ会ってお互い腹をぶち割って話をしたいだけだった。

 彼等の現状などは一切調べぬままに足を踏み出す。春の麗らかな空は誠也を優しく包んでくれる。その光に抱擁された誠也は己が精神の拘りと寛容さを天秤に掛け、四分六で寛容さが勝るような気がしていたのだった。

 

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上級国民って何? ~感情の必要性

 

 

 この件については触れるべきか否か大いに迷いましたが、やはり触れない訳には行きませんね。寧ろ触れる必要があるようにも思われるのですが。

 先日公判が行われた池袋暴走事故。飯塚被告は相変わらず眠たい事ばかり抜かしていたみたいですけど、この人は言うに及ばずこういう事件、事故が後を絶たない現代社会を憂慮せずにはいられません。本当にやり切れませんね........。

 

上級国民って何? 

 

news.nifty.com

 

 上級国民(じょうきゅうこくみん)とは、一般国民とは違う上級の国民を表す、ネット上などで用いられている俗語(インターネットスラング)である。2015年および2019年に、新語・流行語大賞の候補になった。 

 最初の用例として確認できるものは佐々木惣一によるものである。1916年大正デモクラシーの際に憲法学者の佐々木が『立憲非立憲』の中で「門地や職業に依て限られた範囲の国民」を「上級国民」と名付けた。

 とあります。昔の身分制度が強いられていた時代でもあるまいし、現代社会に華族や貴族、伯爵や男爵、子爵などが存在するのか? 亦こんな俗語を広めてしまった国民性にも疑問を感じる所です。真の上級国民なるものは皇室だけと思いますけどね。

 どれだけの勲章や名誉、功績があっても品行方正、温厚篤実、それに見合った素晴らしい人柄、人間性が無ければとてもじゃないですけど上級国民などとは呼べないし、はっきり言って今の政治家にもそういう立派な人は見受けられませんね。

 何も聖人君子のような大袈裟な事を言うつもりはありませんが、少なくともこの飯塚被告は上級どころか精神的な意味合いでは超下級国民と言っても過言ではないでしょう。

 仮に上級であるとすれば尚更、「上の者が姿勢を正さずして下々を律する事など出来よう筈もない」と思うのですが。川に例えてみても上流が濁っているのに下流が綺麗な訳ないんですよね。そういう意味では自分はやはりトップダウン、縦割り社会も大事だと思います。そしてそれに服従するだけではなく対抗する下々の志、心意気、心根、こういう意志が噛み合って初めて真の理想的な社会が生まれると思います。

 自分の経験でも悲しいかな今までお世話になった目上の人にも尊敬出来るような素晴らしい人物は余りいませんでした。得てして人の上に立つような人はそういうものかもしれませんが、こんな愚痴を言っている時点で自分も所詮は狭量なんでしょうね。ならばお前がそうなればいいだろ、と言われてもそんな力も持ち合わせていない自分には何も出来ません。結局は負け犬の遠吠えなのでしょうか(笑)

 

喜怒哀楽の必要性 

 この事故についてはもう一つ言いたい事があります。それは人間が誰から教わった訳でもなく生まれながらに持ち合わせた喜怒哀楽、この四つの感情の重要性です。

 世間ではよく怒と哀はなるべく表現しない方が良いなどと自分に言わせて貰うと眠たい事を言っている人がいます。実際にそう言われた経験もあります。そこまでして喜と楽に逃げたいのかと思ってしまいます。 特に現代社会ではもはや喜すら忘れただひたすら楽だけを追い求めているようにさえ感じます。言うまでもないですがこの「喜」というワードは喜ぶという意味ですが、感謝なんですよね。ただ喜ぶだけ嬉しがるだけで感謝しないのは筋が通らないと思いますね。

 

 

news.yahoo.co.jp

 

 で、この記事なんですが。自分も日曜日はサンジャポ観ていました。そこでこの事故について触れていたのですが、大半のタレントが飯塚被告に憤りを感じ憤慨している様子には自分も大いに共感しましたね。

 そんな中、爆笑の太田と杉村は一応被害者遺族の心中を察しながらも冷静になる事を頻りに訴えていました。

 自分はこのコメント自体に憤りを覚えましたね。確かに言っている事にも一理はあると思いますが、この現状でよくそんな事が言えるなと思いました。無論太田は世論に対して冷静になるよう促したのでしょうけど、この事故では何人もの方々が被害に遭い大切な最愛なる家族を喪っているのです。こういう時は遺族だけではなく我々他人も一丸となって怒り、共に悲しむべきだと思いますね。そうする事でしか被害者や遺族の心を癒やす事は出来ないのではないでしょうか。

 太田は法に血が通ってはいけない、感情的になってはいけないなどと言っていましたが、「反省の色が見えない」と己が感情を表す裁判官もいくらでもいますし、そもそも憲法や法律を作ったのはあくまでも人間です。神様やAIが作ったものなどではありません。そうなると勿論そこには人間としての感情が含まれているのですよね。

 そして冷静になるという事は必ずしも感情的になる事を否定するものでもありません。冷静になって感情論を訴える事も可能です。そもそも人間の口から発せられる言動には多かれ少なかれ感情が含まれているのです。依って太田のこの「冷静になる必要がある」という発言自体が既にして感情の表れでもあるんですよね。

 であるとすれば何故もっと遺族の方に寄り添うような事を言えないのかと不思議に思えて来ます。

 カッコ悪い話ですが自分も傷害事件で被害者になった経験があります。こういう事は実際に経験した人でないと分からないかもしれませんが、悲嘆に暮れた人間の気持ちはとてもじゃないですが言葉などでは言い表せない凄まじい、それこそ怒と哀に充ち溢れた感情に支配されます。遺族の方の今の心境は発狂寸前、いや発狂しているでしょう。自分ならテレビでこんな温(ぬる)い発言をしている人を見れば怒り狂うでしょう。人一人の命はめちゃくちゃ重たいものだと思います。

 太田は冤罪というワードまで口にしています。まずこの事故で冤罪はあり得ないと思いますが、百歩譲って冤罪で、飯塚がアクセルを一切踏まずに勝手に車が暴走し出したとしても飯塚被告が何人もの人を傷つけ殺した事には何ら違いは無いのです。自分は法律以前の話だとも思います。それなのに未だに無罪を主張するこの人の神経は理解不能です。最終的な判決の結果に関わらずこの先も誠心誠意謝罪する事は無いでしょう。

 感情を失った人間は言わば歌を忘れたカナリヤ、牙を失った野生の動物で正に思考は停止し精神をも去勢された生ける屍ではないでしょうか。知性、感性、理性、品性と共に喜怒哀楽、この四つの感情も重要だと思います。感情的になる事=悪い事、みたいな温(ぬる)~い風潮こそが危険なモラルのような気もします。

 要するに法律以前にもっと人間の心情を斟酌してやれよと言いたいですね。お笑い芸人としては自分はさんま、ダウンタウン松本、そして太田は好きですけど、太田の思想信条みたいなものは嫌いですね。

 

 という事でまたまた縷々講釈を垂れ流してしまいましたが決して上からものを言うつもりでもありません。自分の主観に過ぎないかもしれませんが、あくまでもアホながらにも誠心誠意綴ったつもりです。

 今日はメロンの日らしいので久しぶりに美味しいメロンでも食べたいですね 😉

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

早熟の翳  二十六話

 久さんの言説に従いヤクザの顧問弁護士を辞めた誠也は路頭に迷っていた。それにしても久さんとの別れは余りにも儚く感じられて仕方ない。この数年間は一体何だったのだろう。永久(とわ)の別れになってしまったのだろうか、そんな筈はない、彼は近い内に復活してまた自分を呼び戻してくれる。誠也はそんな淡い夢を観ながら一時放心状態の日々が続いていた。

 だが何時までもまり子の世話になる訳にも行かず次なる就職先を探し出す。まだ経験の浅い誠也は個人で法律事務所を立ち上げる手腕も信用も金も無い。しかし何処を見てもパっとした事務所は見当たらない。職探しに翻弄していると以前お世話になっていた林田先生の事が気に掛かった。

 あの先生は「何時でも戻って来ていいから」と言ってくれていた。これをバカ正直に好意と受け取っていいものだろうかと戸惑う所ではあるが、当たって砕けろと思った誠也はダメ元で林田先生の事務所を訪れる決心をする。

 誠也の家から電車で二駅ほどの距離にあるその事務所は相変わらずの閑散とした様子で、外から見た感じでは営業しているのかさえ疑わしい雰囲気を醸し出していた。

 玄関のドアをノックすると中から先生の奥方の優しい声が聴こえる。

「どうぞ」

「失礼します」

 奥方はその声と同様実に柔らかい表情で誠也を迎えてくれた。

「久し振りだったわね誠也君、取り合えず掛けて頂戴」

「有り難う御座います」

 奥方はお茶を用意してくれて軽い世間話などをした後、先生が帰って来るまでの間、寛ぐよう誠也を促す。この間誠也は恐縮して仕方なかったが奥方の大らかな言句は彼の心を安んじてくれる。これ以上は話の種も無かった誠也はただお茶を有難く頂くだけであった。

 30分ぐらいが経った頃先生が徐に入って来た。彼は書類を奥方に渡した後、誠也の方に身体を向けてこれまた優しい面持ちで語り掛けて来る。

「おう誠也君久しぶりだったね、この前電話を貰った時は嬉しかったよ、私は君が必ず帰ってきてくれると信じていたよ、私の勘は当たったようだな」

 そう言って微笑を浮かべる先生であったが如何せん高齢で杖をつきながら喋っている姿は少し憐憫さを漂わす。誠也は思わず椅子に掛けて下さるように願い出たが先生はそれを断り

「私は立っている方が楽なんだよ、坐ってしまえばまた立つのがしんどくてね」

 などと冗談交じりな顔つきで答えた。

 誠也は面接のつもりで来たのだが先生も奥方も一向に質問や手続きの話をしては来ない。それを訝った誠也はどうしていいのか分からず、取り合えず持参して来た履歴書を差し出す。すると先生はこう言う。

「何だねこれは? 君の来歴などは今見ただけで十分分かったよ、それよりこの書類にサインしてくれないか」

 と言って先生に依って奥方が整然とした面持ちで雇用契約書を持って来た。誠也は促されるままにサイン捺印したが履歴書を蔵(しま)うのには躊躇う。そんな彼の様子を他所に先生は今抱えている仕事の話をし始めるのであった。

 こうして誠也は難なく林田法律事務所に再就職出来た訳だが、この二人の優しさはどういう事なのか、他の職種ならいざ知らず司法に携わる者にしては些か大雑把ではなかろうか。この余りにも厚い好意はいくら腹の据わった誠也をもを震え上がらすには十分で、それは高校大学の頃のアルバイト先の好意にも似ていた。久さんにしてもそうだった。誠也は今ままでの人生に於いても常に恵まれた環境に居座っていたのかもしれない。それに対して誠也は報いて来たのだろうか。今更ながら己が人生を省みる誠也の姿は実に清々しい一人の青年のようにも見える。

 先生は深い皺を刻んだ顔で資料に目を通していた。

 

 再就職を果たした誠也は久しく帰っていなかった実家を訪れる。庭には見慣れない桜の木が植えられていた。

 誠也は母に会うなり毎月渡していた仕送りとは別に新たな金と幾ばくかの土産物を手渡す。

「母さん長い間心配掛けて悪かった、ヤクザの顧問弁護士は辞めて、また林田先生のとこに世話になる事になったよ、だからもう心配しないでくれよ」

 誠也の事言葉に母は感涙し顔を歪ませる。

「有り難う、こんな事までしてくれなくてもいいのに、私は貴方の元気な姿を見れただけで嬉しいのよ、ほんとにありがとう」

 流石の誠也も母に釣られて涙を零す。この時誠也は人生で初めて親孝行が出来た感じがしていたのだった。すると姉が現れる。

「誠也、あんた少し成長したみたいだね、母さんはあんたの名を口にしない日は一日も無かったのよ、これからは絶体に母さんを悲しませるような事はしないでよ、もししたら私があんたを殺すわよ」

 そう言った姉の顔にも一滴の涙が流れている。この日親子三人は仲睦まじく夕食を食べお互いの近況などを語いながら時を過ごす。新しく植えていた庭の桜は三人の気持ちを優しく包んでくれるのであった。

 

 時を同じくするように翌日仕事を終えた誠也には朗報が齎される。修二は誠也に会って酒の席でそれを発表する。二十代後半にして早くも鳶の親方になった修二の喜びようは天にも舞い上がるような雰囲気を漂わす。誠也もそれを大いに祝福しふざけながら修二の頭を小突く。

「お前が親方かよ~、みんな付いて来るのか?」

「当たり前だろう、親方なんだから」

「そうだな、お前が何時親方になるのか一日千秋の想いで待っていたんだよ」

「有り難う兄弟!」

「兄弟か~、今の俺達には俺とお前の二人しかいないんだよな~、清政にも聞かせてあげたいよな~」

 修二は俄かに神妙な面持ちになった。

「誠也から知らせてくれよ、俺もあれからというものあいつには会ってないんだ、もうそろそろ手打ちしてもいいんじゃねーか?」

 誠也は己が放った言葉とは裏腹に修二以上の険しい表情を泛べる。

「修二よ、それだけは無理な話だよ、今のは冗談さ」

「そんな事ねーだろ、お前はそんな冗談を言う奴じゃねーよ!」

「悪かった、その話は止めよう」

 誠也が放った少し軽率でもあるその言葉に依って場は一気に静まり返った。するとこういう時のお決まりで親っさんが姿を現す。

「誠也、修二の言う通りだ、もう時効だろうよ、俺もお前達が仲たがいしたままでは楽隠居出来ねーじゃねーか、もうこれ以上心配させねーでくれよ」

 この親っさんの言葉は流石の誠也にも響いた。いかしそれを踏まえた上でも彼にはどうして良いかは分からない。清政と健太、先に筋を外したのはあくまでも向こうだ。自分に非があるとすれば先々の事を見通せなかった事。それ以外にはあり得ない。そうすると自分から手を差し伸べるような真似は到底出来ない。

 こういった誠也の世間から見れば硬い考え方は所詮は時代錯誤で今の世には通じないものなのか、それとも狭量なだけか。久さんといい誠也といい早熟した若者には他者を慮る精神に乏しいのか。色んな思惑が誠也の脳裏を過る。だが誠也はまだ彼等に対して寛容になる事は出来ない。この頑なな拘りが呈する形はどんな未来を作って行くのだろう。

 桜は未だ枯れず華やかに街を彩るのであった。

 

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月5日 レゴの日 ~熱中症対策の日

 

         

           鯉のぼり  雨にも負けぬ  志(笑) 

 

 今日5月5日は立夏にして子こどもの日、端午の節句などの色んな記念、行事が関連付けられていますが、今年の春は例年になく雨が多いように思えます。でも雨が結構好きな自分としては少し嬉しい気持ちさえ芽生えて来ます。

 そんな変わり者の自分が少し気になった本日の記念、行事について語って行きたいと思います。

 

レゴの日 

 デンマークのブロック玩具「レゴ(LEGO)」を販売するレゴジャパン株式会社が2002年(平成14年)に制定。

 日付は「レ(0)ゴ(5)」と読む語呂合わせと、「こどもの日」であることにちなんだもの。また、2002年はデンマークでレゴ社が設立されてから70周年、日本で販売されてから40周年に当たることから、この年に、より多くの人にレゴブロックをPRすることが目的であった。

 「レゴ(LEGO)」の名前は、「よく遊べ」を意味するデンマーク語「Leg Godt」に由来する。また、「LEGO」にはラテン語で「組み立てる」の意味がある。

 1934年(昭和9年)に玩具を製造する会社の社名を「LEGO」とした。創業当初は木製玩具を製造していたが、1949年(昭和24年)から現在のレゴのようなプラスチック製の結合できるブロック玩具の製造・販売を開始した。

 1953年(昭和28年)、そのブロック玩具に「LEGO Mursten」の名前が与えられた。「Mursten」はデンマーク語で「レンガ」(Brick)を意味し、「LEGO Bricks」(レゴブロック)と呼ばれるようになった。

 

 とありますが、自分も幼い頃はレゴブロックを組み立てて遊んでいましたね。この玩具は知能を要しますから結構難しいいんですよね。スムーズに完成出来た記憶がありません。情けない話です^^ 

 そして意外と高価なんですよね。親やお婆ちゃんに必死に強請って買って貰った記憶もあります。まだ子供の頃とはいえ有難い話です。  

 

 

 

 

ジャグラーの日 

 パチスロジャグラー』シリーズを製造・販売する株式会社北電子が2008年(平成20年)に制定。 『ジャグラー』シリーズは全国のパチンコホールに設置されており、パチスロ設置総台数の20%以上を占める人気機種。日付はリール窓の左下にある「GOGO!ランプ」が点灯すれば当たりという『ジャグラー』の明快なゲーム性をもとに、「GO(5)GO(5)!ランプ」の語呂合わせとなることから。

 

  との事らしいのですが、こんなパチンコに関係する事を記念日になどするなっていう感じですね。自分も以前は嵌っていましたが、もはや完全に辞めた今では鬱陶しいぐらいです。ならば書くなという話にもなって来ますが、一応は嵌って来た経験も踏まえて一応書いてしまったという感じですかね 😕

 

 

 

 

丸源餃子の日 

 愛知県豊橋市に本社を置き、焼肉・ラーメン・お好み焼など、様々な外食事業を展開する株式会社物語コーポレーションが制定。

 同社の「丸源ラーメン」などで提供する「丸源餃子」をより多くの人に食べてもらうことが目的。日付は家族みんなで味わってもらえるとの思いから5月5日の国民の祝日「こどもの日」としたもの。

 ゴールデン・ウィーク(GW)の繁忙期に店内だけでなく、持ち帰り餃子、冷凍餃子の販売促進も目指している。記念日は2020年(令和2年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

 

 とあります。自分も餃子は大好きです。中華料理が好きな者の意見としてはラーメン、焼き飯、餃子。これは3点セットなんですよね。でも飲んだ後にはこれを全て食べるのは流石に難しいです。基本的には食も細い方なので全部ミニサイズでちょうどいいですね。揚げたてのパリっとした食感がたまりませんよね^^

  

 

 

 

熱中症対策の日  

 一般財団法人日本気象協会が手がける「熱中症ゼロへ」プロジェクトと、プロジェクトの公式飲料「アクエリアス」の日本コカ・コーラ株式会社が共同で制定。

 日付は暦の上で夏が始まる「立夏」(5月5日頃)とし、この頃から熱中症患者の報道が出始めるのでいち早く注意を促す。熱中症を防ぐには細めな水分補給が大切であることを多くの人に知らせるのが目的。記念日は2014年(平成26年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

 

 早くも熱中症かとも思えるのですが、こういう事だったんですね。確かに熱中症は怖いです。特に汗をかきやすい夏は十分に水分を摂る必要があります。

 でも昨今では何か必要以上に水分摂取を促し過ぎのような感じにも思えるのは自分だけでしょうか。中学生時分などは限界まで飲ませて貰えなかった経験があります。これは単に時代の違いなのか、今の地球の温度上昇がそれほど切迫しているのでしょうか。何れにしてもこの事一つ取っても温(ぬる)い時代になってしまったと悲観してしまいます。やはり自分の考え方が時代錯誤なのでしょうね(笑)

  

 

    

 

  という事で(どういう事やねん!)皆様も良いGWを^^ 自分は今日も銭湯へ行きサウナで一汗かいて来たいと思います 😉

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

早熟の翳  二十五話

 花鳥風月。満開に咲き誇る桜は実に美しく、人々の心を晴れやかにしてくれる。

 月日は流れ久さんは次代の若頭が有力視され、誠也は弁護士でありながら事実上は安藤組のナンバー2の貫目を漂わす。あの事件から何年が経ったのだろう、今では清政や健太の情報など何も耳に入って来ない。

 だがもう自分から手を差し伸べる事も出来ない。この間(かん)まり子と同棲し出した誠也はあの二人の事をなるべく考えないように勤めていたのだった。

  同棲しているとはいえ看護師であるまり子とは擦れ違いの生活が多い。しかし優しいまり子は夜勤の時ですら何時も誠也の食事の世話だけは欠かした事がなかった。

 今朝の献立は春に因んだ桜ごはんであった。薄紅の桜の花が器全体を明るく彩るごはんは香りやうま味だけではなく食べている者の心まで朗らかにしてくれるようだ。

 彼女らしい粋な計らいだ。恐らくまり子は昨日夜勤に出る前に丹精込めて作っていたのであろう。誠也は心から感謝して有難く食していた。

 誠也は桜並木を横に意気揚々と事務所に行く。今のところこれといって仕事がなかった彼はデスクに坐りこれからの久さんが歩むであろう出世街道を想像しながら自分の将来を模索する。彼の本分は弱者を助ける為の弁護であった。だが今の彼が置かれている状況はどうだろう。ヤクザの顧問弁護士という世間では後ろ指を指されても仕方のない世界にどっぷり漬かっているではないか、成り行きでそうなったとはいえこれは誠也のような人間には相応しくない道かもしれない。だが久さんの思惑も分かる。ここまで来て久さんを裏切るような真似はいくら誠也であれ出来る筈もない。誠也は今更ながらこの現状のやるせなさに想い耽るのであった。

 すると玄関のドアが力強く叩かれスーツ姿の物々しい連中が騒々しく入って来た。

「安藤久、貴方を傷害及び使用者責任の罪で逮捕します」

 事務所内には戦慄が走り若い衆達は警察に烈しく抗い騒然とした状況を醸し出す。だが久さんは何ら慌てる事なく

「お前ら静かにしねーか! ちょっと行って来るわ」

 と平然とした面持ちで連行されてしまった。組員達は頻りに訴える。

「誠也さん、何とかして下さいよ! 自分が親分の代わりになりますからお願いしますよ!」

 誠也は取り合えずみんなを鎮めるべく口を切る。

「落ち着いてくれって! 俺が全力でやるから、だからお前らも余計な事だけはしないでくれ」

 組員達はやり切れない想いで地団太踏んでいた。こんな事はヤクザ社会では日常茶飯事な訳だが今になって久さんに的を掛けて来た警察の思惑は何なのであろう、先の抗争では数人の組員が捕まった事で幕は引いた筈だった。確かに警察がその気になればヤクザ組織の一つや二つ潰す事は容易だ。だがここに来て動き出した事だけはどう考えても解せない。誠也はただ久さんの事が心配でならなかった。

 

 家に帰るとまり子は既に夜勤に出ていた。何度も経験して来た事とはいえ今回の件では流石の誠也も寂寥感に苛まれ用意してくれていた食事には手が付かない。先に晩酌に興じた誠也は今久さんがいるであろう警察署の殺風景な留置所を思い浮かべた。

 まだ寒いだろうな、警察には虐められていないだろうか。久さんの事だから心配は却って徒になる可能性もある。だがこの件で自分が力を発揮出来なければ立つ瀬がないし何の為にヤクザの顧問弁護士になったのか分からない。

 取り合えず明日面会に生き自分の心意気を示す。今の誠也に出来る事はこれだけであった。

 早速面会に赴いた誠也はなけなしの差し入れを渡し思い付く限りの誠意を久さんに告げる。久さんは相変わらずの渋い表情と全く動じない貫禄を持って誠也に語り始める。

「いいか誠也、良く聴けよ」

「はい」

「俺の弁護は一切いらない」

「え!? 何故ですか!?」

「今回の件がどういう経緯であったのかは分からない、だが俺は甘んじて刑に服するつもりだ、そうなれば安藤組は持たねーだろう、自分で言うのも烏滸がましいがうちの組は俺一人で持ってたようなもんだからな、下のもんでは何も出来やしねえ、お前には言って無かったが俺を消したがってる奴は松下だけじゃねーんだ」

「誰ですか?」

「そんな事はお前に関係ねー事だ、俺はまだヤクザは辞めなねーが、組は解散する、若い衆達に迷惑掛ける訳には行かなねーからな」

「そんな久さんらしくもない、みんな全力で組を守りますよ、だからそんな弱気な事は言わないで下さいよ!」

「いや、もう決めた事なんだ、それともう一つ」

「何ですか?」

「お前も堅気に戻れ、お前には真にアウトローの道は究められねーよ、そんな俺も人の事は言えなねーけどな、ふっ」

 久さんは軽く笑って誠也に別れを告げた。誠也の収まらぬ様子は看守に依って遮られる。

 これは確かに久さんらしい男気に充ち溢れた言い方ではある。だがそのカッコつけ過ぎとも受け取れる彼の信条は何処から発生するのか、誠也とて元暴走族の総長で頭を張る者としての矜持は理解出来る。それにしても久さんの場合は次元が違い過ぎる。これは誠也が単なるヤンキー上がりのまだ少し底の浅い経験と思慮に依るものなのだろうか。それともこの二人にはそれをも上回る貫目、いや世界観の違いがあるのか。

 だがいくら承服しかねる事とはいえ久さんの意向に背く訳には行かない。誠也はその意向通りにヤクザの顧問弁護士を辞めると同時に組員達に解散の宣言を出す。

 或る者は大声で反抗し或る者は泣き叫ぶ。その姿は誠也の心にも響き一滴の涙が零れる。取り合えず組員達は本家預かという久さんの願いで道を移す。完全に足を洗う者も2、3人はいた。当然誠也もその一人だ。

 月満ちればやがては欠ける。それにしてもこの甚だ急激過ぎたこの一件が及ぼす影響は余りにも大きい。その中でも唯一考えられる事があるとすれば久さんと誠也の共通点後継者を育てられなかった。その事に尽きるのではないだろうか。

 

 潔く顧問弁護士を辞めた誠也は一時途方に暮れていた。そうなれば当然まり子と食事を共にする機会も増えて来る。悲観に暮れていた誠也に対しまり子は相変わらずの天真爛漫な面持ちでまるで何事もなかったような振る舞いで毎日を過ごす。そんなまり子に改めて口を切る誠也。

「お前の性格はほんとに羨ましいよ、何で俺はそうなれないんだろうな」

「どうかしらね~」

「お前だって職場で色々あるんだろ? 全然悩まねーんだな」

「何も考えないようにしてるから」

「そんな簡単な話か?」

「簡単ではないわよ、でも私には貴方がいるから、それだけで十分なのよ」

「それを言われると何も言い返せねーよ」

「それだけじゃダメ?」

「いや、そんな事ねーけどさ、でも俺はそんな風には生きて行けねーな~」

「そうなれば私が食べさせてあげるわよ、心配しないで」

「何言ってんだよ」

 愛想笑いをした誠也だが心の中では満更でもない将来を予想していた。

「ほらごらんなさい、貴方今考えてたでしょ、冗談に決まってるじゃない、私の稼ぎじゃ弁護士を賄う事なんて無理に決まってんじゃん、一々真面目に考えないでよ」

「そうだな」

 誠也はまた愛想笑いをする。するとまり子は料理の手を止め、彼の身体に凭れ掛かり今度は少し真剣な眼差しで言う。

「弁護士なら職を失う事は無いでしょ、でも何回も言うけど清政君健太君とは絶対に仲直りして頂戴、私が貴方に願う事はそれだけなの、そうすれば万事巧く運ぶような気がするのよ、お願いだからそうして!」

 執拗に迫るまり子の願いはまだ誠也の心に響かない。その理由ははっきりしている。誠也の奥底に眠るアウトロー魂が是が非でもそうさせてくれないのだ。この拘りはまだ誠也の精神が幼いからなのか、それとも己が道を全うしようとする彼の矜持自体が通じない程人間社会は複雑怪奇なものなのか。

 答えの出ない問いに抗うように二人は互いの身体を強く抱きしめ合う。桜の花は以前その美しさを失ってはいない。可憐に咲き誇る春の花々は二人の想いをどう誘ってくれるのだろうか、無心になって愛を確かめ合う二人の姿には何の矛盾も無かった。

 

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

早熟の翳  二十四話

 ようやく厳しい暑さも弱まり、本来ならば人々が小躍りするような秋の到来も彼等にとっては一触即発、油断の出来ない様相を呈して来た。久さんは若い衆に松下組のシマでシャブを捌いている奴等を悉く捕まえろという指示を出す。しかし気になるのは未だに処分を決めない親分と頭の悠長な様子だった。 

 組員達は勇み立ち売り子をしていたチンピラどもに片っ端からヤキを入れる。久さんは再度親分と頭に掛け合い松下の除名を願い出る。しかし二人の言い分はあくまでも功労者であり今でもシノギの良い松下を破門にはしたくないという実に半端な考え方だった。そんな二人に久さんは噛みつく。

「意見して悪いですが、それで筋が通るんですかね? ここではっきりした決断を下さなければ下のもんにも示しが付きませんし、今後も組織の綱紀粛正を図る事が困難になって来ますよ」

「ま~待て久よ、あれの組は結構な上がりを入れてくれてるんだ、今のわしらには欠かせない存在なんだよ、お前ももうちょっと大人になれよ」

「親分、変わりましたね、自分が先代の跡を継いだ頃はもっと男気のある立派な親分で自分は親分の為なら死んでもいいと思っていましたよ、それが今では」

 すると頭が口を挿む。

「久! お前誰に向かって口利いてんだゴラ! いい加減にしろや!」

 親分は頭の肩を叩いて久に向かう。

「確かにそうだな、わしはお前のそういう所が好きなんだ、わしは次の頭はお前にしたいぐらいなんだ、よし分かったじゃあこうしよう、今回の件は全てお前に任せる、好きなようにしろ」

「有り難う御座います」

 親分の了承を得た久さんはとことんやる腹を固めたのだった。

 

 武闘派で通っていた安藤組は松下組を徹底的に追い込んで行く。修羅の如く立ち回る組員達は容赦なく敵を蹂躙する。街には銃声が鳴り響き血の雨が降りしきる。多少の報復などにはびくともしない。既に組織の半分の者を失った松下は改めて久さんに手打ちを申し出て来た。

「安藤の、もう勘弁してくれや、何でここまで必死になるんだ、もうシャブには手出さねーから、ここらで手打ちしようや、な」

「眠たい事言ってんなよ松下、お前が取る道はただ一つ、引退しかねーんだよ」

「どうあってもダメか?」

「ああ」

 松下はこれ以上下手に出る自分に嫌気が差し子分の一人に命ずる。

「行け、清政!」

「はい!」

 それは紛れもなく誠也の嘗ての友清政であった。彼は久さんの胸元目掛けて一心にドスを突きつける。久さんは余裕のある面持ちでその刃を躱し清政の身体に2、3発入れて髪を掴み上げ怒鳴る。

「ゴラ三下(さんした)! やるんなら本気で向かって来いや、そんな半端な覚悟では中学生にも勝てねーぞ!」

 久さんの怒声はその貫禄のある風貌に依って更に強さを増すようだった。今の彼に抗う事など鬼神にでも出来ないのでは無いだろうか、清政は無論松下の親分までもが気後れし身を震わせている。格が違い過ぎる。そう感じた清政は顔を歪ませながら久さんに土下座して詫びを入れまくる。

「ほんとにすいませんでした!」

 彼の目には恐怖の余り涙さえ零れている。この間松下はただ項垂れていた。

 そして久さんは静かに口を開く。

「松下よ、ここまでだな」

 流石の松下親分もこれ以上は何もせずに全てを諦めた。後日松下は本家親分の下で指を飛ばし正式に引退する。親分は今回の件で益々久の力を認め、亦その力を憂慮するのであった。

 

 今回の一件を久さんから訊いた誠也には戦慄が走る。それは当然清政の事であった。いくら彼が預かりの身であったとはいえ寄りにも依って松下組を頼っていたとは想定外の事で、彼がどうしても自分の意に従う、いや分かってくれなかった事、そして一番愕いたのは久さんが清政ごときに手心を加えた事であった。

 誠也はその事を訊くのを躊躇いあくまでも顧問弁護士という立場を弁え素知らぬ顔をしていた。そんな誠也に久さんは言う。

「俺もまだまだだな」 

「今回の件、お見事です、流石は久さんです」

「そんなベンチャラはいいんだよ、もう耳に入ってると思うがお前お兄弟分、俺はあいつに情けを掛けてしまった」

「有り難う御座います」

「いや、別にお前の為じゃねーんだ、あいつは見るからに三下だ、そんな弱っちい奴相手には俺も少し躊躇ってしまってな~、俺もヤキが回ったかな・・・・・・。」

「そんな事ないです、本家親分も認めてくれている事だし、全ては久さんのお手柄ですよ」

 久さんは軽く笑みを浮かべて誠也の肩を叩いた。誠也の知る限りでは久さんがこんな沈鬱な表情をした事は一度も無い。彼の心労は察するに余りあるが今の誠也にはどうする事も出来ない。これがもし女なら身体で慰める事も出来よう、しかし久さんのような金筋の極道に対する慰めなど思いつきもしない。如何に言葉を尽くそうとも詭弁に思える。

 久さんに誠也、この二人のアウトローの一線級が共に肩を並べれば正に鬼に金棒、怖いものなど何もないようにも思えるのだが、何故今の二人はこれほど心が痛むのであろう。彼等が早熟だとするならば晩熟した者達はどう考えるだろう。天には天の、地には地の悩みがあるとは言うが今の二人にはまだ真に弱者の心を読む才能は身に付けていなかったのかもしれない。

 秋の間に事を成した久さんには街を彩る紅葉の美しい葉が一際その心を癒やしてくれるような気がしていた。

 

 今回の件で逮捕者は松下組の十数人に対し安藤組は僅か数人であった。それは久さんにとっても悦ばしい事この上ない。当時はまだ使用者責任が無かったとはいえこの結果は極道としてもかなりの優等生に見える。久さんは改めて功績のあった組員達に激励の言葉を掛け、一層の組の繁栄を望み仕事に精を出す。それは誠也も同じで今回の件で随分走り回った功は安藤組を盤石の体制に導けた。形となって成果を出す事が出来た誠也は大いに喜び、久さん対しても恩返しが出来たような気がしていた。

 久さんも組織の中で名実共にナンバー3の位置に昇格したも同然で、もはや彼に対し意見する者など一人もいない。親分や頭までもが久さんを警戒するような屈強な体制は他組織を振る上がらすにも十分で親分の株も上がったに相違ない。

 とにかく久と誠也、この二人には今の所は己が憂慮を除けば何の障害も無かった事は確かであった。

 

 落ち着いた誠也はまた久しぶりにまり子に会う。彼女は晩秋の夜に相変わらずの陽気さで可愛い容姿で現れる。しかしその表情に些かの陰りを感じたのは誠也の杞憂なのか、そんな心配を他所にまり子は快活な笑みを浮かべながら喋り出す。

「今日はいい天気だったわね、こんな日に連絡してくれるなんて貴方も乙な事するわよね~」

「たまたまだろ、天気なんてどうだっていいよ」

「そうでもないわ、私貴方と逢引きしてる時の天気を全部記憶してんのよ、これまでで悪天候の日は一度も無かったわ」

「らしくねーな、そんな繊細だったっけか?」

「私は大雑把な女よ、でも天気は好きなの」

「じゃあ今日も良かったじゃねーか」

「そうね、でもこれからはどうなるかしら」

「うん?」

「前に言ったわよね、貴方の少し考え過ぎな所が徒になるんじゃないかって」

「あぁ」

「私それがいよいよ怖くなって来たのよ」

「じゃあお前も所詮は俺と同じで色んな事考えてんじゃねーか」

「そうじゃないのよ、貴方の繊細自体が徒になるって言ってんのよ」

「良く分からなんねーな~」

「私もどう言っていいか分からないけど以心伝心って言うじゃない、だから貴方余計な事考えてつろ相手も余計な事を考えてしまうのよ、つまりはあの二人とはどうあっても仲直りして貰いたいのよ」

「お前何か知ってんのか? 俺もその事は考えないでもねーけど、今は無理だ」

「何で?」

「無理なものは無理なんだ」

 誠也はこの時久しく見なかった涙をまり子の顔に確かめた。何故彼女はこれしきの事で泣いているのか、まり子本人に何かあったのか、それともそこまで自分の事を想ってくれているのか。錯綜した気持ちは誠也を苛立たせ何時もとは違う少し強引な手がまり子の身体に触れる。でも彼女は何ら抗う事なく誠也に身を任せる。

 この夜二人はどういう心境で抱き合ったのだろうか、互いに身体を欲した訳でもない、心が充たされるとも思えないこの契りが織りなす形はどういう絵を描くのだろうか。二人はただ無心に、烈しく抱き合うだけであった。

 

 

 

 

 

 こちらもポチっと応援宜しくお願い致します^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

  

 

 

   

 

 

 

早熟の翳  二十三話

 折しも強さを増した雨音は小さな居酒屋の屋根を容赦なく打ち続け、四人の心にまで浸透して来るような勢いだ。親っさんの心遣いで仕切り直す事が出来た誠也は煙草に火を着けた後、いよいよ本題に入る。三人は息を飲むようにして誠也の発言に耳を傾ける。健太は今にも失神して倒れそうなぐらいその顔色は青ざめていた。

「で、清政よ、お前これからどうすんだよ、ほんとに久さんに世話になるつもりなのか?」

「いや、それは、一応布石を打っただけの話だよ」

「やっぱりそうか、お前も変わったな、昔のお前はそんなヘタレでは無かったろ、俺はこの場で兄弟の契りを解消させたいぐらいだよ」

 修二が咄嗟に口を開く

「誠也、それは言い過ぎだろ、こんな時こそ助け合わねーとダメだろ!」

「いや、その時期は過ぎたんだよ、あの時、俺の忠告を無視した時にな、それでも今ここで二人共堅気になると誓ってくれたら俺は久さんに掛け合い借金の件は何とか手を打とうとも考えてるんだ、でも二人にはその気はさらさら無いみたいだし、清政では裸一貫親っさんの意志を受け継いで組を立ち上げる器量もねーだろ、となればこれ以上俺に出来る事なんてねーよ」

 流石の清政もこの誠也の如何にも上から目線な言い方には不服で反論に出る。

「お前言い過ぎだろうよ! 俺だって一端の極道なんだよ、お前は久さんとこの顧問弁護士というだけで正式なヤクザじゃねーし、堅気に極道の筋なんかで講釈垂れられるのはゴメンだぜ」

「なるほど、それも一理はあるな、じゃあどうあっても健太と二人堅気になる気はねーんだな? 言うまでもねーけど久さんはお前らなんか絶対に使わねーぞ、他所の組に入ってまた一から始める覚悟は出来てるんだな?」

「あぁ、出来てるよ」

「分かった、じゃあ俺は容赦なく訴訟を起こす、もうお前らの事はどうでもいい、完全に絶縁だよ」

 この後誰一人として誠也に喋りかける者はいなかった。親っさんの手料理は半分以上残されている。清政の本心はどうだったのだろうか、ただ誠也に抗っただけなのか、それとも誠也に助けを求めたのか。何れにしろ誠也の腹はもはや確定していて、二人と訣別する決心には些かの揺るぎもなかった。

 雨はその後も止む事なく二人の契りを消し去るべく一層強く降り続くのであった。

 

 今回の件では流石のまり子でも読みが浅かったのではないだろうか、いくら知性に乏しいあの二人でも誠也に対し敵対心を持った事は確かであろう。それともまり子の洞察力は誠也の更に上を行っていたのか。今度ばかりはまり子の意見を訊く気にもなれなかった誠也は段取り通り訴訟の準備に取り掛かり、理路整然と職務も全うする。

 しかしあの二人に対する寂寞とした想いが完全に消えた訳でもない。誠也は運命の皮肉を恨んでいた。

 

 ようやく開けた梅雨は更なる夏の暑さを催す。向日葵の花が意気揚々と天を仰ぐ姿は人々を勇気付ける。燦然と照り輝く陽射しは朗報まで齎してくれた。

 この前開かれた幹部会で安藤組、つまり久さんは本家の二次団体、つまり直参組織に昇格を果たした。本家の若頭補佐となった久さんは名実共に大幹部になりこれからを有望視される存在となる。そんな中でも決して浮かれる事なくあくまでも行く末を見通し警戒を怠らないその眼差しは更に鋭さを増し組員達を律する。誠也も改めて久さんの器の大きさをまざまざと感じるのであった。

 久さんは組員達に新たな心意気を示した後、誠也に言うのであった。

「これからも頼むぞ」

「はい、勿論です」

 二人の間には嘗ての義兄弟以上の厚い契りが感じられる。心機一転誠也は改めて久さんに着いて行く腹を決めていたのだった。

 久さんは彼岸を待たずして己が昇格した報告も兼ね先代の墓参りに出掛けた。そこには誠也も同行する。真夏の山奥に聳えるその霊園は実に暑く、同行した組員達は汗だくになりながら墓周りの草むしりや清掃に勤める。

 安藤久幸、威風堂々と刻まれたその御仁は安藤組の先代組長にして久さんの実父でもある。久さんは深く礼拝した後、誠也に対し神妙な面持ちで口を切る。

「誠也よ、俺は何故極道なんかしてるか分かるか?」

「いや、それは分かりかねます」

「俺は何もヤクザに拘っていた訳じゃねーんだ、親父の跡を継ぐ為だけでもねえ、カッコつける訳じゃねーが自分に与えられた宿命(さだめ)を全うしたいだけなんだ、それがたまたま極道だっただけの話なんだよ、それすら出来なかったら人間が生まれて来た意味なんて何もねーだろ、違うか?」

「仰る通りです、自分も全く同感です」

「そう言ってくれると思ったぜ、でもな世の中にはその道さえ歩めない者もいる、別に干渉するつもりでもねーがそういう奴にも人生を全う出来る事を願うんだよ、長い事ヤクザなんかしてたら色々あってな、道半ばに死んで行った者も随分見て来たよ、俺はそんな奴等にどうにかして報いる事hが出来ねーかと常々考えてるんだ、それは親父が何時も言ってた事でもあるんだ」

「何と言ったらいいか分かりませんが、自分も同じような事で何時も葛藤しています、今回の一件でも清政とは絶縁しましたが、今でもあいつらの事を忘れた日は一日もありません、でも自分なりにもやるべき事はやったつもりだしこれ以上はどうにも出来ないんです」

「ふっ、お前も苦労性だな」

 このアウトロー街道のど真ん中を生きて来た二人の心情は全く同じで澱みの無いその精神には壮絶なる心構えと優しささえ感じられる。だが単にお人好しという訳でもない二人の思想信条は余りにも凄まじく気高く崇高さを漂わす。世の中に強者弱者が存在する事が事実であるとするならば、強者である二人が弱者に出来る事とは一体何なのであろうか。

 それでも馴れ合う事やただ手を差し伸べるようなその場凌ぎの手心を加える優しさを嫌った二人は己が生き様を示す事でしか他人を思いやる事は出来なかったのである。

 少し憂愁に黄昏れていた二人は墓を後にして道を歩み出す。

「ご苦労様でした!」

 組員達の礼儀正しい、勇まし声だけが二人の心を充たしてくれる。そんな二人の気持ちを他所に向日葵は凛としてその快活な姿を保ち続けるのであった。

 

 依然として安藤組は盛況し続け久さんも誠也もヤクザなりにも充実した毎日を送っていた。本家親分の下に一致団結した組織には些かの陰りもないように見える。しかし常に目を光らせていた久さんは一つの問題に直面したのだった。

 シャブが御法度になっている組織の中で規律に反する行為をしている者がいる。早速緊急幹部会が開かれる。その席で久さんは有無を言わさず口を切り出す。

「松下の兄弟よ、何でこんな事したんだ!?」

 この一言に依って場の雰囲気は一気に張り詰める。

「ちょっと待ってくれや安藤の兄弟、下のもんが勝手にした事なんだよ、ちゃんと言い聞かせておくからよ」

 久さんはそんな言い訳には全く構わず親分に松下組の除名を願い出る。親分は凛とした表情を崩さずに少し考えていた。この松下組も安藤組に勝るとも劣らない功労者で今までは数多くの実績を上げている。今直ぐ破門にする事は少し軽率ではなかろうか。一同は俯いたまま色んな思慮を廻らす。そこで若頭が満を持して口を開く。

「今回の件は処分保留だ、安藤よ、それで勘弁してくれや」

 久さんはやむを得ず口を噤んだがそ何のケジメもつけていない松下に対する怒りの表情は収まりを見せない。久さんはこの時を持って松下とは絶縁する腹を決めていた。彼が如何に言葉を作ろうともその固い決心が揺らぐ事は無い。対する松下には久さんに敵対心は全くないように思える。

 然るにこの図式は誠也達の間柄にも共通する事ではなかろうか。だが久さんはあくまでも松下を潰す腹でいた。それはとりもなおさずこの後安藤組が歩むであろう修羅の道を明白に物語るのであった。

 

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願い致します^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村