人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

オリンピック心得  大暑 ~円周率(心)近似値の日

 

 

          蒼天に  想いを馳せる  五輪かな(笑)

 

 

 いやいや、暑い日が続きますが正に夏真っ盛りという感じですかね。子供の頃ほど夏の到来を喜べないくせに、夏の終わりには毎年決まって虚無感に襲われるという自分も情けない限りです(笑) 

 何れにしてもいよいよ明日オリンピックが開会されるのですか~。これについても色んな事を考えていましたが、事ここに至っては賛成も反対もへちまも蜂の頭もないと。

 とはいえやはり一応の心得は必要とも思いますね。今日はその辺の事と記念、行事などについて語って行きたいと思います^^

 

オリンピック心得

その1 開会式やオリンピックの競技会場に乱入しない


 これは言うまでもない当たり前の話なのですが、コロナ云々かんぬん関係なくまず迷惑極まりない行為です。こんな事をした所で捕まる事は決まり切っている訳ですが、それに便乗して来る一定数のアホが存在する事も事実です。

 確率的には低いとは思いますが一応念を押しておきたいと思います。

 

その2 選手をストーキングしてはいけない


 これも重要ですね。相変わらずこのような愚行に走る人は少なからずいます。いくらその人を想い慕うっているとはいえこんな事をして一体何になるというのでしょうか。別れた恋人、有名人、そして選手等々、行き過ぎた行為は相手だけではなく反って自分をも貶める事になります。本当に辞めて欲しいと思いますね。

 

その3 選手でもないのに競技に参加しようとしてはいけない


 これはマラソンに多い事象だと思います。迷惑な事は言うまでもありませんが、いくら日頃から走り込んでいる人でもオリンピック選手相手には勝てるどころか付いて行く事さえ叶いません。レベルが全然違うんです。

 身の程を知る事も大切だと思いますね。

 

その4 選手からカツアゲしようとしてはいけない


 獲得したメダルですね。これも当たり前なのですがその選手が頑張って獲得したものであって、血と汗の結晶、勝利の象徴なのです。

 それを奪ってしまっては天罰が下ります。正に外道、人非人の所業ですよね。間抜けな奴はそれを質屋へ持って行って換金しようとするでしょう。それこそ愚の骨頂で自ら捕まりに行くのと同じです。

 こんなアホ丸出しな事は勘弁して欲しいですね。

 

その5 オリンピックでギャンブルをしてはいけない


 今現在でオリンピック競技はギャンブルの対象になっていません。ヤミでやっている人もいるかもしれませんが、無論御法度です。いくらギャンブル好きな自分でも法を犯してまでやろうとは思いません。

 やるのなら国や組織委員、IOC等が主催して公のギャンブルとして開催する必要があります。この場合でも八百長を監視するしっかりとした組織が必要である事も言うまでもありません。

 その上でやるというのなら自分は賛成ですね。

 

 とにかくこのコロナ渦、念には念を入れて開催して欲しい所ですね^^

 

大暑

大暑の候、いかがお過ごしでしょうか」などと言われてもこっちはとっくにバテていますって話なんですけど、この大暑、一年の中で暑さがピークに達する夏の盛りを意味しているらしいですね。

 それが何? と言ってしまえば話は終わってしまう訳なのですが、精神的な意味では「暑さ寒さなんかに負けてて男が勤まるんかい!」というのが持論ではあります(笑)

 でもこの暑さと寒さを比較した場合、自分は夏の暑さの方がまだマシかなと思ってしまいますね。

 その理由は多少屁理屈になるかもしれませんが、いくら暑いといってもそう簡単に熱中症に罹るとも思えませんが、冬の厳しい寒さの中油断していれば直ぐに風邪を引きます。更には凍傷、凍死の可能性まで出て来ます。

 こんな事を訊いた事があります。

「寒いのは着込めばいいけど、暑いのは裸になっても暑い」

 は? って思いましたね。ツッコミ所が満載なのです。確かに裸になっても暑さは解消されないかもしれませんが、いくら着込んでも寒さも解消されません。結局は各々の好みに依って来る事と思いますけど、危険度だけで考えた場合、自分は絶体冬の方が危ないと思いますね。

 

円周率近似値の日 

 ヨーロッパでは7月22日を22/7のように表記し、これを分数(7分の22)と見なすと、アルキメデスが求めた円周率の近似値となることから。

 関連する記念日として、円周率の近似値である3.14に由来して3月14日は「円周率の日」や「数学の日」となっている。

  

 とありますね。一見なるほどという感じもしますが、それなら6月19日も入れたれよとも思ってしまう所ではあります(笑)

 そこで自分が自称得意分野としている精神的な事柄に置き換えて考えた場合、それは「心の近似値」となって来る訳なのですが、人間というものはそれこそ十人十色で多種多様な思考や価値観に依って存在する奥の深い生命であるとも言えると思います。

 だからこそ色んな意見が出てその違いに依ってはたとえ恋人や親類であっても時としては仲違いしてしまうような哀しい結末に陥る事もあります。

 それは致し方ない事かもしれませんが、それだけで空気が入ってしまう(一時的にも仲違いしてしまう現象)事は余りにも切ないものです。そうならない為にも落とし所は必要だと思う訳ですが、それこそが心の近似値ですよね。

 円周率は3.141592......と延々と続いて行く訳ですが、確かに22/7は一番の近似値になります。でも19/6も16/5も13/4も円周率には決して遠くは無いと思います。

 そうする事に依って人としての心の近似値を計って歩み寄って行く事も必要ではないでしょうか。

 底の浅い論理思考だとは思いますが、自分としては結構大事にも思える所ですね^^

 

 という事で(どういう事やねん?)せっかくの祝日、

また銭湯でも言って来ますかね~ 😉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甦るパノラマ  十八話

 

 

 付き合いの酒に付き合いのギャンブル。付き合いという言葉からはろくなものがイメージ出来ない。余り気は進まなかったがギャンブル好きな性質と、酒の影響で多少なりとも気が大きくなっていた英昭は歩みを止めなかった。

 そこは初めて来る店であったが仕事帰りの人達が駆け込む夕方は結構賑わっていた。たとえ一歩でも足を踏み入れるとまるで別世界のような雰囲気を漂わせるパチンコ屋とは一体何なのか。上辺だけとはいえ綺麗な内装の中に響き渡る大きな音と怪しい光、幾重にも積み上げられたドル箱、射幸心を煽られ理性を失った客達の昂奮を抑え切れない様子。

 それらの事象だけでも意志の弱い人間なら我を忘れて堕落してしまう可能性もあるだろう。改めてこんな事を考えていた英昭には精神面での成長も感じ取れるのだが、それとは裏腹に身体は自ずと店の奥に突き進んで行く。この時既に身体と精神は分離、或いは悪い意味で融合してしまったのだろうか。何も考えずに先を歩いていた久幸はもう台に坐っていたのだった。

 英昭は今まで何度か打った事のあるセブン機に坐った。理屈抜きにこの機種なら勝てると思ったのである。その根拠のない自信が功を奏し、遊戯開始5分、投資は最初の500円で彼はいきなり大当たりをゲットする。一瞬にして昂揚感に浸された英昭は心の中でガッツポーズをして早くも勝利を確信していた。大当たりラウンドを終えた彼は保留の図柄変動を見届けてから久幸の下に向かう。

「おい、いきなり当たったぞ!」 

「流石だな~、やっぱりお前は噂通りの玄人(ばいにん)みたいだな」

 祝ってくれる彼の好意は有難かった。更に気が大きくなった英昭は久幸にジュースを奢ってやって自分の席に戻る。保留連チャンこそ無かったものの、勝利を確信していた彼は意気揚々と打ち始める。初当たり図柄は4だったのだが、イブニングというイベントに依って交換しないで持ち玉で打ち続ける事が出来るのも有難かった。

 当時のパチンコは回りが良く大当たり一回の出玉で200回転近く回す事が出来た。それは時間を潰すのにも有効である。だが何時になっても次の大当たりが引けない。次第に焦り出す英昭は時計に目をやる。時刻は既に7時半。このままでは負けてしまう、しかし時間も無い。まだ残業もしていない彼が余り遅くに家に帰ったのではまた母に怪しまれてしまう、でも勝ちたい。錯綜する想いは一層焦りを生み出す。

 気分転換を兼ねて久幸の様子を見に行く。すると彼の足下には10杯を超えるドル箱が積み上げられていた。愕いた英昭は思わず声を上げる。

「おいおい、凄いじゃねーか! 何時の間にこんなに出たんだ!?」

 久幸は少し上から目線で答えた。

「俺も自称玄人なんだよ、お前ほどではないかもしれないけどな」

 その言葉は英昭の勝負根性を擽った。半ば無理矢理誘われていながら断らなかった自分が負ける訳には行かない。訳の分からない理屈ではあるがそれが正直な気持ちでもある。一旦着いた火はそう簡単には消せない。それが燃え上がるような炎なら尚更だ。

 持ち玉を失ってしまった英昭は後先考えずに投資を続ける。やはり彼の精神は完全に機能していなかったように見えた。

 

 

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 新しい生活を始めたのは勿論英昭だけではない。あらゆる生命が息吹を上げ始める春を有難く、そして丁寧に粛々と過ごしていたさゆりは大学に入学すると同時にアルバイトを始めていた。

 聡明な彼女が選んだ進路は文学部でアルバイトは或る出版社だった。校正や事務、編集アシスタントに勤しむ彼女の姿は真面目そのものだった。当然ミスする事もある訳だが、何時ものように社員達から褒めそやされる彼女の仕事っぷりは傍から見ていても実に直向きで意欲を感じる。そしてその誠実で素直な性格は人から好かれはしても嫌われる事は無い。

 この日仕事を終えたさゆりもまた酒の付き合いを強いられていた。彼女も英昭と同様付き合いは余り好きではない。でも自分を良く見てくれているであろう先輩社員達の好意を無にする事も出来ないその律儀な気質はそれこそ英昭同様に断る術を知らない。

 駅前の居酒屋に赴いた一行はさゆりを優しくエスコートしてくれる。さゆりは意外と酒が強かった。

「さゆりちゃん凄いね~、酒も強いのか、これは俺達も油断出来ないね~」 

 愛想笑いで誤魔化す彼女に唯一欠点があるとすれば、少し口下手な事ぐらいだろうか。そんな彼女の性格をも見越してか、直ぐ隣に坐っていた一人の女性社員が声を掛けて来た。

「さゆりちゃん、マイペースでいいからね」

「有り難う御座います」

「将来は何に成りたいの?」

 流石のさゆりも少し酔いが回って来たのか少し稚拙にも思える、自分らしくない事を口にする。

「お嫁さんに成りたいです」 

 それを訊いた一同は一瞬沈黙した後徐に笑い出した。

「流石はさゆりちゃん、ユーモアがあるんだね、心配しなくても君ならいいお嫁さんに成れるよ」

 さゆりの一言は大いに場を和ませた。思わず言ってしまった事は不本意ながらも正直な想いでもあった。でもそれが反ってウケた事は特段悪い気もしない。

 その後大いに盛り上がった一同は快活に食べて飲み、充実した時を過ごした。店を出る頃、さゆりはこういう付き合いも悪くはないと思っていたのだった。

「お疲れ~、じゃあさゆりちゃん、気を付けて帰ってね」

「はい、お疲れ様です、御馳走様でした」

 殆どの社員が酩酊している中でさゆりの礼儀正しい声掛けは実に清々しく響く。同じ駅に向かう2、3人の社員達を先に促すようにして後からゆっくりと歩いて行くさゆり。そして電車に乗り地元の駅で降りる。

 道中に聳える春を思わせる樹々の中でも桜の他に目が移ったのは椿だった。桜と比べても遙かに大きい、色の濃いその大輪の花が現す雰囲気は威風堂々とした姿の中にも恋に溺れる者の切なくも明るい、脆弱にも大胆不敵な勇敢さを漂わせる。

 そう感じたさゆりは家に帰る前に英昭に電話をする。ちょっとだけでも声が聴きたい、他愛もない話をしたいだけだった。だがそんな慎ましい想いも虚しく彼は一向に出ない。何故出ないのか、もう眠ってしまったのか。時刻は夜9時半、寝るにはまだ早い気もする。でも礼節を大事にするさゆりはこれ以上迷惑を掛ける事を憚られ素直に電話を切る。だがその表情は僅かながらも曇りを見せていた。

 その頃まだパチンコに熱中していた英昭。彼は手元にある電話が鳴っている事にすら気付かずひたすらパチンコ台と睨み合いを続けていた。あれから幾ら追加投資をしたのか、もはや財布の中身さえも確かめてはいない。

 朱に染まれば赤く成る。その朱が椿の深紅の色とは全く違う意味合いを成す事は言うまでも無い。

 新生活を迎えた者にとって或る意味同じように思える事象でも全く別の思惑を呈する現実。個人差はあれどそれを早くも露呈してしまった二人。薄々は察していながらもそれを実行に移せなかった英昭はギャンブル、恋愛共にさゆりに負けたといっても過言ではないだろう。それに対し少々無理をしたとはいえ事を成し遂げたさゆり。

 この時にして既に二人の間には少々深い溝が芽生え始めていたのかもしれない。たとえそれが意図せずにした事であるともしても。

 

 

 

 

 

 

 

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甦るパノラマ  十七話

 

 

 桜が満開に咲き誇る頃、世は新年度を迎える。もはや残冬の肌寒さも消え去った地上はすっかり春の陽気に包まれている。燦然と輝く陽射しには謝意を感じるが結構眩しい。その穏やかな光に乗じるようにあらゆる生命は元気に躍動し始める。

 天為に依って開花した桜が演出してくれる神々しくも和やかな、優しい柔らかい雰囲気は万物に何を告げようと言うのだろう。それをただ短絡的に喜び、浮かれている人々の様は些か滑稽で、桜に対しても反って非礼に値するのではといった考え方は過ぎた思慮に依るものなのだろうか。

 何れにしても春を迎え、新年度を迎えた人々の表情はあくまでも明るく朗らかで、前向きな精神の芽生えを映し出していたのだった。

 高校を卒業した英昭は或る大手メーカーに工員として就職した。何のスキルも持ち合わせていない彼に一体何が出来るのだろうか。それを修練して行く過程すら鬱陶しく思える。それは親孝行がしたいという気持ちとは明らかに矛盾を来す訳なのだが、その矛盾こそが人の世の常なのだろうか。英昭はただ先輩に命じられるままに日々忙しく汗をかき身体を動かしていた。

 同期の新入社員は英昭を含めて5人いた。入社当初は彼等が集まって語り合う事は自然であるように思えるのだが、その中でも研修時から無性に気が合う久幸という男がいた。彼との接点は取り合えずはギャンブル好きといったそれこそ短絡的な思慮に依るものであった。

 話を進めて行く内に感じた事といえば、この久幸という男は英昭に勝るとも劣らない部類のギャンブル好きという点であった。更に高校時代もプラス収支で終われたという点も英昭と全く同じだ。それを疑う事も出来るのだが彼の堂々とした態度は一応疑念を晴らすだけの効果はあった。

 現時点で感じる二人の違いはその態度ぐらいなものか。良くいえば堂々としている彼の様子も悪く言えば単なる礼儀知らず、世間知らずな分不相応な稚拙な態度にも見える。だがそれは反って英昭には頼もしくも思える。次第に仲良くなって行く二人は一足先に人脈を拡げられたという錯覚に陥っていたのだろうか。

 

 息子を気遣う母は高校生時代にも勝って朝夕の見送り出迎えに念を入れていた。傍から見れば過保護にも思える母の行為も決してそうではなく、寧ろ一人息子の人生を見守るその姿は母性愛に他ならない。それを理解している英昭の内心も大したものであった。或る日家に帰って来た英昭は玄関を開けると同時に

「ただいま~、今帰りました」

 と何時にない大きな声を出して母を安心させる。そして早くも友人が出来たという朗報と併せてプレゼントまで手渡すのだった。

「ありがとう、綺麗なカーネーションね~、でもちょっと早いんじゃないの?」

 4月中に母の日祝いをした英昭には一応の理由があった。桜に負けないぐらいの真っ赤な花を是が非でも母にプレゼントしたかったという稚拙にも思える彼なりの想いが。

 誕生日にも言える事なのだが女性にとって早めに祝ってくれる事は嬉しいのか哀しいのかよく分からない。 しかしそれを出来た事は少なくとも英昭にとっては嬉しく、事を成し遂げたという達成感もあった。

 噛み砕いて言うと英昭は母を一刻も早く喜ばせたいだけだったのだ。それがどんな方法であったとしても。

 陽が沈んだ後、徐に食べだす夕食。二人っきりの夕食は何時もながら淋しい感じもするのだが、この日に限っては多少なりとも明るく見えるのだった。

 

 

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 それからも英昭は毎日のように仕事に励み、充実した日々を送っていた。工場ではボール盤に旋盤、プレスに溶接、更には書類整理といった今まで一度もした事の無い多重な課題が課される。いっそ全てを放りだして逃げたいという短慮に見舞われる事もあったが、流石にそれは出来ない。英昭が少し疲れを見せていた時、久幸が現れ思わぬ言葉を投げ付ける。

「先輩、そんな一遍に言われても誰も理解出来ませんよ、もう少しでも優しく教えてくれませんか?」

 一体何を言いだすのか、久幸の言は明らかに行き過ぎた反論である。どうにかして先輩を宥めなければならない。一瞬言葉を失っていたその先輩は鋭い眼光で久幸を睨みつけて罵倒する。

「ゴラ! お前誰にもの言ってんだおい、喧嘩売ってんのか!?」

 一瞬怯みはしたもののそれでも久幸は言葉を返す。

「別にそんなつもりは無いですよ、自分はただ正直に言わせて貰っただけです」

「なるほど、よく分かった、これからは覚悟する事だな」

 先輩はそう言い置いて軽い笑みを見せながら去って行った。後ろ姿を見守る二人に言葉は無かった。

 それにしてもこの久幸という男は一体何を考えているのだろうか。彼の性格は言うに及ばずその真意も全く理解出来ない。それを深く探って行こうとする英昭の思惑もおかしい。その日二人は何とか事なきを得て帰途に就く事が出来たのだが、久幸に誘われた英昭は何の躊躇いもなく、いや寧ろ自分の方から進んで一緒に飲みに行く。二人の足取にりは些かながらも違いが感じられるのだった。

 

 駅前の居酒屋に入った二人に愛想良く注文を訊いて来る店員の声。その声は仕事を終えた二人には癒しを感じる瞬間でもあった。取り合えず生ビールを注文する。そして高らかに乾杯する二人。

「お疲れ~」

 最初の一口は流石に旨い。気を落ち着かせてから久幸は喋り出す。

「今日は悪かったな」

「それはこっちの台詞さ」

「いや、俺はこれから完全に目を付けられるだろう、その害がお前に及ばない事を願うばかりだけど」

「そんなに深く考えるなよ、向こうも大して何も考えてないさ」

「ふん、ありがとう」

 この英昭の場を繕うような言葉は久幸を気遣たtだけなのか。自分でもよく分からない。でも彼は僅かながらも安心したような面持ちを表している。仕事の話はそこそこに久幸が次に口にした言葉は更に英昭を愕かせた。

「ところでお前、義正とは幼馴染なんだろ?」

「知ってるのか?」

「ああ、知ってるさ、彰俊の事もな」

 世間は狭いと言うがこの実に露骨な名前を耳にした英昭の心は大いに揺らめいていた。特に義正などという名前は一生訊きたくない名前でもあった。だがそれを訝った英昭は言葉を続ける。

「何で知ってるんだよ?」

「何言ってるんだよ、俺はお前の事もよく訊いてるぞ、色んな事をな」

 益々気になる英昭は神妙な面持ちで話を続ける。

「だから、何で知ってるんだって?」

「まず義正とはパチンコ屋で仲良くなったんだ、彰俊は俺と幼馴染だよ」

「そうだったのかぁ~、で?」

「で、じゃねーよ、これから一勝負しようじゃねーか、近くにいい店があるんだよ」

 英昭は迷った。正直に言えば行きたい、でも就職したばかりの今の時期にいきなりギャンブルをする事は早計でもある。家で待ってくれている母の事もある。英昭は断ろうと声を出した刹那、それに被せるようにして久幸が勇ましく言葉を放つ。

「よし決まった、今から行こうぜ!」

「ああ、行くか.......」 

 英昭は勢いだけで久幸に負けたのだろうか。或いは芯の弱い己が気持ちに負けたのか。今宵の酒はあくまでも景気づけに過ぎなかったのか。英昭の憂慮も他所に颯爽と席を発ち歩き出す久幸。彼の力強い足取りには一切の躊躇いが感じられない。それに追従するように足を進める英昭。

 屹立する都会のビル群の間にも謙虚ながらも堂々と姿を現す桜の樹。その毅然とした佇まいは久幸のそれとは明らかに違って見える。是非にも及ばずとも。

 

 

 

 

 

 

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甦るパノラマ  十六話

 

「そんなに深く考えなくても、今の貴方のままでいいのよ」  

 さゆりが発したこの一言は言葉であって言葉で無い。理性ではなく感性。英昭の感覚に直接刺激を与えたさゆりの想いがどれだけ彼を楽にさせたか、その力は計り知れない。安心した英昭は軽く笑みを零す。それに釣られるように優しい笑みを浮かべるさゆり。質は違えど感受性の強かった二人にはこんなやり取りこそが或る意味楽しい試練、超えて行ける壁であったのかもしれない。その壁を一つ一つ超えて来たからこそ今に至る事が出来たのだろう。その具体的な内容までは分からないまでも。

「ご飯出来たわよ~」

「は~い」

 二人を呼ぶ母の声も返事をする英昭の声も心なしか何時もより明るく感じる。階段を下りて行く二人の足音には緊張が含まれている。ダイニングへ赴いた時、また改めて英昭の母に一礼するさゆり。そんな律儀なさゆりの為人を母は嬉しく思っていた。

 急なさゆりの訪問の影響もあってか母はまた豪勢な料理を作ってくれていた。

「頂きます」

 異口同音に発する声は料理を一段と美しく彩らせ、三人の食欲をそそらせる。何から手を着ければ良いのか分からなかったさゆりの様子を見て母は優しく声を掛ける。

「さゆりちゃん、遠慮しないでね」

「有り難う御座います」

 そんな二人のやり取りを他所に一人黙々と食事をする英昭。気が利いて間が抜けているとはこの事か。彼はこういう時に限って無神経な様子を表す癖があったのだった。

 母はさゆりと話がしたくて仕方がなかった。

「取り合えずお二人とも卒業おめでとう」 

「有り難う御座います」

「さゆりちゃんは大学に進学するの?」

「はい」

「やっぱり、貴女のその聡明な人柄は一目見ただけで十分分かるわ」

「そんな事ないです」

「それに比べてうちの英昭と来たら」

 英昭はやっとこさ会話に参加して来た。

「何だよ?」

「この子ももっと頭が良ければ大学に行かせたのにね~」

「俺は早く親孝行がしたかっただけさ、4年も大学に通うなんて考えられないよ」

 さゆりは一瞬英昭の顔を見つめ感心していた。

「口だけでは何とでも言えるけどね」

「そんな事ないと思います」

「そうならいいけどね~」

 軽く相槌を打った母ではあったが、さゆりの言は内心母と英昭を喜ばせた。人というのは不思議なもので会話をする事に依って気持ちが楽になる事が結構あるように思える。勿論その逆も然りなのだが。この時の三人は正に前者であって気が楽になったさゆりは食事も進み、出された料理を思う存分召し上がる事が出来た。

「御馳走様でした、有り難う御座いました」

 さゆりのこの行儀の良さは何なのだろう。一見当たり前のようにも思えるが言葉だけではなく、謙虚ながらも毅然とした佇まいはまるで淑女のような気品を漂わせる。それを感じていた母は自分の息子には勿体ないと思っていた。

 それはさゆりに対する世辞だけではなく寧ろ英昭の将来を案じた母の率直な憂慮から来ていた。この子にはもう少しいい加減な女性の方が似合っているのではないか。何故か理屈抜きにそう感じてしまう母。その想いは些か卑屈にも思えるのだがこれこそが女の勘というものなのだろうか。

「明日も休みでしょ? 今日はゆっくりして行ってね」

「はい、有り難う御座います」

 思わず口にしてしまった母のこの言葉は、それこそ理屈抜きに大して何も考えずに出てしまった言葉であった。

 

 

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 部屋に戻った二人は母から解き放たれたかのような気分で足を崩して寛いでいた。窓外に見える桜は未だ蕾を宿したまま悠然と開花の時期を窺っている。それを見ていたさゆりは徐に喋り出した。

「桜、何時咲くんだろうね」

 英昭は少し切ない表情を浮かべる彼女の肩を抱きながら答える。

「心の桜はもう咲いてるよ」

「ふん、そういうの似合わないわよ」

 愛想笑いをするさゆりの姿は色っぽかった。英昭は更に彼女の髪を優しく撫で上げて今度は真面目に答える。

「ま、あと2週間ぐらいだろうな、早く咲いて欲しいのか?」

「いや、別にどっちでもいいの、私も心の桜を咲かせたいだけかな.......」

 センチメンタルにもロマンチックなこの情景は少々寒気が走るほどかもしれないが、少なくとも今の二人にはその限りでもなく、相通じる想いは二人を遙かなる愛の彼方へと誘う。その場所は悠久の浄土なのか、地獄なのか。一度契りを交わした二人にさえその結末は分からない。寧ろ分からないからこそ挑む価値があるのだろうか。

 英昭の手は自ずとさゆりの身体に触れて行く。重なり合う二つの唇は甘美にして熱く燃え上がる勢いがある。その勢いは留まる事を知らずに互いの身体を侵して行く。

 しなやかなさゆりの指先は実に美しく透き通るほどに白い。だが絡まめて行く英昭の手もギャンブルばかりに興じて運動など殆どしていなかった所為かさゆりに負けないほどに綺麗なものであった。

 身体を熱く強く重ね合わせ二人の呼吸が一つになった時、美しい声は天に谺し快楽は舞い降りる。理性ではなく感性。これに依って結び付けられた二人の身体は正に自由を得る事が出来た。でも心はどうか。それに続く事が出来るのだろうか。

 健全な精神は健全な肉体に宿ると言われているが、その逆はどうなのか。真の意味で心と肉体が合致する事はあるのだろうか。自分でも分からないこの事象を他人に当て嵌める事自体が不自然な話でもある。しかしそうする事で互いの気持ちを理解したい、深めて行きたいというのが贅沢ながらも本音ではあるまいか。

 

 身体の交わりを終えた二人は暫く沈黙してから口を切り出す。

「貴方、何か他の事考えてたわね」 

  英昭は戦慄した。相変わらずの鋭いさゆりの洞察力は天性のものなのか。答えるのも憚られた英昭だったがここで何も言わなければ男が立たないと少し古びた感情に襲われる。

「考えてたよ」

  珍しくはっきりと答えた英昭に対し今度はさゆりが物怖じした。

「どんな事?」

「精神、心の交わりだよ」 

「貴方ってやっぱり変わってるわ、不思議な人ね」

「何で?」

「何でって、そんな柄にもない詩人みたいな事を思い付くんだから、でも実は私も同じ事考えてたのよ、答えまでは出せなかったけど」

 答えとは何なのだ。さゆりは行為の中で答えを見出そうとでも思っていたのか。如何に聡明なさゆりでもそれは無理な話ではないのか。こればかりはどれだけ感受性の強い人間、いやあらゆる生命にさえ出来ないとも思える至難の業に相違ない。

 それをただ感じた英昭に対し答えまで見出そうとしていたさゆり。この時点でさゆりの方が一枚上手であった事は言うまでもない訳だが、それも些か早計な感じもする。そしてその想いは先ほどの母の憂慮にも類似していた。

 母としては我が子の将来を心配するだけではなくさゆりの将来をも憂慮していたのだった。こんな出来の悪い息子にさゆりのような聡明な女性が付き合わされたのでは決して良い結果は出ないであろう。まだ生涯を添い遂げると決めた訳でもない二人の若者を慮る母の想いも早計に思える。

 しかし早くに父親を亡くし二人っきりで生きて来た母には息子が可愛くて仕方なかった。その行き過ぎた想いがたとえ二人、いや世間に批難されようとも。

 

 さゆりは一晩泊まって翌朝帰った。気を遣った英昭の母は敢えてさゆりには会わず、さゆりも母に挨拶をしないまに帰って行く。駅まで送って別れた二人。さゆりの後ろ姿を何時までも眺めていた英昭。それを一度だけ振り返って確かめるさゆり。屈託のない二人の笑みは一切の卑屈さを感じさせない。さゆりの姿が消えてもまだ帰ろうとしない英昭。その姿にも女々しさは感じられない。

 ようやく帰途に就く英昭。その道中彼の目には桜の花が一足早く開花したように見えたのだった。美しく麗しく優雅に、そして峻厳に。

 

 

 

 

 

 

 

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保守と革新  ~選挙に見る無常感

 

 

          移り行く  空の景色も  無常かな(笑)

 

 

 もはや梅雨も明け外の景色もすっかり夏一色になりましたね。無論それはそれで良い事なのですが、暑い夏の到来と短い春にも色んな想いを巡らしてしまう自分がいます。

 そこで昨日行われた兵庫県知事選。自分の地元兵庫県という事で注目していたのですが、その結果については個人的には残念で仕方ありません。

 またまた硬い話で恐縮なのですが政治に見る今の日本の世相と言いますか、そもそも世の中、人間、森羅万象とは一体何なのかといった訳の分からない話をして行きたいと思います(笑)

 

兵庫県知事選

 

news.yahoo.co.jp

 

 本来選挙や政治の話をするのはタブーでモラルに反する行為だとも思えるのですが、そこには現代日本人の政治には無関心な国民性が見え隠れしているような気もしないではありません。そういう意味ではたまにぐらいはしても良いような気さえします。

 という前提で話をして行きたい訳なのですが、まず何が残念かと言うと維新が兵庫県までをも乗っ取ってしまった事です。主観としては大阪だけでやっていて欲しかったです。とはいえ他の候補者も確かに頼りないという感じはしていました。

 何故自分が維新を嫌うかと言えば一応の理由があります。まずは国政に於いては維新は大して活躍していない事。大阪では力もありますし色んな問題点を改善して大いなる成果を上げて来とは思いますが胸を打つような事ははっきり言って何もありません。そして同じ関西でも大阪と兵庫では文化が全然違うのです。

 今回知事になった斎藤さんは神戸出身との事ですがその辺はどうなのでしょうか。端的に言うと兵庫が大阪に飲み込まれてしまうような危機感さえ感じてしまうのです。考え過ぎかもしれませんが、自分にはそう思えてなりません。

 国政に於いても維新ははっきり言って自民党に金魚の糞のように付き従う親衛隊でしかありません。それでいながら維新とか大層な名前を掲げている事自体にも疑念を抱かずにはいられません。維新の開祖である橋下氏でさえも今の維新は変わってしまったと嘆いているぐらいです。

 余り文句ばかり言っているとヤバくなるかもしれませんが、自分は別にどうなっても構いません。とにかく維新は好きにはなれないというのが本音です。

 とはいえ決まってしまったものはどうしようもありません。現実から目を反らさずに生きて行かなければ仕方ないですね.......。

 

保守と革新 

 政界ではよく保守、革新、リベラルとかいう言葉が用いられていますが、ここで自分が言いたい事は政治だけではなく、それを個人の人生観、思想信条という観点から掘り下げて行きたいという話です。

 

 まず保守とは何なのか? 

 従来からの伝統・習慣・制度・考え方・新機軸などを穏健に尊重し維持するため、改革や革命などの革新に反対する社会的・政治的な立場、傾向、思想などを指す用語。

 と定義付けられています。

 

 革新とは? 

 新たに革(あらた)めることを意味し、既存のものをより適切と思われるものに変更することを意味する。

 とあります。

 

 リベラルとは?

 自由、自由主義です。

 

  政党毎にこの保守派、革新は、リベラル派などというレッテルに近いものが掲げられているような気もしますが、そんな事はどうでも良いのです。問題は個人の思想、価値観が多様化(実は昔から)された時代に何故未だに徒党を組んで同じ色に染め上げようとするかといった風潮、亦は文化で、そこにこそ人間の弱さを感じる訳なのですが、そんな事ばかりしているから何時になっても日本人は真の自由を手にする事が出来ないのだと思います。

 無論政党政治をしている訳ですからそうなるのも当然で、人間一人では何も出来ません。ですが人間一人の力も侮ってはいけないとも思います。これは政治だけではなく自分達一般人の人生に於いても十分に言える事で、例えば学校もそうです。やたらと班という組織を作り、その輪の中で行動させる。それを完全に否定するものでもないのですが、一つの輪というものを作り上げてしまえばいくら素晴らしい能力があってもそこでは活躍出来ない弱い者も出て来るのです。亦イジメに繋がるケースもあります。無論その人にも非はありますが、日本という国はとにかく輪の中で恰も動物を育てるような言わば飼育を未だにしている訳です。

 全体主義といえばそれまでなのですが、もっと個性を伸ばす個人主義も必要かと思います。要はそのバランスが重要と思える訳なのですが。

 

 そこで持論としては政治もこの個人主義をとって政党など無くしてしまって法案も政策も個人で発案してそれに対して各々の賛否を問うというシンプルなやり方が一番良いのではないかと常々思っていました。そうなると輪の中で生じたクソ下らない柵(しがらみ)なども自然と消えてしまう訳です。

 ま、自分のような凡人の浅はかな思慮ですけど(笑)

 

 政党単位での思想信条などは詳しく知りませんが個人的に見て行くと同じ政党の中でも保守、革新、リベラル、色んな方がいると思います。自分ははっきり言って保守的な人間なのですが、何もそれだけが理由で今回の選挙結果を悔やんでいる訳でもありません。

 

からの無常感 

 今は世界的に見てもヤバい国もまだまだありますけど、一応は殆どの国が治世です。そんな中で真に革新派が必要なのでしょうか。いくら今の日本が見せかけだけの平和ボケとしても治まっている状態をわざわざ新しくする必要性が自分にはどうしても理解出来ません。細かい改善点はいくらでもあるとは思いますが。

 例えばオバマ元大統領が掲げていた「チェンジ」これ自体は十分理解は出来るのですが、未だに黒人差別などがある事自体がおかしな話で、それを軽視する訳でもありませんが、それを改善出来たとしても自分は大して感動もしません。

 ならば何もしないで良いのかという極論でもありません。となれば何をすれば良いのか。それはこの状況を守るという事に尽きると思います。下手に刷新しようとすれがそれは反ってせっかく治まっているものを搔き乱すだけの逆効果を招きかねません。それでは正に本末転倒という事になって来ます。

 話は変わりますが天皇の血筋は正に万世一系です。この悠久の歴史は本当に素晴らしいです。勿論今は天皇統帥権は無い訳なのですが昔はありました。この永の素晴らしい歴史に負けないぐらいの不変的な素晴らしい政治をして欲しいというのが自分の本音です。

 春から夏に変わった気候同様、仏教でも世の中に不変のものは存在しないと言われていますが、だからこそ人の心だけでも不変の力強さ、筋の通った一貫性を保って行きたいと思うばかりです。これこそが無駄な足掻きなのでしょうか、己惚れた考え方なのでしょうか。遙かに聳える山々には不変の神々しさを感じはしますが。

 人は世に連れ、世は人に連れ。結局は時代に流されて生きて行くしか道は無いのかもしれませんが、流される事なく流れて生きて行く事が出来ればそれに越した事はないと思うばかりではあります。

 自分でも何が言いたいのかよく分からなくなって来ましたが、要は諸行無常という事ですかね。

 とにかく何とか生きて行く事にします 😉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甦るパノラマ  十五話

 

 

 恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす。どちらかと言えば互いに無口な方だった英昭とさゆりとの関係は蛍の恋に近かったのではなかろうか。

 身体の契りは交わしても未だ心の契りは交わしていないというのが正直な気持ちかもしれない。別に焦る訳でもないのだが違う進路を歩む事になった英昭はもう一歩踏み込んだ恋愛をしたいと思っていた。

 今にも咲かんとする桜は可憐な蕾を無数に宿し開花する時期を窺っている。木に停まっているメジロヒヨドリは綺麗な鳴き声を上げながら戯れている。雀や鳩以外の鳥の鳴き声に気付くと自然とそっちに目を移してしまう人の癖は滑稽にも見える。英昭は空を見上げながら鳥達の飛び行く様を眺めていた。

 その中の一羽が飛び立つと後に続くようにして飛び立つ鳥達。この鳥にも人間のような気持ちが通っているのだろうか。その素早く華麗な姿は目の保養にもなる。英昭はこの鳥の中にもいるであろう雄鳥と雌鳥の恋路を自分に重ね合わせるようにして何時までも見守っていたのだった。

 3月中旬の或る日、この日も春先の気分を擽るような三寒四温が続きまだ少し寒い。その気候の変化は感情の起伏を誘発させる。さゆりは決して自分から連絡をして来るような人ではなかった。となると英昭から積極的に連絡をするしかない訳なのだが、今だ彼女の事を気遣う彼の心情は気候の変化に影響されていた。

 情けないとも思える彼の気持ちも良い意味で言うと純粋なのかもしれない。だが英昭は自然の理に惑わされる事なく思い切って電話をかける。呼び出し音が切なく聴こえる。さゆりはあっさり出てくれた。

「あ、俺だけど、今度会える?」

「いいわよ」

「じゃあ何時にする?」

「何時でもいいけど」

「じゃあ明日は?」

「今日でもいいけど?」

「じゃあ今からは?」

「分かった」

 たった1分足らずで即決した約束。電話を切った後、英昭は嬉しさと同時に己が狭量を恥じるのだった。

 

 たった一駅とはいえさゆりは初めて英昭の地元である隣町にやって来た。駅の改札で待ち合わせていた二人はそのまま街を歩き始める。駅の近くにある何軒かのパチンコ屋の前を通り過ぎる時さゆりは少し怪訝そうな顔つきで呟く。

「ギャンブルの何が面白いのかさっぱり分からないわ、あんなのやってる人って馬鹿じゃないの」

 意表を突かれた英昭は何も言葉が出なかった。世間の一般論では確かにその通りかもしれない。でも人それぞれの価値観を否定する事は些か腑に落ちない気もする。でも当然そんな事でさゆりと議論する気などさらさら無い。

 さゆりの容姿はそんな下らない考えを邪魔するのに大いに役立った。彼女は何時もながらの毅然とした態度で静々と歩いていた訳なのだが、その清楚ながらも少し男心をそそるような、可愛くも妖艶な佇まいは英昭の目のやり場を困らせる。

 歩きながらも英昭は思わず口にしてしまった。

「今日はえらく綺麗な恰好だな、緊張してしまうよ」

 照れながら言った英昭にさゆりは尚もそっけない態度を表しながらも微笑を浮かべて答える。

「ありがとう、変な目で見ないでね」

 その一言に依って英昭の内心は一気に熱く燃え上がってしまった。それを必死に抑えようとする彼の初心な気持ちは当然さゆりにも感じ取れる。こういった駆け引きになるとやはり女の方が一枚上手なのか。二人は取り合えず公園で腰を下ろすのだった。

 

 

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 習慣は精神を凌駕する。公園で足を休める二人の姿はもはや定番であるようにも思える。更に大した話もせず互いに遠くを見つめ黄昏れる二人の切ない表情。まだ昼間にそんなシチュエーションは似合わないまでもこの二人に限っては何らぎこちなさを感じさせない。英昭が口を開こうとした瞬間、今度はさゆりの方から喋り始める。大した話もなかった英昭は躊躇う事なくさゆりに先陣を譲った。

「何で連絡して来ないの?」

「え? 今日したじゃん?」

「だから、何で毎日して来ないのって訊いてんのよ」

 英昭は迷った。それこそが今は一番大きな悩みでもあった。売り言葉に買い言葉でそのまま訊き返そうとも思ったがそれでは芸が無い。そこで英昭が思い付いた事は笑えない冗談だった。

「いや、ちょっと電話が故障しててな」

「で、もう治ったんだ」 

「ま~ね」

 二人はまたしても沈黙してしまった。デートしている者にとって一瞬でも時間が空く事は怖ろしい現象でもある。英昭は焦って次の言葉を考えていた。するとまたさゆりが口を開く。

「いいのよ、そんなに慌てなくても」

「いや、別に.......」

 契りを交わしてまでまだ気を遣う英昭の有り様は何とも情けない。今の二人に足らない要素があるとしたら一体何なのだろうか。単にコミュニケーションと言うべきか、もっと若々しくはしゃぐ快活な姿なのか。それは当事者である二人にさえ分からない。それが聡明なさゆりという女性なら尚更ではある。

 そんな或る意味不自然な二人の間に水を差すように鳥の鳴き声が響き渡った。美しい声に動じた二人は思わず空を見上げる。そして先に口を切るさゆり。

「何あれ? ムクドリ?」

「雀だよ」

「キジ?」

「鳩だよ」

 愛想笑いをしながら語らう二人。その間には余計な駆け引きなど存在しなかった。

 

 その後は図書館や喫茶店などで時間を潰しながら街を練り歩きまた公園へと戻って来た二人。ようやく慣れて来出した頃相を見計らって英昭は言葉を放つ。

「今日は俺の家へ来ないか?」

 改めて言った英昭の顔を見てさゆりは思う。何故もっと早くに言わなかったのだと。そこまで気を遣い合う仲でもない今の状況で尚も神経質に振る舞う英昭は一体何を考えているのだ。少し余所余所しくも感じる。別に家に行った所で何か大袈裟な事態になる訳でもあるまいし、何故ここまで気を遣うのだろうか。

「いいよ」

 さゆりは二つ返事をした。しめた、とばかりにさゆりを伴って自宅に向かう英昭。その足取りは軽く、勇ましささえ感じ取れるほどだった。

 家に着いた頃、母は相変わらず家事に勤しんでいた。玄関を開けダイニングへ差し掛かった時、驚愕する母の表情は英昭をご機嫌にさせた。

「ただいま」

「おかえり」

「紹介するよ、同級生のさゆりさん、わざわざ来てくれたんだよ」

「初めまして、さゆりです」

 母は初めて家に連れて来た息子の彼女を見て丁寧に挨拶をする。

「英昭がお世話になってます、狭い所ですがどうぞゆっくりしていって下さいね、夕飯作りますから是非食べて行って頂戴ね」

「有り難う御座います」

 このやり取りだけでも安心する英昭。二人は取り合えず部屋に上がり、そこでまた語らい始める。

「あんまり気遣わないでね」

「ああ、母はあー見えて結構繊細なんだよ」

「じゃなくて貴方に言ってるのよ」

 言葉を失う英昭。やはり見透かされていたんだ。何故そこまで気を遣うのかははっきり言って分からない。さゆりを本当に愛するが故の優しさなのか。いや、優しさではない、それは寧ろ空回りしているようにも思える。ならば何だ。母を安心させたいといった想いなのか、それも違うような気もする。ギャンブル好きな自分にも人間味はあると認めさせたい己惚れにも似た底の浅い思慮か。

 返す言葉に迷っていた英昭の口から出た台詞は、

「悪かった、もっと正直になるよ」

 この一言だけだった。気を遣えば相手も気を遣う。これは男女だけではなく人間、いやあらゆる生命に共通する事柄なのかもしれない。しかし時として気を遣わない訳には行かない場面も明らかに存在する。

 斟酌と忖度。この二つの言葉の真意とは何なのだろうか。無論斟酌の方が聞こえは良いのだが、今の英昭はさゆりに対して不本意ながらも忖度していたのではあるまいか。

 それに対して今日目にした鳥達の快活な様子は何と正直で純粋なのであろう。素直が過ぎて空回りするこの現象。常に迷いながら生きて行く事が人間の性とはいえ、この脆弱な精神に何か特効薬は無いものか。

 そんな薬があれば誰でも手にしているだろう。それをカバーする唯一の手はやはり愛情なのか。想い耽る英昭の心中にそっと手を差し伸べるさゆり。心の中で聴こえた言葉ははっきりとは分からないまでも、優しい、甘美な癒しの言葉であった。

 

 

 

 

 

 

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甦るパノラマ  十四話

 

 

 二人だけの卒業式。真の卒業式。その日に交わした初めての契りはこの3年間の高校生活の集大成を飾るような烈しくも甘美な形を彩り、二人の愛の着地点でもあったのか。そう解釈してしまうのも些か虚しい気もするのだが、少なくとも一つの節目であった事には違いないだろう。

 それが真の愛なのか、勢いだけのものなのか。聡明なさゆりが勢いだけで他人に靡く訳がないと確信していた英昭は今一度彼女の顔を見つめながら呟くのだった。

「良かったな」

 さゆりは少し照れながらも相変わらずの毅然とした態度で答える。

「そうね、良かったわ」

 そして顔を見合わせた二人は徐に笑すのだった。愛に理屈など要らないと言えば尤もらしくも聴こえるのだがそれだけで良いとも言い切れない。愛し合う理由と言えば硬く感じるがそこに多少なりとも理を求める事も事実ではあり、亦それこそが人間の弱さのような気もする。

 有形無形。この二つの形が織りなす真意とは何なのか。揚げ足を取る訳ではないが無という言葉がある以上それにどんな言葉を付け足した所で無ではないのか。しかし無形という言葉がある以上は決して真の無ではない筈だ。然るに無と有。この二つの事象はあくまでも一つの形を表すものであって互いに主張するもの、共通するものがあるとも言える。

 即ちこの二つは決して別物ではないという解釈も出来る筈なのだ。だとすれば実際に契りを交わした二人の所作は無に属するのか有に属するのか、或いは同じものなのか。何れにしても契りを交わしても尚釈然としない今の二人の気持ちはそこに起因するように思える。それを確かめようとしたのはさゆりも同じだった。

「ところで貴方、そんなにギャンブルが好きなの?」

 英昭はある程度は覚悟していたまでも、この期に及んでそんな事を訊いて来る彼女の思惑に少し怪訝そうな面持ちで答えた。

「知ってたんだな、やっぱり女の勘は凄いんだな、母にも言われてたんだよ」

 「そうなの、私も絶対に辞めてとまでは言わないけど、ただ何故そこまで嵌るのかなって思ってね」

「そればっかりは自分でも分からないよ、それこそ理屈じゃないような.......」

「もし私とギャンブルどっちを取るかって訊かれたらどうする?」

 英昭は即答出来なかった。焦った彼は汗までかいている。それを見ていたさゆりは微笑を浮かべて言うのだった。

「そんなに真剣にならなくてもいいって、貴方の気持ちは良く分かったわ」

 何がどう分かったのだろう。英昭は彼女の朗らかな表情を見て裏をかかずに良い方に解釈した。それが単に前向きな考え方なのか、思慮が足りなかったのかまでは分からないまでも。

 そうして二人は別れて家に帰って行く。学校での卒業式と同様、この逢瀬にも切ない、儚い漂いは十分にあったのだった。

 

 家に着いた英昭はまともに母の顔を見れなかった。その後ろめたさはギャンブルの比では無かった。

「ただいま~」

「おかえり」

 何時ものように声を掛け合う二人ではあったが、英昭の何処となくぎこちない様子を訝った母は少し心配になり炊事の手が疎かになってしまった。まだ何か隠しているのか、この卒業式という晴れ舞台を終えてまで。それでも敢えて英昭の部屋に上がるような野暮な真似はしない。粛々と料理を作る母はその憂慮も込めて、それを超えて行くような心持で御馳走を作る。その音を訊きながら部屋で独り黄昏れる英昭。彼の心もまた揺れていた。母に全てを打ち明けるべきかを。

 

 

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 部屋でさゆりとの事を考えていた英昭はさっき別れたばかりの彼女ともう会いたくなっていた。でも流石に今から会いに行く訳には行かない。その手にはまだはっきりと彼女の身体の感触が残っている。それは英昭を安心させながらも焦らせる。

 高校生活は終わったのだ。もう学校に通う事は無い。となると二人きりで会う機会が増えるようにも思えるが互いに進路の違う二人がそう簡単に会えるのだろうか。思い出だけにはしたくない。だが愛を確かめるのにあれ以上の方法があるのだろうか。逡巡する英昭はギャンブル同様、自重する事を考えた。そうする事でしか自分の気持ちを保つ事が出来ないのだ。不器用な感じもする彼のこの想いはやはり十代という若さ故の純粋無垢な思慮に依るものなのか。そんな中、

「ご飯出来たわよ~」

 母の声が聴こえて来た。英昭は恐る恐る階段を下りて行く。その一歩一歩に気持ちの動揺が感じられる。ダイニングへ赴いた彼の前にはまたまた豪勢な料理が並べられていた。それを見て愕く英昭。

「また凄い御馳走だな~、大袈裟じゃないのか?」

 母はそんな息子の正直な顔を見て安心する。

「さ、食べましょう」

「頂きます」 

 食欲旺盛だった英昭の様子はさっきまでの陰鬱な雰囲気を一掃してくれた。目を覆う山海の幸はまるで二人の前に大自然の大いなる恵みを見せつけているようだ。その恩恵に授かる事が出来る人の立ち位置はこの上なく有難く感謝の念に堪えない。

 自然の恵みというものは味覚だけではなく視覚、聴覚、触覚、嗅覚といった五感。更には意識、末那識、果ては阿頼耶識といった仏教の唯識論にまで影響して来る勢いを感じる。その力は人間の迷いを払拭、或いは浄化させてくれるほどの強い力でもある。

 ひたすら明るい表情で食べ続ける英昭の姿こそがその露骨な表れでもあった。

「美味しいな~」

 息子の嬉しそうな様子を眺めながら安心する母。これとて当たり前のようにも思えるが、この時の母には尚更喜ばしい情景でもあった。そして英昭が食事を終える頃、その胸の内を訊こうとする母。その表情はあくまでも優しく、我が子を愛する親の情けを含んだ問いかけであった。

「卒業おめでとう」

「ありがとう」

「で、今日何があったの?」

 英昭は腹を括って答えた。

「うん、実は彼女が出来たんだよ、前に言ってたろ」

「そんな事訊いてないわよ、出来たら連れて来るとは言ってたけど」 

「そうだったな、ようやく出来たんだよ」

「で、何時連れて来るの?」

「まだ休みはあるんだし、そう急かすなよ」

「分かったわ、別に急かしてる訳じゃないけどね」

 急いていたのは英昭だけであった。そう言って母に反論する事に依って己が気持ちを落ち着かせていただけなのだ。それは当然母にも伝わっていた。

 今年でちょうど40歳になった母は息子が言うのもおかしいかもしれないが実に綺麗な女性で、さゆりに勝るとも劣らない洞察力も馬鹿には出来ない。

 英昭は度々思う事があった。何故こんな綺麗な母を残して父は逝ってしまったのか。いくらギャンブルに現を抜かしていたとはいえそれは余りにも勿体ないとも思える。例え方は悪いかもしれないがそれは今の英昭にとっても反面教師にもなる事は確かだ。そこまで憂慮するのも些か早計にも思えるが、遠き慮りなければ必ず近き憂いあり。先々の事を軽視していては現状すら覚束ない。これは如何に若い英昭とて十分理解出来る事であって母に対し親不孝するつもりなどは全く無い。

 しかし逆に言うと理も嵩ずれば非の一倍。余り理屈に囚われていてもそれは返って逆効果を招きかねない事も事実ではある。

 所詮成るようにしか成らないと言ってしまえばそれまでなのだが、それこそ淋しい、哀しい話でもある。その狭間で葛藤し続ける人間とは一体如何なる生き物なのか。答えは考えれば考えるほど答えから遠ざかってしまうような気さえする。しかし考えずにはいられない。とにかく理屈抜きに居今の英昭にはさゆりの存在が必要不可欠であった。

 春の陽気は桜の開花を待たずして万物に安らぎと焦りを同時に告げようとしていた。その自然の恵みに対し負けじと振る舞う人の所業は己惚れなのか、正直な気持ちの表れなのか。それを確かめる事こそが生きる証であるようにも思える英昭であった。

 

 

 

 

 

 

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