自作小説
─矜持の果て─ 季節は春、辺りは桜の花が満開だった。正弘は病院に運ばれたが1時間ほどで息を引き取ったらしい。二人共その死に目には立ち会う事が出来なかった。 通夜、葬式で正樹とゆみは涙が止まらない。桜の美しささえ鬱陶しく思われた。ゆみの親っさんは…
─青年期─ 正樹はゆみさんの道場へ行って稽古をつけてもらった。 館長にも世話になる。学校の部活動ではない本格的な稽古だった。 稽古が終わってゆみさんが「あなた今度付き合ってくれない」と聞く。 正樹は何をするのだと不思議に思ったがどうせ空手の関係…
─少年期─ その男は銭湯で風呂場のドアを開けるなり 「俺の人生所詮釈迦の一生、俺なんかどうせ釈迦の一生や」 と独り言をそこそこの声量で呟きながら入って来た。 年の頃は50代くらいか、正樹にはその人の言ってる意味が分からず「この人は何を言ってるんだ…
静かな湖がある。空は薄曇り湖畔には大きな柳の樹が幾重にも連なっていて辺りは濃い霧に包まれている。 気が付けば俺はそんな美しくも幻想的な場所に辿り着いていた。 人影はなく周りを見通す事も難しかったが遠くには鳥居のようなものと一人の老人が釣りを…
俺は気が動転していた。いくらあいつがアホとはいえそんな簡単に死ぬタマでもないし、お互いまだ二十歳過ぎ。訳が分からないまま竜に迫った。 「しょーもない嘘つくなよ」 「嘘やったらええけどな」 「マジかいや」 「ああ」 「で、何で死んだんや?」 「そ…
俺はもうこの人と関るのは嫌だったが逃げるのも性に合わない。取り合えず話を聞こうと思った矢先にまだ心の準備もないままにf先輩は切り出す「前の一件ではほんまに助かったわ、改めて礼言わせて貰うわ、そやけどお前〇〇会の親分と会うたらしいな、で、娘さ…
f先輩はさりげない感じで言う「おう英樹、久しぶりやんけ、学校頑張っとんか?」 「お久しぶりです。お陰様で何とかぼちぼち頑張ってますよ」 「そうか~、ところで相談なんやが、お前んとこの兵隊何人か貸してくれへんか?」 「と仰いますと?」 「今言うた…
修二をやったのはf先輩だった。詳しく話を聞くと今回の件でいきなり見返りを求めてこられて自分の女を差し出せと言って来たらしい。それで修二が断ったら有無を言わさずシバかれたんやと言う。 みんなは如何にもfらしいやり方とは思ったがそこまで根性が腐っ…
「ブルンブルンブルンブルン、ブルンブルンブルンブルン!」 6時間目の授業も終わり学校を後にする頃、定番のようにその直管マフラーの爆音はまるで周囲一帯を威嚇するかのような勢いで鳴り響く。 「おう修二! また悪さでもしに行くんか?」 「また修二や、…
空を見上げると蒼い、実に蒼い。美しく晴れ渡る空の青さはまるで俺達の結婚を祝福してくれてるかのようだ。hはそう思いこの蒼天に感謝した。 二人はささやかではあったが親族と仲間内だけで式を挙げた。 sの傷も癒えすっかり元気になりhも益々仕事にも精を出…
hは急いで119番に通報した。床には鋭く真っ赤に染まった剃刀が落ちている。見るも無残なsの身体(からだ)からは深紅の鮮血が絶え間なくボトボト流れ続けている。hは気が動転した。包帯が無かったので取り合えずタオルで手首をグルグル巻きにして応急処置を…
二人は25歳になった。同棲し出して1年余りが経つ。sは益々色っぽくなり女としての魅力に満ち溢れていた。 親友のtから誘いがあり久しぶりに高校の頃の仲間達と飲みに行く事になった。まず居酒屋に行き各々好きに食べ、好きに飲み昔話などをして大いに盛り上…
就職して社会人になり忙しい毎日ではあるがhは前向きな気持ちで日々精進して仕事に打ち込んでいた。 製図設計が生業とはいえ時には現場に出て職人連中から怒られたり嫌味を言われたりする事もある。でも新入りにとってこんな事は当たり前と割り切り頑張って…
春になり二人は大学に進学した。 辺りは美しい薄桃色の桜が満開で正に春の到来を思わせる陽気に包まれていた。 hには昨年交わしたあの甘く美しく豊かで妖艶なsとの契りが未だに瞼にしっかりと残像のように焼き付いている、あの感動をもっと実感したい、我が…
高校三年生になっても二人は相変わらずの相思相愛で楽しい毎日を送っていた。 結局二人は三年間同じクラスになる事はなかったがそれが幸いだったと思う。もし同じクラスであったなら勉強もろくに手に就かず周りからも色々と干渉されたに違いない。二人の性格…
夏 今やhとsが恋仲にある事は周知の事実となっていた。 hには恥ずかしい気持ちもあったがそれよりも嬉しい気持ちの方が勝っていた事は言うまでもなく毎日を燦然とした思いで過ごしていた。 夏休みに入ってみんなで海水浴に出かけた時の事である。同級生同士…
その日h(男)は朝から苛立っていた。昨晩もほとんど眠れなかった為である。s(女)は今まで何度となくこのhを殺そうかと逡巡している間に約十数年の月日が経った。 1992年(平成4年)hは高校生になった。その頃のhは普通に学校に通い友人もそこそこ居る云…