hとsの悲劇 伍幕 ─再会の悦び─
就職して社会人になり忙しい毎日ではあるがhは前向きな気持ちで日々精進して仕事に打ち込んでいた。
製図設計が生業とはいえ時には現場に出て職人連中から怒られたり嫌味を言われたりする事もある。でも新入りにとってこんな事は当たり前と割り切り頑張って仕事に没頭する。
そしてお決まりの酒の付き合い、hはこういうのが嫌いだった。率先して先輩、上司に勺をしてベンチャラを言って胡麻を摺る。世の常とはいうもののそこに疑問を感じずにはいられない、でも仕方ないという思いに葛藤しつつも何とかそういった儀礼にも慣れて行く。
数ヶ月が経って上司に「お前彼女はいるのか?」と聞かれる。「今のところはいません」「今のところはか」そんな会話があってhは思わずsの事を思い出す。
sは今何処で何をしてるのだろう、どんな事を考えてるのだろう、と色んな思いが脳裏を過る。「案ずるより産むが易し」hはsの家に急行した。
呼び鈴を鳴らすと親御さんが出て来てくれた。sの事を聞くと「あの子実は鬱病に罹っていて今は家を飛び出して何処にいるのかすら分からない」と言う。大学も中退したらしい、何故そんな事になったのかhには皆目見当もつかない。ただsの安否を祈るばかりであった。
ある日疲れて帰って来たhは近所のバーへ一人で飲みに行く。気さくな常連の人達と陽気に酒を呑んで歌を唄っていたら綺麗な女性ホステスがこちらを見つめる。なんとそれはsだった ! 驚きのあまり酔っていながらも一瞬シラフになった気になった。
周りの目もあるのでhは至って普通に装っていたんだがsも同じ気持ちであったに違いない。すっかり酔いも回って店を後にする時sが出て来て「何でこんな所に来たのよ、おかしいでしょ !」と潤んだ目をして叫ぶ。hは多くは語らず「ここに来たのは偶然だけど逢えて良かった、また前のように付き合おう」と言ってsを抱きしめた。
sは泣きながらhの胸を何度も叩く、でも痛みは全く感じられない、寧ろ嬉しいぐらい気持ちが良かった。「二人で生きて行こう」「うん、そうだね」二人は熱い口づけを交わした。
それからの二人は毎日を快活に過ごしどんな事でも打ち明けて楽しい日々を送る事になる。もはや二人が付き合っている事はバーでも評判になっている程でママからも「sを大事にしてよ~、じゃなかったらマジで怒るからね」とか言われてみんなで酔って笑って大いにはしゃいでいる。二人は「ロンリーチャップリン」等をデュエットで歌いhは最高の気分に酔いしれていた。
その夜二人は久しぶりに愛くるしいまでの契りを交わした。
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