hとsの悲劇 六幕 ─兆し─
二人は25歳になった。同棲し出して1年余りが経つ。sは益々色っぽくなり女としての魅力に満ち溢れていた。
親友のtから誘いがあり久しぶりに高校の頃の仲間達と飲みに行く事になった。まず居酒屋に行き各々好きに食べ、好きに飲み昔話などをして大いに盛り上がる。次にsの務めているバーへ向かう。sは他所にしようよと言ったが多数決で結局はそこに行く事になる。ドアを開けるとたまたま空いてはいたがそれまで居た一人の客が出て行ってからはママが「今日は貸し切りだ !」と大盤振る舞いをしてくれた。みんなは歌を唄い、語らい、笑い、最高の時間がそこにはあった。
このメンバーの中でもう一組hの親友のtとnが出来ていた。二人は既に結婚まで考えているという。tは照れながらも「h、早く結婚しろよ !」とはっぱをかける。hも勿論その事は考えていたんだがなかなか決心がつかないままダラダラと月日だけが過ぎて行った。
二人は家に帰り激しく抱きしめ合いお互い愛を確かめ合った。
その後sがこう云う「みんな楽しそうだったわね」
「ああ、そうだったな」
「何であんなに楽しそうなの?」
「何でってsも楽しかっただろ?」
「私はそうでもなかったわ」
「何言ってんだよ、そんな顔するなよ」
「だって本当だもん」
sが鬱病に悩まされていた事は知っていたがもう今はそうでもない感じだったのでhは思わず売り言葉に買い言葉になってつい無神経になりこんな会話が続く。
「もう病気は大丈夫なんだろ?」
「母に何を聞いたか知らないけど余計なお世話よ !」
「心配してるだけだよ」
そこでsは足の裏を向けてhに見せつける
そこには酷い、凄まじい傷痕が残っていた。幾らか治ってはいるものの未だに赤く腫れた肌、見てるだけで痛々しい程の火傷の痕があった。sは今までそれを化粧で誤魔化していたのだと云う。
hは思わず「一体誰にやられたんだ!? 今直ぐ行ってぶっ殺してやる !」
「お父さんよ、それに暴力は嫌いと言った筈よ !」
確かにその言葉は覚えていた。しかしhは居ても立っても居られない。どうすればいいのか分からない。ただ無心にsのその傷跡を優しく撫でて舐め出した。するとsは「ありがとう、でももういいのよ」と悲壮感漂うような表情をして泣き出した。
「悪い事聞いてしまったな」
「別にいいのよ」
二人沈黙・・・
「これ実は父に虐待されてたのよ」
「何だって ! 何時から?」
「子供の頃からよ、でもこの傷は高校卒業してからなの」
hは思い起こした。あの頃だ、sと離れ離れになったと思ったあの頃だと。
それからのhはどうしたらsの傷を癒やせるかと毎日のように考えていた。
職場の同僚や上司にこんな事を相談出来る訳もなくひたすら悩んでいたんだが、やはりこういう時はtに頼むしかないと思い聞いてみた所相変わらず楽観的なtは「だからいちいち悩むなって、お前はどんだけ神経質なんだよ、不器用なんだよ、もっと楽に生きて行こうぜ」と簡単そうに言う。その姿を見て苛立ったhは思わずtをぶん殴った。
殴られていながらもtまだ「これで気が済んだか?」と言う。hはからかわれているのか、それともこいつはよっぽどのアホなのかと思った。
それから家に帰るとsは風呂場で手首を切って項垂れていた。
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