サメとワニ
四章 ─暗雲─
雄一は取り合えず雄二と母に謝った。
「悪かったな雄二、お母さん、ちょっと苛立ってたよ、これからは考え方を改める必要があるな、雄二、俺を一発殴れ」
「そんな事はいいんだよ」
母は「頼むから兄弟仲良くしておくれ」と泣いている。
確かに雄一はもう母を泣かせるような事はすまいと誓った筈だった。
それなのに何時になっても母を悲しませている事に自分を恥じた。
やがて雄二も大学を卒業して大企業に就職した。そこは株式上場までしている全国でも有名な一流企業であった。
夏になり親子三人と母の友人ら数人でハイキングに行く事になる。兄弟は共にボーイスカウトの経験もあり登山は得意であった。母も足腰は丈夫な方ですいすい山を登って行く。
雄二がちょっとした事で足を滑らせてこけそうになった時雄一は咄嗟に弟の手を握り助けた。それを見た母は安心あいたような顔で笑ってした。
青々と草木が生い茂った山並み、爽快な空と雲、元気な蝉の鳴き声、照り付けるような陽射し、登山客同士の快い挨拶の声、燦然たる光景が拡がっていた。
山頂に辿り着きみんなで昼食をとる。遥か遠くに見える湖を見ながら「綺麗ね~」とみんな口を揃えたように感動したいた。
汗を拭ってから各々用意して来た色鮮やかな弁当を見てみんなでそれを美味しいそうね~とか褒めそやしながら食べていた。
食事を終えて雄一は煙草を一服していた。母の友人達が
「お母さんよかったわね、雄一君も雄二君も立派な社会人になって、もうこれからは何の心配もいらないわね」
「まだまだこれからよ」と母は照れながら笑っている。
「特に雄二君は大きな所に務めているし羨ましいぐらいだわ」
雄二は「そんな事もないですよ」と謙遜している。
雄一はこれを聞きながらちょっと不機嫌になっていた。
直ぐに顔に出るタイプだったので母もそれを懸念していた節はあった。
でも卑屈になってはいけないと思い何とかその場を取り繕う事が出来た。
家に帰り母は「雄一、あんたも成長したわね」と言う。
「何の事だい?」と知らぬふりをしていた。
日常が始まる。
雄一は工員の見習いとして毎日頑張って仕事に精を出していた。
やがて雄一は現場の責任者になり充実した日々を送っていた。あおんな或る日上司から飲みに行く誘いを受ける。雄一は快く承諾した。
その席ではお前そろそろ結婚した方がいいんじゃないのか? 考えてないのか? とか遊びも覚えないといけないなとか色々な話題が上がった。
雄一はそうですね~とか言いながらその場をやり過ごす。
上司の一人が「お前博打はしないのか?」と訊く。
「しませんね~」
「そうか、面白いぞ」
雄一も多少なりとも興味はあったので上司に誘われるままにパチンコに行った。
ビギナーズラックとでもいうのか雄一は初めてしたパチンコで数万儲けた。
玉を買ってただ右手でハンドルを握っているだけでこんなに簡単に金を儲ける事が出来るのかと錯覚するぐらいだった。こんな不思議な高揚感、射幸心に煽られた事は生まれて初めての経験で愕きをかくせなかった。
家に帰りその儲けた金と景品をそのまま母に手渡した。
すると母は顔色を変えて「これどうしたの?」と訊く。
「パチンコで勝ったんだよ凄いだろ」
「これからは絶体行かないようにしなさい」
「何でだよ、こんなに簡単に儲かるんだぜ?」
「いいから行ったらダメだから!」
「分かったよ」
母のこんなに悲壮感漂う顔色を見たのは初めてである。雄一はその意味をあまり深くは考えなかったがそこまで気にする事もないだろと思いそれからもパチンコ、そして競馬や競艇にも手を出して行く。
始めのうちは結構儲かっていた博打も何れは負けが込んで来て雄一はこのままではダメになってしまうと思ったが後の祭りで今では借金までする事になったしまう。
借金と言っても大した額ではないが母にはとてもじゃないがそんな事を言える訳がない。
晩になり床に就く頃雄一は変な夢を見た。
そこには一人の男が出て来て雄一に
「博打は一切辞めろ、辞めろ、お前はそんな人間ではない筈だ」
と言うのである。
雄一は早くに目が覚めて仕事に出かけたが帰ってからもその事が忘れられずに夢の話を母に告げた。
すると母は「それはお父さんよ」
と云った。
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