サメとワニ
八章 ─摩擦─
「雄二、お前何しに来たんだ?」
「見ての通りさ、土地売買の交渉に来たんだよ」
「何でお前が?」
「うちの会社は不動産も手掛けててね、今回の再開発の件でも重要な地位を占めてるんだよ」
「で、ここを出て行けって?」
「その通りだよ」
「お前自分が何言ってるのか分かってんのか? ここは俺達兄弟が育った家でお前の実家でもあるんだぞ」
雄二は眉一つ動かさずに
「近日中に決めておくれよ」
とだけ言い置いて母には挨拶もせずに去って行った。
みんなは呆然としていたがその顔は哀しみに打ちひしがれている。
雄一はもはや逡巡している時ではない、あいつをどうにかしないといけないと苛立っている。
そんな雄一の顔を見て母が言う
「雄一ダメよ、今更暴力なんか振るった所で何の意味もないわよ、寧ろこっちが不利になるだけよ」
「じゃあどうすればいいんだよ?」
母は暫く黙っていた。その後意を決したような表情を泛べて
「裁判よ、訴訟起こすのよ」
と言い出した。
雄一は迷った。確かにその手もあるになあるが勝てる見込みはあるのかという不安は否めない。向こうは一流企業だし既にその事も視野には入れているであろう。
「佐伯さんに頼むわ」と母が言う。
佐伯さんという人は元県会議員で国政にも強いパイプを持つ地元では有力な人であった。更に地元の人達で一致団結して反対すれば勝算もあるかもしれない。
みんなはそれに希望を託す事にした。
佐伯さんは今ではすっかり楽隠居して別荘に居る事が多かった。
車を飛ばしても約2時間は掛かる別荘を母と近所の人と三人で訪ねる。
流石にここまで来ると空気は旨いし心も癒される、濃緑の樹々に青々とした空、川のせせらぎ、虫の鳴き声、三人は思い切り深呼吸をして別荘の玄関をノックした。
「どうぞ」
という声が聞こえる。
中には佐伯さんと奥さんの二人が居た。
母が挨拶を済ませて
「連絡差し上げてました件なのですが是非とも宜しくお願い致します」と言い始める。
「はい、その件は私も知っていました、ですが今の私にどれほどの事が出来るか」
と頼りない返事を訊いて三人は動揺していた。
かっての佐伯さんんはこういう人ではなかった。常に威厳も持ち続け貫禄もあり正に威風堂々とした佇まいの人で地元でも怖がられていたぐらいの存在であった。
それが今はどうだ。いくら年をとって隠居したとはいえ見た目はただのお爺さんではないか。
しかしもはやこの人以外に頼れる人はいない。みんなは必死に懇願した。
すると
「分かりました、これが私の最期の仕事になりそうです、出来る限りの事はいたしましょう」
と実に頼もしい返事をくれたのでみんなは大船に乗った気分になっていた。
家に帰り雄一が溜め息をつくと根明なかみさんは雄一の肩を叩いて
「あなた大丈夫よ、ほらお酒でも飲んで」
と酒を勧める。
「そうだな、前向きに行くしかないよな」
とその晩は三人で飲み明かした。
数日後佐伯さんの紹介の弁護士が店を訪れた。
この人は土地取引きに明るい辣腕の弁護士らしい。
「佐伯先生には昔大変お世話になりましたので私も全力で戦います」
と言ってくれた。その顔は自信に満ち溢れている。
この人なら大丈夫とみんなは安堵していた。
三人はそれからも普段とは何ら変わりなく商売に精を出したいた。
せっかく繁盛して来たこの店を誰が手放すかと反骨の精神で頑張った。
その甲斐もあって店は益々繁盛して行く。
そんな矢先またしても雄二が店に顔を出した。
この前とは打って変わって暗く疲れた表情をしている。
一体何があったのか、母が徐に尋ねる。
「実はやっちゃいけない事をしちまったんだ、もうダメだよ」
悲壮感に充ちた表情を泛べる雄二に母はコップ一杯の水を差し出した。
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