人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

極道女子高生 十一章

  十一章

 

 

 誠二は師範と向かい合ったはいいが何も言えなくただ立ち尽くしていた。何故か言葉が出て来なかったのである。そんな誠二の心中を察してか少し風が吹き始めたと同時に師範は言葉巧みに喋り出した。

「お前も本当は迷ってるんだろ? 顔を見れば分かるよ、今日の稽古もそうだ、俺は正拳突き一つ見るだけでそいつの心理状態まで手に取るように分かる、お前は今日ここに来るべきじゃなかったんだ、いや空手を習うべきでもなかったかもしれない」

誠二はやっとこさ口を開いた。「何故そこまで仰られるのですか? 自分は空手を始めてから心身共に強くなりました、その事は師範も御存知の筈、流石に心外です」

「いや、お前はただ喧嘩が強くなっただけだ、心は全く強くなっていない、寧ろ今でも惰弱なままだよ」

「・・・」

「何故だか分かるか? 現に今も迷いながら喋っているからだ」

「人間というものは迷う生き物でしょ?」

「確かにな、でもお前のは優柔不断が過ぎるし優し過ぎる」

「それがそこまでいけない事なんですか?」

「ダメだな、特に格闘家としては致命的だ」

「いくら師匠とはいえそこまで言われる筋合いはありません、それなら自分がこの道場に志願して来た時何故受け入れたんですか?」

「確かにそれは俺の過ちだったな、言い訳するつもりじゃないがお前とあやの関係がそこまでとも思っていなかったしな」

「自分は自分の道を行くだけです」

「ちょっと待て、これは言いたくなかったんだがあやの親父さんは人殺しもしてるんだぞ、それでもまだあいつと付き合うのか? お前にそこまでの覚悟があるのか?」

ヤクザならそれぐらいの事はあってもおかしくはない、だがそれを改めて師範の口から訊いた誠二は少し狼狽えた。

「ほら見ろ、ビビったろ、お前は所詮その程度の男なんだよ、だがあやは違う、その事を知った上であんな風に生きてるんだからな、大元が違うんだよ」

誠二は暫く考えた後に「それでも自分はあやが好きなんです!」とだけ言い置いて立ち去る。師範はその後ろ姿を数秒間見てから道場に帰った。

その日も街路には紅葉の花が咲き誇っていたが今の誠二の目にはあまり綺麗に映らず憂鬱な気持ちのまま家に帰る。恋愛経験が初めての誠二にとってはかなりのハードルだったのである。

 

晩御飯の時もはや母は何も言及しない、そんな母の顔を見ていたら尚更気が重くなる。師範の言った通りやはり大元が違うのかなと心の中で呟いた。

部屋に入った誠二はまた刀を抜いた。これに縋るしかなかったのである。鞘から抜くと何時ものように烈しい閃光が迸る。その眩しい光を凝視するとやはり力が沸いて来る。

誠二はもう後戻りは出来ないと心に誓った。

 

その後数日が経ちいよいよ体育祭の日がやって来た。学校の中は生徒も先生も勇み立っている。体操服に着替える時誠二はヤル気満々になりそのあまりのアドレナリンに愕いた同級生達は「どうしたんだ誠二、もう少し落ち着かないと巧くいかないぞ」と諫めるぐらいであった。

その日は正に体育祭日和の良い天気でヒコーキ雲まで出ている。空を見上げたあやは嬉しくなり「よっしゃ!」と周りを憚る事なく叫んだ。

順調に一つ一つの種目が消化され次は徒競走の番だ。あやも誠二も力が漲っていた。

当然の結果のように女子ではあやが一等賞でこればかりはみんなも仕方がない様子であった。その後に行われる男子では誠二がこれまた見事に一等賞になり二人は遠目ながらもお互いアイコンタクトを取る。誠二は一安心した。

昼休みに入りあやは自分の方から誠二に会いに来た。

「おう誠二、お前足も速くなったな、流石だよ、また惚れ直したかな」と快活に笑いながら言うと誠二も「あやも流石だったな、ま、他は話になれないだろうけどさ」とベンチャラを言った。

「お前ところで昨日は道場に行ったのか?」

「何で知ってるの?」

「夕方暇だったんで電話したんだけどいなかったからさ」

「そうなんだ、何か用でもあったの?」

「いや別に何もないけどちょっと声が聴きたくなってな」

「さ、昼からも頑張るか!」

「そうだな!」二人はハイタッチをて元気良くグランドに駆けて行った。

 

残るリレー走も組体操も難なくこなし最後にダンスが待っていた。

男子生徒は緊張しながら女子生徒の手を握る、実に初々しい思春期の光景である。

中には男子の手にほんの少し触れるだけの女子もいたが誠二にはそんな事はどうでもよくあやと踊る事だけを楽しみにしていた。短い時間ではあるがあやと会うまでの時間は実に長く感じられる。二人は既に契りも交わしているのに不思議なもので誠二はドキドキしたいた。そしていよいよあやと踊る刻が来た。

二人は強く手を握り合う、少し汗ばんでいる誠二の手にあやは嬉しくなった。「こいつはやっぱり私の事が好きなんだ」と。誠二の脇の下をクルっと回る時にあやはふざけて誠二の腰の横側を指先で突いた。誠二は笑っている。これだけ大勢の生徒達がいる中であやと誠二は二人だけの空間を築いていたのであった。

だが誠二にとっては奈美というハードルがまだ残っている。奈美はあやから数えて5番目ぐらいの位置に居た。誠二は昨晩刀に誓ったようにもはや迷いはしまいと思いながら奈美近づいて行く。あやの時とは違って奈美の手には触れるぐらいに力加減をして軽く踊っていた。しかし奈美はそんな誠二の察したのかあや以上に強く手を握って来る。

痛いぐらいだった。誠二は思わず口に出した「奈美ちゃん力入れ過ぎだよ、どうしたんだよ」と。だが奈美は何時までも手を離さない、このままでは次に行けない、誠二は焦った。強引に手を振り解いた時奈美は誠二の顔を睨みつけた。あれほど固く誓った筈の誠二の心はまた揺れたのである。

 

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体育祭が終了したグランドには嵐の後の静寂が漂っていた。

祭りのあととは何時も淋しく虚しいものがある。他の生徒達は清々しい顔つきをして下校していたが誠二にはそう快いものでもなかった。

学校から帰る頃誠二は今日はあやに付き合うつもりでいたのだがまた奈美が近寄って来る。誠二は「奈美ちゃん俺今日はもう帰るから」と言ったのだが奈美は何時になく真剣な面持ちで「これからちょっと付き合って!」と言うのである。

そこに計ったようにあやが来た。あやは「おう誠二、これから遊びにでも行くか」とさりげなく当たり前のように誠二を誘う。

誠二はどうしていいのか分からずにまた迷う。すると奈美が言う。「あやちゃん悪いけど今日は誠二君借りるから」とえらく強気だ。

「何だよお前、まだ誠二に纏わりついてんのかよ」

「今日は私の方が先客よ、物事には順番ばあるでしょ?」

「何言ってんだよお前、いいから帰れよ」

「いいや、今日は絶体帰らないわ」

「何時も逃げてばかりなのに珍しいな、ま~いいや、今更お前が何を言ったところで誠二は動じないし今日だけは譲ってやるよ、じゃあな!」

奈美は誠二を勝ち取った気持ちになっていたが誠二は相変わらず怪訝のうな顔をしている。そんな誠二の顔をみた奈美は少し安心したのだった。

 

誠二は「何処にいくんだよ」と頻りに訊いたが奈美は何も言わずに歩いているだけだ。

二人は道中一言も喋らないまま気が着くとまた夕暮れ時の海に辿り着いていた。

腰を下ろしたあと奈美は誠二の身体に凭れて「誠二君、どうしても私じゃダメなの?」と訊いて来る。

「だからその話はもう済んだだろ、俺はあやが好きなんだって、何度言わせるんだよ」

「いいや、あなたは絶体あやの事好きじゃないわ絶体に!」

「何で分かるんだって?」

「分かるものは分かるのよ!」

暫く沈黙した後奈美は制服の上着を脱ぎ出した。それを見た誠二は咄嗟に「何してるんだよ、やめろよ!」と言ったが奈美は躊躇う事なく脱ぎ出す。

奈美は上着を脱ぎ捨てて誠二に軽くキスした後、素早く誠二の手を握り自分の乳房に当てた。その表情には何か凄まじい覚悟が滲み出ている。品の良い奈美がこんな事をするのはおかしい。だが誠二の手が既に奈美の乳房に触れている事は自明の事実であった。

誠二は成すすべなく奈美の思うように操られていた。

奈美の乳房はあやのそれより一回り大きくて弾力がある。誠二の心は一時女の色香に堕とされていたがふと我に返った誠二はまた強引に手を離した。

すると奈美は少し潤んだ目付きになり「何で離すの? そんなに私の事嫌いなの?」と言う。「そんな事ないけど、俺にはあやがいるんだ、ただそれだけだよ」

「ふん、律儀な事ね、浮気は絶体にしないのね、そんな誠二君だから私も好きなんだけど」

「・・・」

「じゃあこれならどう? 私と寝てみる? セックスしてみる? 私まだ処女よ」

「そんな下品な事言うなって、奈美らしくないよ!」

「私本気よ! どうなの?」

「・・・」

誠二が答えに躊躇していると辺り一気には暗くなり雷鳴が聴こえて小雨が降り出した。

「奈美ちゃん雨だよ、今日はもう帰ろう」

「私は別にこのままでもいいけど」

誠二は奈美の手を引いて家路を急いだ。

奈美は何も言わずに誠二と別れた。誠二はその姿が見えなくなるまで見守っていた。

 

家に帰った誠二は風呂に入り疲れを癒やす。鏡を覗くと今顔を洗ったばかりなのに何かさっぱりしない憂鬱な表情をした自分の顔が映っている。誠二はやりきれない思いで風呂場を出て部屋に入りそのまま横になった。その後また刀を抜いて鋭い刀身を眺める。

奈美に誘われはしたが俺はちゃんと断った。今日は何もなかったんだと自分自身に言い聞かせる。そして刀を一振りして鞘に納め深く深呼吸すると少し気持ちが安らいだ。

もう雨も止んで綺麗な夜空になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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