人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

極道女子高生 最終章

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  最終章

 

 

 朝起きて窓を開けると晴れ渡った空に一筋のヒコーキ雲が天高く流れている。誠二は「あや、ヒコーキ雲が出てるぞ」と言うと、あやは「そうか! 今日もいい日になりそうだな」と上機嫌で笑っていた。

誠二の母はあやが一晩泊まっていた事には勿論気付いていてその上で「誠二、朝ご飯よ~」と快活に声を掛ける。三人は無言で食事を済ませ二人は共に学校へ行く。母はその後ろ姿を心配そうな表情を泛べながら何時までも眺めていた。

 

学校ではこの前二人を嵌める陰謀に失敗した三人の同級生が性懲りもなく姦策を施そうと奈美に近づく。だが奈美はもはやそんな小賢しい手が通じない事を十分承知しており全く相手にしようともしない。三人は潔く諦めた。

修学旅行から帰った誠二の顔はまた一段と凛々しく、勇ましい男らしいものに見える。

奈美はそんな誠二に何か只ならぬ気配を感じていた。

授業を終えた誠二はあやとも付き合わずに道場に直行する日々が続いていた。

あやそんな誠二の覚悟のほどを感じて稽古に付き合う。一緒に型の練習をしたり組手をしたりして二人は汗を流し稽古に没頭していた。

師範が「お前達いやに熱心だな、一体どうしたんだ?」と訊くと誠二は何も言わずにひたすら稽古に打ち込む。そこで師範は大きな声を上げて「誠二! それではダメだ、ヤル気が空回りしている、もっと身体の力を抜け!」と注意をした。

誠二は初めて口を開き「押忍! 気を付けます!」とだけ言ってまた稽古に打ち込む。

稽古が終わった後師範は改めて誠二に問う「お前、何力んでるんだ? 取り合えず当分試合はないし、ひょっとして誰かと喧嘩でもするのか?」と。

「そんな事はありません、自分はただ強くなりたいだけです」

「それならいいが・・・」

あやはそんな二人の会話に一切口を挟まず眺めていた。

 

やがて三年生になり美しく咲き乱れている桜の花を見た誠二は去年の花見の事を思い出していた。あの時昇司さんは俺達に気遣ってあんな風にしていたのか? 或いは他意があるのかと。そう思った誠二はあやに単刀直入に訊く。するとあやは「やっぱりお前もその事を気にしてたのか、実は私もなんだ」と少し悲し気な表情を泛べて呟いた。

「あの人本当にあやの事が好きなのか?」

「それは分かんねー、だが昇兄ぃはただ跡目欲しさに私と一緒になるような奴じゃねえし、恐らくは親父に逆らえねえだけだろうな」

「そんなに義理でもあるのか?」

「そうじゃねえんだ、昇兄ぃはお前も知ってるように筋を重んじる古い型の極道なんだよ、だから親に対してヤマ返すような事は徹底的に嫌うしそういう輩は全て排除して来たんだ、真の極道だよ」

「なるほど、確かにな」

「だからこそ私もそういう昇兄ぃが好きなんだけどな」

その後二人はまた誠二の家に行き部屋で酒を飲んでいた。

穏やかな春の気候はエアコンなど付ける必要もなく誠二は窓を開けっぱなしにしてあやと語らっている。あやは酔いが回る前に誠二に改めて決意を確かめた。

「お前、ほんとに昇兄ぃとやるんだな?」

「ああ、やるよ、男が一度決めた事だ、吐いた唾は飲めないよ」

「分かった、それじゃあ昇兄ぃに伝えておくよ」

「頼むよ」

そう言った二人は熱い口づけをして四度目の契りを交わした。

あやの背中の入れ墨を眺めると誠二は理屈抜きに心強くなったような気がしていた。

 

それからも誠二は稽古に没頭する日々が続く。あやは道場へは数日おきにしか行かずに街で遊んでいた。

或る日そんな誠二の姿を訝った奈美が久しぶりにあやに口をきいて来た。

「あやちゃん、最近誠二君と付き合ってないの?」

「お前には関係ないだろ」

「そうなんだけど、最近の誠二君何か忙しそうでちょっと気になっただけなんだけど」

「空手の稽古だよ、これで気済んだか~」

「試合でも迫ってるの?」

「いや、それは・・・」

少し歯切れの悪いあやの表情をみた奈美は何かあるなと怪しんだ。

 

その日も誠二は稽古で大いに汗をかき自分が強くなって行く様を実感していた。

道場から帰る時誠二は何度も後ろを振り返る、何か人の気配がするのだが誰もいない。気にせず家に帰り風呂に入って晩御飯を食べる。母は相変わらず何も詮索して来ないがその顔は決して晴れやかでもない。そんな母に誠二は「母さん何心配してるんだよ」

と言ったが母は「別に何も心配なんかしてないけど母さんはただ誠二が無事で元気であったらいいだけよ」と言葉少なに言う。

部屋に戻った誠二は母の事が気になったがもはや後戻りは出来ない、また刀を抜いて決心を固めた。

 

季節は過ぎ夏。あやはやっとこさ親分に内密に昇兄ぃに会う事が出来て誠二の事を告げる。それを訊いた昇司の顔は何時ものように至って冷静沈着、全く動じる様子もなく

「そうかい、流石は誠二君だ」と少し笑みを泛べて言った。

「昇兄ぃ、くれぐれも宜しくな」とあやも多くは話さず段取りだけを打ち合わせた。

早速その事を誠二に告げたあやは「とにかく頑張って来いよ」とまた言葉少なに話を終え誠二の顔を両手で包んだ。誠二は何も言わずにあやに口づけを交わしその日は別れたのだった。

 

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その日は如何にも夏らしい猛暑であった。

誠二は今一度刀を抜いてその勇ましい刀身を眺める。すると汗も引き、いざ鎌倉という心構えで決戦の地へ赴くのであった。

夕方の海は風が強く吹いていて涼しいぐらいである。あやに伝えられた場所は以前三人で奈美を助けに行った港の第三埠頭の廃倉庫であった。

この辺りは相変わらず閑散として人影など無いに等しい。少し足音が聞こえたが今の誠二には全く気にならない。一歩づつ歩みを進めると倉庫の前には既に昇司がいたのだ。

昇司は「誠二君、久しぶりだったな、今日は一つお手柔らかに頼むよ」と何時になく愛想の良い挨拶する。誠二は少し拍子抜けしたがそんな事はどうでも良い。ただ一言「こちらこそ宜しくお願します」とだけ言って構えた。

「誠二君、あっしは実は前々から何時かこういう日が来ると思ってたんだ、だから嬉しいよ」と言い放った瞬間昇司の鉄拳が誠二の鳩尾に深くめり込んだ。息が出出来なくなった誠二は前のめりに膝を着いた、すると次の一撃が容赦なく誠二を襲う。誠二はやはりこの人には敵わないのかと諦めかけた時、あの小説の事が頭を過る。そうだ、俺は絶体あんなバッドエンドにはしないと心に誓ったんだ! 何があってもこの人に負ける訳には行かないんだ! と歯を食いしばって立ち上がった。

「流石は誠二君、そうでなきゃ面白くねえぜ」と昇司が拳を振りかぶった時、誠二はその一瞬の隙を見逃さずに正拳突きを繰り出す。今度は見事にヒットしたのだ。誠二は一一気呵成に中段廻し蹴りに後ろ廻し蹴り、そして正拳突きのコンビネーションをヒットさせて優勢に転じた。だがそれぐらいで倒れる昇司でもない、二人は殴り合いになりどちらも血を流し顔は腫れあがっている。勝負の行方は誰にも分からず五分の闘いが静かな夕方の海で繰り広げられていた。

一時的に空が曇り出し雷鳴が鳴り響いた時、昇司は目突きを繰り出した。誠二は愕いて思わず目を瞑った。だが昇司は途中でそれを止めて蹴りに転じる、誠二はまともに喰らったが今度は倒れる事なくやり返し、その勢いのまま昇司を叩きのめし最後の一撃の正拳突きを繰り出す瞬間拳を止めた。

「誠二よ何故止めたんだ? 甘いな、あっしをやるチャンスはこれが最期だった筈」

「それじゃあ訊きます、昇司さんも何故さっき目突きを止めたんですか?」

「ふっ」と笑った昇司の顔は優しかった。

「誠二よ、あっしの負けだ、いい勝負だったよ」

「まだ決着はついてないです、手加減したでしょ? 寧ろ昇司さんの勝ちですよ」

「いや、誠二の勝ちだよ、これからもあやの事宜しく頼むぜ」

「有り難う御座います」と言って二人が握手した刹那、誠二はその場に倒れ込んだ。

「誠二ー!」と叫んだ昇司が見たものは備前長船の名刀が誠二の背中に突き刺さっている光景であった。

断末魔の痛みが誠二を襲う、そして後ろを振り向くと刀を持って立っているのは奈美だったのだ。奈美は「誠二君ゴメンね、でもこうするしか無かったのよ、私も今から逝くから」と言って奈美は刀を誠二の身体から抜いて自分の胸を突き刺した。

「痛いね、めちゃくちゃ痛いわ、でも誠二君と一緒なら痛みも半減するよ」と笑ったっまま目を閉じた。

 

二人の決着がそろそろ着くと悟ったあやは二頭の愛犬にハグをしてから歩き出す。

空にはヒコーキ雲が仲良く三つ並んで天高く舞い上がっていた。

 

                                  完  

 

 

 

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