人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まったく皺のないTシャツ 四章

 二日目の旅程は鳥羽水族館で可愛いラッコを見た後、真珠の養殖、取り出し方、アクセサリーを作る工程等を見学する。アコヤ貝から採取された真ん丸なその玉は正に海底に沈む財宝といった感じの神秘的なホワイトパールの色彩を帯びて神々しいまでの輝きを放つ光には人の心を浄化させる力を感じる。一同はただ黙ってそれを見つめ感動していた。

そしていよいよ旅のメインである伊勢神宮に赴く。

お社の入り口には威風堂々とした大きくて精悍な鳥居が一行の心を魅了する。一哉はこの鳥居を何時までも眺めていたかったが時間がそれを許さない。ここに立っているだけで涙が溢れて来るような心持になったいた。

中に入るとこれまた立派なお社が立ち並び、神道の原点でもある天照大神を祀ったこの神社の神秘で神妙、その壮大さは言葉では推し量る事が出来ない。真珠同様、伊勢という地域には元来神々の御心が宿っていて人間がそこに立ち入る事さえ憚られるような威厳に充ちた風格があった。

一哉が参拝を済ませた後、沙也加がまた何時の間にか近寄って来る。

「一哉君、何を御願いしたの?」

言葉に詰まった一哉だったがこの神の力に影響されたのか照れる事なく、亦、自分らしくもない事を謳いだした。

「沙也加と仲良くなる事だよ」

「ほんとに? 嬉しいわ」

これが一哉の本心であったかどうかは本人も良く分からない。だが一哉は嘘を言うような性格でもない事を知っていた沙也加は満面の笑み浮かべて喜んでいる。沙也加は「じゃあまた後でね」と言い置いて自分のクラスの列に帰って行った。髪を靡かせて歩くその後ろ姿は昨晩とは違って晴れ晴れとした心弾む女の子の姿であった。

その後暫く辺りを散策して夕方宿に帰った一行は土産物を買いに出掛ける。一哉は既に伊勢神宮で買っていた鳥居のキーホルダーとお守り、定番の赤福持と他お菓子等を買ったが親から貰っていた3000円の小遣いの中で2700円を使い釣りは300円と、自分でも巧いお金の使い方だと感心していた。几帳面で神経質な一哉にとってはある意味当たり前だったのかもしれない。

その後また宿に帰り晩御飯を食べ部屋に戻る。今日は実に充実した一日であった。

 

部屋ではまた軽く枕投げをして遊んでいたがそれにも飽きて来たみんなは女子を呼んで一緒に話をしようとする。小学6年生ともなれば男女の会話といえば当然色恋の話にもなりがちで部屋では誰が誰を好きなのかという話題で盛り上がった。

一哉と沙也加が恋仲である事はもはや周知の事実だったので二人共快くお喋りに参加していたのだが、中にはまだ誰とも仲良くなっていない、というか言い方は悪いがその話題に入って行く事も出来ない子もいる。そんな中、一人の男子が「英明、お前、誰が好きなんだよ?」と訊くとその子は何も言わずに俯いている。女子にその子の事について訊いても誰も何も言わない。そんな状況を慮った一哉は少しムカついて言い出しっぺの賢治を殴り飛ばした。するとみんなは愕いて制止したが一哉はまだ気が収まらずに「お前、英明に謝れ! 男らしさの欠片もない奴だな!」と言い放つ。

賢治は泣く泣く英明に謝って英明も恥ずかしがりながらも取り合えずは一安心した様子になりみんなはその話題を止める事にする。それを黙って見ていた沙也加は改めて一哉の事が好きになった。

それからは旅の思い出やこれからの事などを話題にしていたがそれには余り火が着かず二人はベランダに出て夜空の下で少し語らっていた。

この日は秋の涼風が気持ちよく遙かに見える海の灯台の灯りが点滅している様が子供心にも儚く、美しく目に映る。その灯りを眺めて沙也加はこう言う。

「さっきはカッコ良かったね、流石は一哉君よ」

「当たり前の事さ、あのまま行くと虐めになってただろ」

「そうかもね」

「明日はいよいよ帰るのか」

「早かったわね、一哉君はどんなお土産買ったの?」

「在り来たりのお菓子とかだよ」

「ふ~ん」

「沙也加は?」

「私も同じよ」

「みんな一緒だろうな」

「ところで私達ちょっとませてないかしら?」

「何だよ急に?」

「ふとそう思ったんだけど」

「沙也加は頭がいいからさ」

「そうかしら?」

「そうだよ」

「一哉君だって賢いわよ」

「俺は几帳面なだけだよ」

「なるほどね」

そう言った沙也加はまた一哉の頬に軽く口づけをしたがベランダでみんなが見ていると思った一哉はそれ以上は何もしなかった。

少し風が強くなって小雨がパラつき始めたので二人は部屋に入ったがみんなは既に横になって眠っている者もいる。子供というのは簡単に眠る事が出来て素晴らしい、さっき起きた事象など取るに足りない事であったのか、少なくともその穏やかな寝顔には暗鬱な表情など一切見受けられない。一哉には自分のした事は取り越し苦労だったのかとも思われるぐらいであった。

 

翌朝空はさっぱりと晴れ渡り朝食を食べ終わった一行は意気揚々と帰途に着く。その姿は出発の時と同じく、さながら旅に出る前の高揚感に似た風でもあった。

帰りの汽車の中でもみんなは大はしゃぎして語らっている。一哉もまた行きと同じように車窓から外の景色を眺めている。そしてトランプ遊びに付き合う。まるでビデオを巻き戻ししたような光景である。そして一哉はトイレに行くと。するとまた沙也加が現れる。一哉は俺は何か幻覚でも見ているのかと自分の目を疑い擦ったが勿論それが現実である。

一哉の前に立ちはだかった沙也加は白々しい感じで

「また会ったわね」と笑いながら言った。

「ああ、この前と一緒だな」

「やっぱり私と貴方は結ばれているのかもね」

と言って沙也加は自分の車両へ戻った。

一哉も軽く笑みを泛べながら席に戻る。しかしませた二人のこのやり取りには何か憂いに充ちたものを感じるのは二人の感受性が強過ぎるからだろうか。

 

一行は地元に帰り着き各々の家に帰る。一哉は買って来た土産を親に渡すと母は大いに喜び、「流石は一哉、巧い金の使い方だね~」と想定内の事を口にすると一哉は何か親孝行でもしたかのような充実した、いや寧ろ完璧な自分の行動に矜持を持つぐらいであった。

その心が既にませていたのか、ただ賢いだけなのか、この頃の一哉にはまだ分からない。

秋の憂愁に充ちた綺麗な紅葉の花と自分自身の為に買った鳥居のキーホルダーだけが一哉の心を癒やしてくれるのであった。