人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まったく皺のないTシャツ 六章

 中学生時代というのは正に思春期真っ盛りな訳だが元々几帳面で神経質だった一哉にとっては人生そのものが思春期であり年などは関係なかったのかもしれない。

中学に進学した一哉には何の心境の変化もなく今までと同様ただ学校に行って帰って来る。そんなごく当たり前な日々が続いていた。

一哉は持ち前の運動神経を活かすべくバスケットボール部に入部した。一年生の頃は基礎的な練習ばかりで走り込みや筋力トレーニング、顧問の先生や先輩にしごかれるだけの厳しい日々だった。そんな或る日、事件は起こる。

先輩が真面目に練習していた一哉に向かってこう言ったのだ。

「おいお前、なかなか鋭い目つきしてんな」

「・・・」

「訊いてんのか?」

「・・・」

「お前ちょっとこっち来いよ」

そう言われた一哉は別室に連れて行かれ目つきが悪いだの礼儀がなってないだのと文を付けられ1発殴られた。一哉は殴り返し3対1でありながらも互角の勝負をして先輩達を畏怖させる。だが中学時代の上下関係は厳しくまだ1年生であった一哉は当然その後先輩達数人からボコボコにやられるのであった。

家に帰った一哉は母にその事を訊かれても何も言わずに部屋に閉じこもっていた。先輩にやられた訳だからそこまで卑屈になる事もないのだが、この潔癖な少年の心はこのまま普段通りに生活する事を許さない。とはいえ先輩達を相手に一人で勝てる訳もなくただ暗鬱な心持でベッドに横たわる。そして例の鳥居のキーホルダーを手にして眺めると、こんな気持ちではダメだ、この鳥居のように常に威風堂々としていなければならない、こんな弱気ではダメだとキーホルダーは相変わらず一哉の心を癒やし、勇気づけてくれる。先の事までは分からなかったが取り合えず学校に行く決心した。

学校では一哉の事を英雄視する者など一人もおらず、寧ろ先輩に盾突いた愚かな奴というレッテルまで貼られる始末だったがそれは一哉も想定内で大して苦にはならなかった。しかし人間関係が巧くない一哉はもうチームプレイはこりごりと思いバスケットボール部を退部し水泳部に入部する。ちょうど春が終わりじめじめした梅雨の始まる6月は水泳をするのにも絶好の季節で一哉のとった行動は正しかったのかもしれない。それからの一哉は水泳に打ち込み暫くは充実した生活を送っていた。

    

季節は夏本番、空からは直射日光が降り注ぎ街は活発な蝉の鳴き声に覆われ人々の喋る声までもが聴き辛くなる中、一哉は学校へ行き放課後プールでは水泳の練習に没頭する。他の部活動とは違い水泳部では1年生の頃から普通に泳がせてくれていたが、それこそ当たり前の事で何時までもプールサイドでトレーニングばかりしていても仕方ないし何時まで経っても上達しない、一哉はそん当たり前の光景が大好きで水泳も日に日に上達する。母もそんな息子の様子を見て気持ちを明るく保つ事が出来たのだった。

 

夏休みも中盤に入った8月上旬、部活動で疲れた一哉は何時ものようにキーホルダーを手に取り眺めていると母が沙也加から電話よという知らせをもたらす。一哉は嬉しくなりすぐさま電話に出る。

「一哉君、今から会える?」

「会えるよ」

会話はたったそれだけで終わり二人はその後直ぐ公園で落ち合う事になった。

沙也加は相変わらず朗らかな顔でセンスのある可愛い服を着ている、それに比べ一哉は

如何にも家を飛び出して来たと言わんばかりのスウェットの上下姿だった。

それを見た沙也加は一瞬笑みを浮かべたがそれに釣られるように一哉も笑い、4ヶ月振りに会った二人は難なく打ち解ける事が出来たのだった。

「最近どう? 学校は巧く行ってる?」

「まぁな」

「そう、それは良かったわ」

「沙也加は?」

「私も今のところはね」

含みのある沙也加の言い方は相変わらずであったが一哉は真剣になる

「今のとこって、何か心配事でもあんのか?」

「そうじゃないわ、ただ私の中学では知り合いは一人もいないし、ちょっと寂しくなっただけかもね」

「なるほど、そうだよな~」

「・・・」

「でも沙也加の事だ、もう友達も出来たんだろ?」

「まぁね」

そう訊いた一哉は一安心して沙也加の身体を抱きしめると二人は何時ものように口づけを交わす。その日の沙也加の唇は夏の暑さの所為か何時もより豊潤な果実のような味わいがありその色香に酔いしれた一哉は少し長く唇を重ね合わしていたら沙也加は顔を離し軽く笑いながら「今日はちょっと長かったわね」とさりげなく言った。

その後二人は別れたが何故沙也加は違う学校に行ったんだと今更ながら一哉は何か悔しい思いに駆られていた。

 

それから家に帰ると母は沙也加の事を一応は訊いて来たが思春期で多感な二人の気持ちを必要以上に追及する事もなく晩御飯を済ませ風呂に入った後、一哉は部屋に戻り床に就く。

だが沙也加との熱い口づけの思いが頭から離れずなかなか眠る事が出来ない。こういう時のお守りで宝ともいえるキーホルダーを手に取ると心は癒やされやっとこさ眠りに就く事が出来たのだがその晩一哉は妙な夢を観たのだった。

そこには沙也加そっくりの女の子が出て来る。一哉は沙也加だと思い声を掛けるのだがその子は一向に振り向く事はなくそのまま遠のいて行く。急いで駆け付けると消える。まるで陽炎のようなその子だったが、一哉が何も考えずにいると今度はその子の方から近づいて来る。そこで初めて話をする事が出来たがやはりその子は沙也加ではない。だが余りにも似ているこの子は一体誰なのか? 名前を訊いても答えない、でもその子の快活に笑いながら喋る姿は一哉の事が気に入ったみたいな感じもする。

二人は何時の間にか仲良くなり人生を添い遂げようとまでしていたが、一緒に生活しようとした矢先に夢から覚めた一哉は上半身を起こし時計を見るとまだ明け方の4時だった。今観た夢は一体誰なんだ? 沙也加ではないのか? だとしたら俺はあんな子と一緒になってはいけない。と、一哉は夢の話ごときに真剣に臆する心持になって窓を豪快に開ける。

すると台風でも来たかのような烈く強い風が部屋の中に舞い込んで来る。しかし一哉は窓を閉めようともせず、寧ろその吹きすさぶ強い風に抱かれたいといった気持ちで呆然と立ち尽くしていた。

そのまま午前7時になりテレビを見ると台風などは発生してもなく今日も猛暑になるという予想通りの天気予報がなされていたが一哉の心には台風以上の強い風が吹き荒れていた。

生まれて初めてこんな夢を観た一哉は改めて自分が思春期を迎えた事を実感するのであった。

 

 

 

 

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