人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まったく皺のないTシャツ 十二章

 夏休みに入った一哉は益々部活動に精を出し、日に日に逞しくなるその姿は心身共に凛々しく、眩しい陽射しにも負けないほどの燦然とした輝きを放つ。それは他の部員達とて同じでこれこそが若さの象徴に相違なかった。

 夏休中の練習では先生がいる時といない時があり、一哉は先生がいない日に沙希を誘い一緒に泳ごうと画策していた。普通に歩く事は出来るのだから水の負荷が掛かるプールの中で泳げない筈がない。そう思い沙希を促して一緒に泳ぎ出す。しかし沙希は一抹の不安を払拭する事は出来ず、プールに入ったまではいいがなかなか先に進めない。このままではダメだと思った一哉は沙希の手を引いて取り合えず水中ウォーキングを始めた。

 これは流石の沙希も普通に歩く事が出来、二人は難なく100m200mと歩き出す。一哉は沙希を気遣い初日はこれだけで終わる事にした。

 次の日も同じように水中ウォーキングを熟す。その距離は日に日に長くなって行き、3日目に沙希は1kmも歩く事が出来たのだった。

 そして1週間が経った頃、一哉は改めて沙希に泳ぐ事を勧める。まだ不安を隠せない沙希ではあったが一哉の情熱に絆され何とか泳ぎ出す。今にも立ち上がっていまいそうな沙希の身体を手で支えながら必死に前に進もうとする二人。その一哉の手は或る時は沙希の腰に触れ、或る時は胸に、またある時は太股や尻にまで触れる事もある。だが沙希は何も恥ずかしがらずに一哉の献身ぶりに絆され何とか最初の25mを泳ぎ切る事が出来た。

「流石、沙希ちゃん、全然泳げるじゃん!」

「ありがとう、一哉君のお陰よ」

「俺は何もしてないよ、沙希が頑張ったからさ」

「嬉しいわ」

「この調子で選手になれよ、まだ一年生だし、いくらでも巧くなれるよ」

「私は今のままマネージャーでいいの」

「そんな遠慮するなよ」

「いいのよ、泳げただけでも良かったし、それに私が選手になってしまったら誰がマネージャーするのよ」

「優しいな」

 そんな二人の仲睦まじい光景を傍から見ていた部員達も二人に歓声を上げる。

「いいね~お二人さん、感動したよ」

 二人は照れながら笑っていた。

 

 その日二人はまた一緒に帰る事になったのだが何時もの神社で腰を下ろした沙希はこう言うのであった。

「一哉君、今日は本当にありがとう」

「うん、沙希が泳げるようになって俺も嬉しいよ」

「でも私の身体、大分触ってたわね」

「あ、それは・・・」

「いいのよ、私も嬉しかったし」

 一哉はかなり恥ずかしくなってそれから沙希の顔をまともに見る事が出来なかった。

「一哉君て初心なのね」

「・・・」

「だから私も好きなんだけどさ」

 そう言って快活に笑みを浮かべる沙希の顔は実に美しく、一哉は今更ながら俺みたいな奴がこんな可愛い子と付き合っていて良いのかなどと自分が今置かれている状況を顧みるのであった。

 こうして沙希の足もみるみる回復し、二人はいい関係を保ったまま月日は過ぎて行くのであった。

 

 2年生になった二人はまた違うクラスになり学校で会えるのは休憩時間中と放課後の部活動をしている時だけである。しかし相変わらず神経質な一哉は下手に同じクラスになってベタベタするよりも違うクラスの方が帰って二人の関係にも良いと思っていた。

 だが或る日一哉は自分の目を疑うような光景を見てしまったのである。それは沙希が同じクラスの男子生徒と仲良く語らっている姿だった。

 初めは男の嫉妬など恰好の悪い事で自分の取り越し苦労だと思っていたのだが、同級生がこんな事を口にするのだった。

「おい一哉、沙希ちゃん誰かと付き合ってるみたいだぞ」

「そんな訳ないだろ」

「俺もそう思うんだけど、どうも怪しいんだよ」

 これは何処かで訊いたような話だった。そうだ、沙也加の時とまるで同じだ。何故ここに来てまた同じ目に遭わなくてはならないんだ? これが俺の宿命なのか? そう考えると益々苛立ち落ち着かない。しかしあの時のような思いはもうしたくはない。そう感じた一哉は早速部活動で沙希に真意を確かようとしたのだった。

 ところが放課後プールに出てみると沙希はいない。みんなに訊いた所、今日は用事で帰ったらしい。そう訊いた一哉は水泳にも身が入らない。練習はそこそこにして家に帰る。家に帰り部屋でまたキーホルダーを手にする。でも心は落ち着かない。何故こうなるんだ? 俺が何か悪い事でもしたのか? 色々と試行錯誤した所で何も良い案は出て来ない。また熟睡出来ない夜が襲って来る。何時まで経っても落ち着かない一哉は自分らしくもなく箪笥に綺麗に蔵ってある衣類をむやみやたらに床に投げつ豪快に窓を開け外に向かって唾を吐いた。でもそ窓から見る外の風景は至って冷静で澄み切った夜空には無数の星々が燦然と輝いている。その光景は実にロマンチックに目に映る。

 そんな星空に心を癒やされた一哉は何とか眠りに就く事が出来た。

 

 翌朝も良く晴れていた。もう少しで夏のシーズンに入るこの梅雨の時期は水泳をしている者には気が逸る季節で誰もが勇み立つ時期でもあった。

 しかし一哉は心はまだ晴れない。今日こそは真意を確かめるべく部活動に赴く。沙希も来ていた。取り合えず安心はしたものの、そう切り出すかは難しい、真正面から訊いたのでは沙也加の時の二の舞だ。だがそうすればいいのかは分からない。逡巡しながら練習を始める。無論この日も練習には身が入らず、少し手を抜いて泳いでいたのだが、休憩している時に一哉は妙なものを目にした。

 沙希の足にそれまでは見慣れなかった傷跡のようなものがある。それが本当に傷跡なのかまでは分からないが確かに今までは無かった模様である事には確信が持てる。

 練習を終えた一哉は沙希に近寄り何時ものように何気なく声を掛けた。

「沙希ちゃん、元気そうで何より」

「私は何時も元気よ」

「そうだな、ただ昨日は珍しく休んでいたからさ」

「ちょっと用事があってね」

 相変わらず快活に喋る沙希ではあったが、その表情には何か影を感じる。繊細な一哉にはそれがはっきりと分かるのだ。

「その傷、どうしたんだ?」

「・・・」

「どうしたんだよ?」

「目敏いのね、流石だわ、でも何でもないのよ、気にしないで」

 近くで見るとやはり何かの傷跡には相違ない。一哉はその足に手を触れようとした刹那、沙希はそれを振り解き不愛想な面持ちで立ち去った。

 一哉はその後ろ姿を眺めるだけで追いかけはしなかったが、明らかに何かがあったのだという確信を持っていたのだった。

 

 

 

 

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