人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

三島由紀夫「盗賊」を読み終えて

 自分のような凡人の率直な感想としては、余りにも単純過ぎますが、明秀と清子はその生涯を添い遂げて欲しかった、少なくともあんな結末にはなって欲しくなかった、という感じですかね。

 三島由紀夫の作品は悲劇が多いと思いますが、彼は何故そうまでして悲劇に拘るのでしょうか? 無論そんな事分かる訳もありません。でも面白いと。

 それはただ単に意外な結末だから面白いという意味ではなく、寧ろ悲劇と分かった上で読んでいても面白いのですよね。

 この辺が三島文学の神髄であって、彼が天才と呼ばれる所以であるようにも思えます。

 そして悲劇とはいえ決して暗い印象はなく、登場人物はあくまでも普通の生活をしています。その一人間の奥底に眠る真意を見事に引っ張り出して来る。こんな事は歴史に名を馳せた哲学者であっても至難の業とも思いますが、彼は一冊の小説でそれを完全に描写し切っています。

 三島由紀夫「盗賊」のレビューです。

 

あらすじ  

 恋する相手に捨てられ傷つき、自殺を決心した男と女が出会う物語。失恋の苦悩と、新たな出会いから互いの胸の中の幻影を育て合う悲劇的な結末までを、人工的で精緻微妙なタッチで描いたロマネスクな心理小説である。

 

登場人物 

藤村明秀

藤村子爵

藤村子爵夫人

原田美子

山内清子

新倉

佐伯

        他

 

見どころ 

 やはり明秀と清子の恋の始まり辺りでしょうね。この頃の二人はまだ死ぬ事をそこまで明確化してはいなかったと思います。既にその翳は漂わせていますが。

 牧場に行くシーン辺りが一番良かったですかね。共通の想いは想いとして、自分はてっきりそのまま二人は結ばれるものとばかり思っていました。

 あと山内男爵と藤村夫人の恋物語、それに対する藤村子爵の思惑。この辺りの描写も実に巧妙で藤村子爵からは嫉妬心は感じないですね。寧ろ自分を含め、奥方の事を憐れんでいるといった様子にも伺えます。

 その藤村子爵と明秀の友人、新倉との絡みも面白いですね。その駆け引きに於いては藤村子爵の咄嗟の閃きが功を奏し新倉を打ち負かす事が出来た訳ですが、それが無かれば一体どうなっていたのかと勝手に推理しながら読んでいましたね(笑)

 

 そしてラストと。聡明で繊細で潔癖な気質であった明秀は誰にも己が真意を悟らせるような隙すら見せませんが、果たして全く気取られる事なく今まで行動していたのでしょうか、無論それは清子とて同じ事なのですが。

 とま~粗探しが好きな自分は一々疑問を呈してしまいます(笑)

 

最後に

 この作品では心中の事を「情死」と表現していますが、この言葉も良い響きですね。愛し合う男女が合意の上で一緒に死ぬ事と定義づけられていますが、この「情」という文字を使っている時点で、それは別に愛人同士じゃなくても、一人で自殺する事に使っても良いのでは? とまた勝手に解釈してしまいます。

 

 三島文学の神髄はこういう心理描写の巧みさにこそあると感じます。いくら三島が東大出身の超エリート、亦早熟であるとはいえ、この作品は三島がまだ23歳の頃に執筆したという事にも愕きを隠せません。尾崎と同じですがやはり天才が存在する事は歴然たる事実なんですよね。

 そしてこの作品のタイトル「盗賊」というネーミングも素晴らしいしカッコいいです。無論この盗賊は○○と○○の事だと思いますけど。

 

 とにかく三島作品には理屈抜きに惹かれます。なかなか他の作家の小説が読めない、読んでもあまり面白いと感じないのは自分がただ食わず嫌いなだけかもしれませんし、自分の時代錯誤な思想がそうさせるのかもしれません。

 でも面白いものは面白いと。ただそれだけの事なんですよね。

 もし現代に三島が生きていたらどんな人生を送っていたか、どんな作品を描いていたのか、無気力無関心な自分でもそこだけは興味津々な訳ですが。ま、こういう仮定の話には何の意味もないですよね。

 たとえどんな時代であれ三島は力強く生きていたとは思います。

 

 以上、凡人の浅はかなレビューでした^^