人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  四話

 y地区の連中と冷戦状態になっている間は波風が立つ事もなく、誠也達は充実した高校生活を送っていた。秋ともなれば運動会に文化祭など様々なイベントがあり、溢れんばかりの若さでそれに挑む生徒達の姿は正に青春を謳歌するものであった。

 だが全てが順風満帆に運んでいる訳でもなく学校内にもちょっとした事件が起きていた。それを発見したのは他でもない誠也自身であった。

 この日部活動が休みだった誠也は校門を出た直ぐの所で、一人の少年が5、6人の男子生徒に囲まれているのを目にする。この時点で誠也はカツアゲだと察したが、自分が駆け付けると逃げられる事が分かっていたので、敢えて少し離れた気の影から見ていた。

「金持って来たのか? 早く出せよコラ!」

「それが出来なかったんです」

「何だとコラ! 舐めてんのか!」

「どうしても無理なんです、勘弁して下さい」

「じゃあ仕方ねーな~」

 その男が1発放つ刹那、誠也は石ころを投げて命中させた。そして威風堂々と出て行くと連中は既に怯えている。誠也は軽く暴れて5、6人に一撃づつお見舞いし、

「詫び入れろ」

 と、連中の顔を見据えて言う。

「すいませんでした誠也さん!」

「俺にじゃねーんだよ、こいつに詫び入れろっつってんだよ!」

「すいませんでした」

「もしまだこんな事やるようなら俺が黙っちゃいねーし、お前らどうなるか分かんねーぞ、こいつに指1本触れるだけでもダメだ、こいつは今から俺の大事な舎弟だからよ」

 そう言われた連中は既に震え上がり、何度も謝って大人しく退散して行った。

「誠也君ありがとう、でも大丈夫なの? あいつら3年生だぞ」

「そんな事全く関係ねーよ、確かに先輩ではあるから筋は通さなきゃなんねー、でも例外もあるだろ」

「流石だね、でも僕みたいなヘタレでは舎弟になんか成れないよ」

「ふっ、冗談だよ、ああでも言っておかねーと奴等は大人しくはしねーだろ」

 単に不良学生を絞めるだけではなく、後顧の憂いまできっちり絶つ辺りは流石というしかない。誠也のような硬派なアウトローの存在はやはり必要悪なのだろうか、時代と共にその見解も違って来よう、だが今は誠也の活躍に依って一人の生徒が助かったのも事実だ。とはいえ1年前のような何の関係もない一般人を巻き込んでしまった事も事実で結局は痛し痒しな訳だが、法や理屈だけではなかなか裁き切れない人道的なものを一瞬にして示したのは誠也の手柄であるに相違ない筈だ。

 それからというもの、この健太というヘタレ少年は何時も金魚の糞のようにして誠也にくっ付いていたのだった。

 

 或る日学校で誠也と健太が一緒に廊下を歩いていると清政がこんな事を言い出した。

「おい誠也、何でこんな奴と一緒に居るんだよ、おかしいだろ?」

「別にいいじゃねーか、俺はこいつが好きなんだよ、な、健太?」

 健太は清政に怯えながら何も言えなかった。

「お前も物好きだな、ま、人の勝手だけどよ」

 この事は忽ちにして学校中に広まった。誠也は一向に動じないが健太は恥ずかしそうにしている。そんな健太の様子を訝った誠也は彼に檄を飛ばす。

「お前、もっと堂々としろっつんだよ! 今やお前は俺の大事な舎弟なんだぞ、そんな事では俺も肩身が狭くなるだろ!」

「分かったよ」

「そうだ、お前俺と一緒にボクシングやらねーか? 強く成れるぞ!」

「え? ボクシング?」

「いいから、俺が面倒見てやるから心配すんなって」

 健太は誠也に誘われるままにボクシング部に入部した。

 先輩達は言うに及ばず、顧問の先生までもが健太のひ弱そうな容姿に愕きを隠せず、誠也に対しても疑念を抱く。だが誰一人として誠也に反論出来る者などおらず、健太は半ば無理矢理練習をし始めるのであった。

 誠也からのアドバイスはたった一言

「適当にやってたら、取り合えず今よりは強く成れるから」

 と、彼にしては実に曖昧で半端な、熱の籠ってない言い振りであった。

 

 一方、修二は稼業である鳶職の仕事に精を出していた。修二がいる会社では足場だけではなく木造や鉄骨の建て方まで手掛けていた。昼休み食事を終えた先輩が言う。

「おう修二、お前最近集会してないんだってな、退屈だろ?」

「大丈夫です」

「流石だな~、お前んとこのチームはこの辺りじゃ最強だもんな、俺らは半端で終わっちまったがよ」

「そんな事ないですよ」

「ところで、y地区の奴等はまだ調子乗ってんのか? 俺らの時は何時も逃げてたけど何かお礼をしてやりたいよな~」

「先輩、そんな話はよしましょうや」

「お、そうだな」

 修二も誠也に負けず劣らずその貫禄を先輩にまで利かせていたのだった。

 

 そうこうしている間に冬が来る。あれだけ美しかった紅葉も既に枯れ果て、街には冷たい冬の風が吹き荒れる。駅前には厚着をして家路を急ぐ人の群れが目につくが彼等が目指すものは単に我が家なのであろうか、それとも何処かに寄り道をするのか、将又(はたまた)春なのか。何れにしても何かに焦っているような風采ではある。誠也はそんな在り来たりな光景にすら何か蟠りを覚えるのであった。

 クリスマスの日も誠也はまり子と一緒に居た。午後に少し街を歩き夕方誠也の家に立ち寄ったまり子は徐にコートを脱ぐ。すると艶やかな出で立ちがまり子の身体を美しく包んでいた。

「可愛いファッションだな~、そんな服何処で買って来るんだ?」

「そんなの店に決まってんじゃん」

「それはそうだけどよ」

 誠也は一瞬自分の身なりを恥じた。

「誠也君のファッションといえばその特攻服しかないもんね」

「え、そんな事ないさ」

 誠也は壁に掛けてあった特攻服に目をやり、そのいかつい姿と最近集会が成されていない事に複雑な心境なり少し溜め息をついた。

「何溜め息なんかついてんのよ、らしくもない、これ、プレゼント」

「何だよ?」

「いいから開けてみて」

 さっきから気にはなっていたがまり子が持っていたその大きな袋の中身は男もののカジュアルなジャンパーであった。誠也は愕いた。

「おいこれ高かっただろ? こんな高価なもん貰えないよ」

「何言ってんのって、サンタさんからのプレゼントだって」

 襟元を見るとヴェルサーチと書いてある。確かに形は誠也好みではあった。

「おいこれブランドものじゃねーか! 無理してこんなもの買わなくていいのに」

「多少無理するから意味があるのよ、今度は私にも買ってね」

「分かったよ」

 まり子は恐らくバイトで貯めた金を使ったのであろう。誠也に対する想いがここまでのものとは誠也自身でさえ気付かなかった。でもそれが本物だと知った誠也はまり子を生涯の伴侶にする事に腹を括っていた。それはまだ若い二人が織りなす少し軽率な淡い恋物語に過ぎないかもしれない。しかしいくら早熟なヤンキーとはいえ人の心とは得てしてそういうものでもあるような気もする。ファーストインプレッションとは言わないまでも男女を問わず人間関係というものは肌感覚に依るものが大きい事には違いない。それが有ったればこそ今こうして二人は付き合っているのであって、お互い楽しい日々を送る事も出来ている。早熟で聡明な誠也は僅か17歳にしてそこまで思い廻らすのであった。

 

 この夜二人がまた熱い契りを交わした事は言うまでもない。まり子が去った後、誠也の3つ年上の姉はこう言う。

「誠也、あんたあの子絶体に泣かせたらダメだよ、もしそんな事したら私はあんたを殺すからね!」

 この姉の言句には叱咤激励の範疇を超え、寧ろ誠也の心根に味方するような頼もしささえ漂う。誠也は一瞬総長である己が立場を忘れ、只一人の男としての女に対する純粋な気持ちを育んで行くのだった。

 それはこの後誠也達を襲うであろう一世一代の勝負にどう影響して来るのかは分からないままに。

 

 

 

 

 

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