人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  八話

 一行は高校生活最後の夏を十二分に満喫していた。真っ赤な夕陽は優しくも烈しく、彼等のこれからの人生に声援を贈るかのように力強く照り輝く。各々はその翳を踏みながらも意気揚々とした面持ちで帰途に着いた。

 健太は初めて出来た彼女といちゃつきながら歩いている。

「俺、二人で帰るから、みんなは先に行っててよ」

「はいよ~」

 今では健太もすっかりヤンキーの仲間入りでもしたような心持で、彼女が出来た影響もあってか何時になく陽気であった。

 修二は清政と二人で、誠也はまり子と家に帰った。

 

 家に着くと二人は真っ先にシャワーを浴びた。そして当たり前のように誠也の部屋に入る。誠也もまり子も少し小麦色に日焼けした肌が実に若々しく映える。誠也は取り合えず冷蔵庫から缶チューハイを持って上がった。

「乾杯!」

「あー美味しい、今日は楽しかったね、健太君おおはしゃぎしてたわね」

「あぁ」

「何か悩んでるの? さっきからちょっと浮かない顔してるみたいだけど」

「いや、別に、悪いな」

「はっきり言ってよ、水臭いじゃない」

 誠也は酒を半分程一気に飲み、少し目を細めて喋り出す。

「実はな、この前の一件の事だけど、ほんとに片付いたのかなって思ってな」

「何、きっちりケジメ取らせたんでしょ? ハッピーエンドじゃない、流石は誠也君よ、これでもうy地区の奴等も大手振って街を歩けないでしょ、いい事尽くめじゃない」

「そう言ってくれるのは有難いんだけどさ・・・・・・。」

「だから、はっきり言ってって! らしくないわよ」

「いや、ほんとに悪い、お前には関係ない事だよな」

「だったら初めからそんな顔しないでよ!」  

「そうだな」

 誠也は残りの酒を一気に飲み干し次の酒を開け、テレビをつけた。するとちょうどボクシングの試合が映っている。

「あ、この人最近強くなって来たわよね、結構男前だしいいボクサーよね」

 と、まり子は陽気に言う。

「そうだな、ここのまま行くとチャンピオンに成るんじゃねーか」

「誠也君とどっちが強いかな?」

「そりゃ、こいつに決まってんだろ、俺のはあくまでも喧嘩格闘技だからな」

 まり子は誠也の頬に軽くキスした。

「何だよ、いきなり?」

「だんだん明るくなって来たじゃん、何を悩んでるのかもう訊かないけど、世の中成るようにしか成らないわよ」

「ふっ、お前は相変わらず天真爛漫でいいよな」

「それが私の特権なんだから」

 確かにそうであった。この天真爛漫さは女子供だけに与えられた特権なのだろうか、いい年をした男には余り見かけないような気がする。実際そんな男では頼りない感じもしないでもないが、同じような意味合いの天衣無縫という言葉には何かカッコ良さを感じる誠也は、この言葉だけでも男に与えて欲しいと浅はかな思慮に耽ていたのだった。

 ある程度酔いが回った二人は自然の流れのようにその身体を重ね合わせて行った。

 

 若者にとっては夏の終わりほど虚しいものはない。それは夏休みの終わりと共に襲来する2学期の始まりが露骨に表現していた。

 誠也は大学進学に備え猛勉強していた。自分の得意とする数学と社会は何時もトップクラスの成績で通知表も常に5だったのだが、唯一苦手なのは理科であった。誠也はこの理科の悪い成績を克服するべく全身全霊で力を注ぐ。

 授業中の誠也は傍から見ると正にヤンキーには似つかない滑稽なものであった。

 昼休みに健太が駆け寄って来た。彼は相変わらずの陽気な面持ちで誠也に対し朗らかに語り掛ける。

「誠也君、俺やったよ!」

「何をだよ」

「船卸ししたんだよ」

「お前そんな事大声で言うなよバカ!」

「あ、すまない、でも嬉しくてたまんないよ!」

「いいから落ち着けって、ほんとに幼いんだな」

「ついでと言っちゃおかしいんだけど、シンナーも吸わせてくれよ」

 誠也はいきなり健太をぶん殴った。凄まじい痛みが健太を襲う。

「お前、いい加減にしろよ! 俺はそんな奴が大嫌いなんだよ、いいか、俺達の仲間でそんなもんやってる奴は一人もいねーんだよ、御法度なんだよ、分かったかゴラ!」

「すいません、俺が悪かったよ、でも俺見たんだよ」

「何を?」

「雄二君がシンナー吸ってる所を」

「何? マジなのか?」

「うん、この前も学校の帰りにさ」

 誠也は一瞬で頭が沸騰する想いに駆られた。この真面目な健太がいきなりこんな事を口にするのはどう考えてもおかしい。とするならこいつの言っている事が真実味を帯びて来る。誠也は隣のクラスの雄二に会いに行った。

「おい雄二、今日一緒に還ろうぜ」

「え、別にいいけど」

 雄二はいきなりの事で愕いていたが誠也にヤマを返す訳にも行かず、素直に承服した。

 雄二というこの男は小学校は違えど誠也、修二、清政とは中学からの付き合いで元々は修二と特攻隊長の座を争う程の喧嘩慣れした強者だった。だがただ喧嘩が強いというだけで他に大した取柄もなく人望もない。人柄を重視する誠也にはあくまでも単なる族の構成員の一人に過ぎなかったのだ。しかし彼の戦歴も大いに役に立つ。陸奥守がここまで大きく成れたのには少なからず彼の功績もあった事は違いない。

 放課後校門の前で誠也は待っていた。雄二は少し遅れて来た。

「誠也、待たせたな」

「いや」

「ところで何で俺なんかと帰るとか言い出したんだよ?」

「お前には色々世話になたしな、たまには一緒に帰りたくなってな、おかしいか?」

「流石は誠也、俺の事気に掛けてくれてたんだな」

 誠也は歩きながら徐に煙草を手にした。すると雄二が素早く火を着ける。

「おうサンキュー、お前も吸うか? ほら?」

「有り難う」

 二人は煙草を吸いながら近くの公園まで歩く。公園には色鮮やかな紅葉が咲いていた。秋の涼風は二人の男を切ない想いにさせる。 

「紅葉綺麗だな」

「え、あぁそうだな」

「お前ちょっと目を見せてみろ」

「何だよ急に?」

「いいから見せてみろって」

 雄二の目は少トロ~んとした感じで表情自体にも覇気が無い。それどころか顔も真っ白だ。

「お前、全然日焼けしてねーんだな、夏何処にも行かなかったのか?」

「あぁ、俺はあんまり夏は好きじゃねーしな」

「若者らしくねーな、ま、人それぞれだけどよ」

「・・・・・・。」

 雄二の顔は次第に真っ青になって来る。

「で、お前それ何処から仕入れたんだ?」

「何の事だよ?」

「惚けなって、もう分かってんだよ、これ以上焦らせんなよ」

 誠也が鋭い目つきで雄二を睨みつける。

「すいませんでした!」

「だから何処からなんだって?」

「久さんとこの若い衆からです」

「お前いい加減な事言うとただで済まさねーぞコラ!」

「ほんとです、多分久さんは知らないと思いますけど」

 この事は誠也を戦慄させるのに十分だった。誠也は取り合えず雄二に軽くヤキを入れ彼の下手打ちを咎める。雄二はただひたすら謝っているだけであった。

 

 誠也はこの事を久さんに告げるべきか迷っていた。ある事ない事色んな想いが誠也の脳裏を過る。だがついこの前世話になったばかりの久さんを疑うのは余りにも軽率で筋が通らない、下手すると自分がケジメをつける事にもなりかねない。しかし誠也自身の払拭し切れない疑念は寧ろ久さんの方へ傾いている。今一度あの方に会わねばならない。誠也はこう決心するのであった。  

 この憂愁に充ちた秋の景色の中、誠也は一片の紅葉を手に取り、あまり好きではない賭け事に興じた。手から放たれ宙に舞った紅葉の葉は裏表何れの姿を現して地に堕ちるのか。

 誠也は結果を確認しないままにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

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