人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  九話

 その頃修二と清政はチームの後継者選びで意見が対立していた。二人の候補者は何れも甲乙つけ難い人物で喧嘩の腕も人望もチームへの貢献度も秀でていた。後は誠也の意見を仰ぐしか道は無かったのだが、双方とも一向に譲る気配はない。しかし今の所誠也はこの事に一切言及していなく、みんなは少し不安になっていた。

 一方健太は誠也に咎められた事で一時落ち込んでいたとはいえ新しく出来た彼女との恋愛に夢中になり、進路の事など全く考えずに日々上の空で学校に登校していた。そんな彼の様子を訝った誠也は言う。

「お前な~、全然勉強してないんじゃねーか? 女が出来たぐらいで何も手に着かなくなるようじゃ男失格だぞ、大丈夫かよ」

「いや、それがさ~、あの子俺にゾッコンみたいでさ、だから俺もどうにかしれやりたいと思ってよ」

「ふっ、これはダメだな、お前その内捨てられるよ」

 健太は何も言い返せなかった。確かに誠也の言う通りかもしれないと思い、また落ち込む単純な男であった。

 

 10月中旬に入り秋もその色合いを増す頃、誠也は久さんに会いに行く。また例のバーであった。久さんはここの所組のシノギが忙しく誠也が連絡してから約1ヶ月が経った今になってようやく会えたのだった。

 久さんは黒いコートにサングラス姿で若い衆が車で送って来ていた。その運転手を車で待たせ店に入った彼はマスターに軽く声を掛けるとコートを自分で脱ぎ席に坐ってサングラスを取る。何でもないこの仕種だけでも彼の貫禄が十分に伝わって来る。誠也は改めて丁重に挨拶をした。

「ご苦労様です、この前は本当に有り難う御座いました、お忙しい所wざわざの御足労恐れ入ります」

「ま~硬くなるなって、こっちこそ随分待たせて悪かったな」

「とんでもありません」

「取り合えず飲もうや」

「はい頂きます」

 久さんの余りの風格は酒を飲んでいるとはいえ、とてもじゃないが腹を割って話をするような隙を与えない。それどころか何杯飲んでも酔っている所を見た事が無かった誠也は益々緊張するぐらいであった。

「お前腹の怪我はもう大丈夫なのか?」

「はい、お陰様で、すっかり治りました」

「それは良かった、あのガキ(神原)ももう何もしてこねーだろうよ」

「まだ油断は出来ませんが」

「確かに、治に居て乱を忘れずとは言ったものだ、お前も流石だよ」

「いいえ」

「で、折り入って話とは?」

「実は・・・・・・。」

「はっきり言えよ、らしくねーぞ」

「はい、実はうちの若い衆がトルエンをしていたんです」

「それで?」

「いや、陸奥守は初代から一貫して薬は御法度じゃないですか、それをあいつは破ったんです、勿論ヤキ入れておきましたけど」

「で、何で一々俺に言いに来たんだ?」

「それがその雄二といううちの若いもんは久さんのとこから手に入れたと言ってるんです、勿論雄二も久さんには関係ない事とは言ってましたが」

「なるほど、じゃあうちでも当たっておくけど、で、それだけで俺に会いに来た訳でもねーんだろ?」

 誠也の考えている事は全て見透かされていた。勿論誠也もそこまで考慮した上で会いに来た訳だったが、ここまであっさり己が心中を見透かされては流石の誠也も動じない訳には出来ず、その憂慮は表情に出てしまった。

「何だよお前、震えてるのか?」

「すいません、腹括った上で申し上げますが薬の事、本当に久さんはタッチしてないんですかね?」

 久の目は一瞬にして鋭さを増した。誠也は更に戦慄する。

「お前自分が何言ってんのか分かってんのか?」

「勿論です」

「うちの組でも薬は御法度なんだよ、だからその事は調べておくと言ってんだろ」

「はい、お願いします・・・・・・。」

「何だ、まだあんのか?」

「この前の一件なんですけど」

「いいから要件だけ早く言えって!」

「はい、自分は何か出来過ぎてるような気がするんです、y地区の奴等がこんなに簡単に大人しくするでしょうか? あいつらとの抗争は自分のお爺ちゃんの頃から続いていると訊きます、もう何十年にもなります、それがこれだけで決着が着いたとは到底思えないんです」

「だったらこれからも用心してりゃいいじゃねーか」

「はい」

「それとも俺が絵図でも描いてたとでも言いたてーのかおい?」

「滅相もありません、ただちょっと不安になったもんですから」

「ふっ」 

 それからの二人は何も話す事なく淡々と酒を飲むだけであった。実に静寂に包まれた時間が過ぎて行く。他の客も来そうにない。久さんは言うに及ばず、誠也も一向に酔いが回らない。誠也は生きた心地がしなかった。

 20分ぐらいが経った頃、久さんは誠也の肩を揉みながらこう言った。

「お前は流石だよ、それでなくちゃ親分は勤まらねーよ、取り合えず薬の件はよく調べておく、俺の事はお前次第だな」

 久さんはそれだけを言い置いて店を出た。見送りに行こうとする誠也にはゆっくり飲んでおけとボトルを授け、一人外へ出て行ったのだった。

 その後ろ姿を見た誠也はやはりこの人の言う事に二言はないと自分の早合点を恥じるばかりであった。

 

 久さんとの会合で暗鬱な気持ちが払拭出来た誠也は大学進学に向けて猛勉強を開始する。取り合えずは大学に進学し最終的には弁護士に成る。これこそが誠也の目標であり、大学進学はあくまでもその目標を達成させる為の過程に過ぎない。同級生や先生に教えて貰い苦手だった理科の成績も何とか克服出来た。後は今まで学んで来た事の集大成を披露するだけであった。

 そんな中、修二と清政が二人揃って誠也の下を訪れる。部屋に男二人を入れるのを憚った誠也は喫茶店で話をした。

「何だよ、改まって」

「後継者は誰にすんだよ? もう時間がねーぞ」

「その事か、まだ考えてないな~」

「そんな悠長な事言ってる場合じゃねーだろーよ」

「ちゃんと考えておくから、そんなに焦んなって!」

「で、この前雄二が下手打ったらしいな、どうなったんだよ?」

「その事なら心配ねーよ、きっちりカタ着けたから」

「お前は何時も自分一人で決めてしまうんだな」

「そこまで大した話でもねーだろ」

「でも最近のお前見てると、健太みたいな奴とばかり仲良くしてるし、俺らは蚊帳の外に放り出されたみたいでよ」

「考え過ぎだよ、俺はただしつの事放っとけないだけだよ」

「やっぱり仲いいんだな」

「分かった、それじゃあ今度最後の集会を開こうぜ! 最後に暴れまくろうぜ!」

「そうだな、で、何時にするよ?」

「来年だな」

「お前、何も分かってねーじゃねーか、来年までまだ2ケ月近くあるんだぞ! それまで何もしねーのかよ!?」

「じゃあお前達だけで走ってりゃいいじゃんか、俺は勉強が忙しいんだよ、走ってさえいれば若いもん達も痺れを切らす事はねーだろ」

 二人は泣く泣く誠也に従った。だが今まで一度たりとも総長不在で集会を開いた事が無かったみんなはやはり気が乗らない。結局チームは何もしないまま大人しくしていたのだった。それは誠也の目論見通りでもあった。誠也は最期の集会一大報告をする腹でいたのだ。当然その事は誰にも悟られぬままに。

 

 それからの誠也は勉強の片手間、健太の様子が気になり学校の帰りに彼の跡を付けて行くほどの物好きな悪戯に興じていた。楽観的な健太は何の警戒心も持たず誠也の追跡を許していた。

 健太が駅を降りて少し歩き出すと一軒の喫茶店に入る。誠也は何食わぬ顔をして健太に気付かれないよう店の隅っこの席に着いた。

 5分ぐらい経った所で例の彼女が入って来た。彼女も学校帰りらしく制服姿で席に着く。それから二人は快活な笑みを浮かべながら話し出した。

 それは如何にも思春期の男女がふざけながらも互いの愛を確かめるような淡くも微笑ましい、滑稽な漂いがあった。誠也は今だと思い中に入って二人を脅かしてやろうと立ち上がる。すると物々しい男二人が健太の席に歩みを進める。何処かで見覚えのある顔であった。誠也は今一度席に坐り直してその様子を見守る事にした。

 この後、誠也には逆鱗が走った。誠也は修羅のようにその顔色を変え、彼等の席に向かったのだった。

 

 

 

 

 

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