早熟の翳 十話
誠也に気付いた健太は愕いていた。それでも連中は執拗に絡んでいる。
「おい、ちょっと外出ろよ」
誠也が静かながらも低いドスの効いた声で連中を威嚇する。その顔を良く見るとy地区の奴等に相違ない。外に出て誠也は一瞬にして3人をシバき回した。連中は抗う事すら出来ずにその場に倒れている。誠也は更に追い打ちを掛ける。
「おいコラ、お前らまだ調子乗ってんのかよ、もう決着は着いたんだよ、神原によく言っておけやコラ!」
「神原さんは関係ないんです、あの人はもう腑抜けになっちまって」
「だったらお前らも大人しくしとけよ」
「すいませんでした、おい、仁美行くぞ!」
その声に誠也と健太は驚愕する。
「何だお前、連れなのか?」
「そうなんです、仁美は自分らとは同級生で同じ地区の人間なんです」
「何だとコラ! それじゃあ美人局でもしようとしてたのか?」
「そういう事です、ほんとにすいませんでした」
連中は逃げるようにして帰って行く。だが仁美は何時までも健太の事を振り返りながら見ていた。
取り合えず誠也の怒りは収まったが健太は途方に暮れていた。いくらひ弱な健太であっても誠也はそんな彼の顔を見るのは初めてであった。
「元気出せって、これは俺も甘かったよ、お前なんかにそんなに簡単に女が出来る訳ねーしな、おかしいとは思っていたんだよ」
「そんな事はいいんだよ」
「うん?」
「仁美ちゃん、絶体に俺を裏切るような子じゃなかったんだよ、本気で付き合ってたんだ、それは事実だよ、絶体にそんな子じゃない」
「なるほど、俺が悪かったよ、あいつらに逆らえなかったんだろうよ」
「俺は絶体に仁美ちゃんと別れないよ」
「そうだな」
健太の純情に圧された誠也は益々彼の事が気に入ったのだった。秋は恋愛の季節とも言うが健太のこの純粋無垢な気持ちは正に思春期の穢れのない少年の心根の表れであり、それは澱みなく流れる川の上流の姿を漂わす。
その想いを象徴するかのように店先には秋桜の花が実に美しく咲き誇っている。健太は無論、誠也もまた一歩成長したような気がしていたのだった。
そうこうしている間に秋は過ぎ、また冬が訪れる。冬の到来は人に対して厳しい寒さしか与えないものなのだろうか、人々の目には真っ白な情景だけしか映らない。だがまだ若く活発な誠也達は寒さにすら臆する事なく充実した日々を送っていた。
もはや部活動も終えた誠也は大学進学の為の勉強一筋といった風であった。学校の先生は言う。
「誠也君は大丈夫よ、自分の思ってる大学に行けるわよ」
この女教師は誠也の担任で1年生の頃から世話になっていたのだが、ヤンキーであるにも関わらず誠也は大して迷惑を掛けた覚えが無い。それは先生から見ても同じ事でいくら誠也が利口で聡明なヤンキーであったとはいえ珍しい事でもあった。
「ところで誠也君、貴方どうしてヤンキーなんかしていたの? 私それだけが気になって仕方なかったのよ」
「どうでしょうね~、ただ好きだから、としか言いようがないですね」
「何が好きなの?」
「硬派な心意気ですよ」
「硬派ね~」
「ダメですか?」
「そんな事はないけど、それだけではね」
「先生は俺みたいな男嫌いですか?」
「好きよ」
「だったらいいじゃん」
「そうね、深く考えても仕方ないわね」
そう言ってくれた先生ではあったが、言葉の何処かに含みを感じる誠也であった。
先生の意見は有難かった。誠也はそれを真に受け全国でも有名な国公立の大学に進学する決意をする。それからの誠也は以前にも増して猛勉強に打ち込む。その姿はさながら決戦に挑む戦国武将のような勇ましい血気に充ちた風采でもある。今の誠也にはその事しか頭になく、ただ直向きに己が道を突き進むだけであった。
好きこそものの上手なれとは言うが、やはりヤンキーでそれも暴走族の総長が国公立の大学に進学する事など傍から見れば滑稽にも映る。それは誠也の姉でも同じ事でいくら弟の豊かな知性を認識していたとはいえ、彼の頑なな心持は時として笑いを誘うものでもあった。
「誠也、あんたよくもまぁそこまで頑張れるわね、もう日付も変わったわよ、いい加減寝たらどうなの?」
「何言ってんだよ姐御、別に迷惑掛けてねーだろ、それに俺が受ける大学は国公立なんだぜ、一瞬たりとも無駄には出来ねーよ」
「それにしてもね~、ところであんた、まり子ちゃんとは巧くやってるの?」
「ああ、何も心配いらねーよ」
「そうかしらね~」
「何だよ、わざわざ俺を揶揄いに来たのかよ」
「そうじゃないけどさ~」
「それとも姐御、欲求不満なのか? 何なら俺が相手してやろうか?」
「バカな事言わないでよ!」
そう言うと姉はがさつい手つきで力強くドアを一気に閉めて出て行った。誠也は少し笑いながらも勉強を続けていたのだった。
一方修二は相変わらず鳶の仕事に精を出す日々が続く。彼のいかつい鳶服の腕の部分には特攻服と同じく「硬派一筋」という文字が刻まれてある。それを見る度に修二は頑張って仕事が出来ていた訳なのだが、それが却って喧嘩のタネになる事もある。だがその壁を悉く打破して来た修二も流石で、今では彼の意向に従うかのように先輩までもがその志に供するべく仕事に打ち込んでいる。
その真の絆は親方までをも巻き込み会社は正に一致団結、仕事量も豊富で未来には何の陰りすら感じられなかった。
他方清政はというと稼業である極道の道を進むべく精進したいた。息子の知性の乏しさを案じた親分は決して甘えさせるような事はせず、他の若い衆達同様清政を部屋住みから鍛え上げて行く方針だった。他の組員は言う。
「お前も大変だよな~、親父さんが厳しい人だからさ」
「何言ってんだよ、当たり前じゃねーか、俺は不服なんかねーしよ」
「偉いな~、流石は次期親分だよ」
「舐めてんのか?」
「そうじゃないって」
若い衆の中には既に墨を入れている者もいる。だが清政は一向に動じる事なく、寧ろ彼等を諫めるかの如く部屋住みの筆頭的な立場になっていたのだった。
そんな清政に親分は言う。
「お前、ヤクザと任侠道の違いって分かるか?」
「そんなもん分かんねーよ」
「そうか、まだ早いか」
「何だよ親父?」
「取り合えず親父という呼び方は辞めろ! 他の若い衆達にも示しが着かねーしな」
「分かったよ、親分、で、その違いとは?」
「今はまだ言えねーな、それはお前自身で探す答えだしな」
「考えておくよ」
親分はそれだけを言い置き部屋を出て行く。知性に乏しい清政ではあったが、その時の親分の背中には言葉では言い切れぬ何かを感じていた事は確かであった。
またクリスマスがやって来る。誠也は去年まり子に貰ったヴェルサーチのジャンパーを着てデートに興じていた。
この頃の街には既に粉雪もチラチラと姿を現す。道行く人は寒さに怯え袖で手を隠し、襟で首元を覆いながらもその美しく舞い降りる雪に感動し或る者は目を丸くさせ、或る者は細ませる。
そうだ、冬という季節にもこの雪があったのだ、この真っ白い雪こそが冬に観る花鳥風月だったのだ、と誠也は改めて心に想うのであった。
まそんな情景の中、まり子は相変わらずの天真爛漫な面持ちで街路に立ち並ぶ店のショーウィンドウを眺めて快活な笑みを浮かべながら言うのであった。
「あ、これ綺麗! 誠也君これ買ってよ!」
「こんな高いもん買える訳ねーだろ」
「これ安いと思うよ」
誠也はまり子に2回もプレゼントを貰っていたので、己が言葉とは裏腹に店に入る気持ちにもなっていたのだった。
季節毎に現れる風景はまだ若い少年達を何処へ誘おうと言うのか、一つだけ分かっていた事は彼等の純粋な気持ちには何の疑念も無かった事であった。
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