人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十一話 

 二人は店に入った。そこは洋服店であったのだがショーウィンドウに陳列されている商品が物語っているように、見るからに高そうな婦人服ばかりが目に映る。

 いくらまり子と同伴とはいえ誠也は何か場違いな感じがして落ち着かない。遠くに目をやってカッコつけていた誠也の肩を軽く叩いてまり子が言う。

「何カッコつけてんのよ、これよ、これ、これ可愛くない?」

 まり子が指差したのは赤色のマフラーだった。

「何だよ、さっき言ってたのこれかよ?」

「そうよ、可愛いじゃない、直ぐ目に着いたのよ」

「外から見えるのか?」

「見えてたわよ」

 そのマフラーは他の衣服と比べれば何倍も安価であったので誠也は迷わずに買ってやった。店を出た二人は公園のベンチに腰を下ろし休憩いた。

 誠也は早速その包みを開けマフラーを手に取りまり子の首に巻いてあげる。

「ありがとう、似合ってる?」

「ああ、とてもな」

「私、これ大事にするね」

「そんな安もんで良かったのか?」

「いいのよ」

 少し雪が強く降って来たので二人はまた誠也に家に向かう。その道中も誠也はまり子の気の明るさと真っ白い雪が、まだ微かに残る不安を洗い流してくれるような気がして軽く笑みを浮かべながら歩いていたのだった。

 

 部屋に入ったまり子はマフラーで誠也の顔をぐるぐる巻きにしてふざけていた。

「しかしお前は元気だな~、その元気は何処から来るんだよ」

「持って生まれたものでしょうね~、誠也君もそうじゃない」

「俺の何が?」

「ヤンキー魂よ」

「ふっ、ヤンキー魂か、そりゃいいな」

「ところで、この前の悩み事片付いたみたいね」

「何で分かるんだよ?」

「誠也君の顔見てたら直ぐ分かるわよ、ほんとに正直なんだから」

「まだ完全に片付いた訳でもねーんだけどな」

「世の中そんなものよ、人間なんてちょっと不安があるぐらいでちょうどいいのよ」

「お前もたまにはまともな事言うんだな、でもまり子には悩み事なんかねーだろ?」

「あるわよ」

「何だ?」

 まり子は何時になく少し暗鬱な、自分らしくない表情を見せた。

「貴方が遠くに行ってしまいそうな事よ」

「何言ってんだよ」

「私、実は今でも信じられないの」

「何がだよ?」

「貴方みたいな人が何で私みたいな普通の女の子と付き合っているのかよ」

「そんなの関係ねーだろ、俺はお前が好きなだけだよ、それ以外に何か理由でもいるのか?」

「そうよね、ありがとう・・・・・・。」

「まだ何かあるのか?」

「前にも言ったと思うけど、私強く成りたいのよ」

「今でも十分強いじゃねーか」

「そうじゃなくて、喧嘩よ」

「女が喧嘩なんて強くなってどうすんだよ?」

「もういいわ」

 まり子は途中で話を打ち切るかのような言い方をすると誠也の胸に顔を埋め独り言を呟く。

「私、強く成りたいのよ」

 誠也はそんな少し切ない表情を泛べるまり子の身体を強く抱きしめてた。まだ女心が分からない誠也ではあったが、このまり子の表情が与える誠也への想いを勝手に解釈し出した。今日の雪は俺よりもまり子の心を洗う為に降っていたのかと。

 

 

 また年が明け誠也はいよいよ卒業の時を迎える。その前に大学入試も控えている。初志貫徹、既に国公立の大学に出願していた誠也は難なく共通テストを突破した。

 続いて二次試験を受けた誠也は自信満々の面持ちで家に帰って来た。

 そんな誠也の顔を確かめた母は言う。

「あなた、自信あるのね、母さんも先生と同じよ」

「何?」

「何であなたみたいな聡明な子が暴走族なんてやってたのかしら、母さんもお父さんも何時も心配してたのよ」

「ごめん、でも俺は親不幸はしてないだろ?」

「確かにね、でも何時どうなるか分かったもんじゃないし、これからは真面目になるんでしょ?」

「ヤンキーは卒業するけど、俺は一生俺だよ」

「少しは安心させてよ」

 誠也にはこの母の想いもいまいち分からなかった。確かに自分はヤンキー一筋で生きて来たが、これといって人様に迷惑を掛けた覚えも無い。ただ男らしく生きて来たつもりだ。それが何故世間では受け入れられないのだろう、自分なんかより半端なヤンキー晒している、特にy地区の奴等の方がよっぽど世の中には不要な存在ではないのか。

 誠也のこの錯綜した想いは今に始まった事でもない。彼が幼い頃から常に抱いていた事で、これこそが最大の悩みでもあったのだった。逆に言えば誠也に成敗されて来た数知れない有象無象達は誠也の事を憎んでいるのであろうか、いやそんな筈は無い、彼等はあくまでも勝負で負けただけなのだ。それで自分の事を憎むのであればそれは完全に逆恨みになる。誠也のこうした考え方は単純過ぎるのであろうか、誠也は今だ己が心持を柔軟にする術を会得していないのであった。

 大学入試を終えた誠也は合格発表を待たずして最期の集会に赴く決心でいた。これをしないまま高校を卒業、いや10代を終える事は出来ない。暴走族は18で引退するのが通例ではあるが、誠也の想いはそれよりも遙かに崇高で決して形式的なものでは無かった。

 早速修二に声を掛かる。修二は待ってましたと言わんばかりに勇み立ち、意気揚々と皆にその意向と日程を伝える。その知らせは下々まで行き届き下は上に合し、上は下に合する。この不変の成り立ちこそが誠也の作り上げて来た理想の形であった。

 時は3月7日、第一土曜日。一同は決して武器を持参する事無かれ、喧嘩する事無かれ、女人禁制、エンジンを掛けるのは国道に出てから、近隣には絶対に迷惑を掛けてはいけない等々。誠也は何時も通りではあるが改めてこの戒律を強く示したのだった。

 

 夕食を済ませた誠也は夜9時が過ぎた事真っ先に修二とおち合い、まずは二人だけで国道を走り出す。3月になったばかりの夜はまだまだ寒く行きかう人は厚手のコートを羽織っている。そんな情景にも一向構わず二人は真ん中の車線を突っ走る。その道すがらおいおい他の者達が列に加わる。その様子はあくまでも自然体で群れに加わって来る小魚のような風でもあった。

 誠也は更に特攻隊長を置いて先頭を疾駆し出す。修二はそれに追いすがるようにスピードを上げて走り出す。他のメンバー達は遙か後方に佇んでいる。国道には蛍の灯りが一陣の風を吹かし、数キロに渡って縦一文字に列を成す数十台の単車の姿はまるで戦国時代の陣形のようにも見える。

 晴天の空には美しい月が映え、冷たい風は彼等の顔を斬るように洗う。既に街路には夥しいまでのギャラリー達が参列している。誠也は快活に疾走していた。

 ようやく清政が追い付いて来た。彼は誠也に負けじとスピードを上げるが何時になったも追いつく事は出来ない。約1時間走った頃、誠也は海岸で休憩する事にした。

 砂浜には強い風が吹き荒れていた。煙草を口にした誠也に若い衆が素早く火を着ける。最初の一服をした後、誠也は徐に口を開いた。

「今日は最期の集会だ、お前ら楽しんでるか!?」

 そこで大きな歓声が巻き起こる。誠也はみんなの姿を見渡し更に一服して心を落ち着かせて言葉を続ける。

「今日は最高だな、実は重大発表があるんだが聞いてくれよ」

 一同は一気に静まり返った。

「実はな・・・・・・、陸奥守は今日で解散だ!」

 一同は騒めき出した。

「いいから訊いてくれ! 俺が考え抜いた末での結論だ、勿論従ってくれるよな!?」

 誠也の表情は実に神妙で覚悟を決めた男の顔つきが窺える。

「ただ、どうしても続けたいのなら、独立してやってくれ! だから俺の後継者なんかはいない、あくまでも別組織になる訳だからな」

 今まで大人しく聴いていた者達も或る者は泣き崩れ、或る者は異を唱える、修二に清政、その中に見かけない顔が混じっていた事に初めて気づく誠也であった。

 その者は満を持して口を切り出した。

  

 

 

 

 

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