人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十二話

「誠也君、それはないよ! みんな後継者を誰にするかで誠也君の指示を仰ぎたかったのに、そんなカッコつけた事はダメだよ!」

 大声で叫ぶその者に依って辺りは騒然とし出した。

「誰だよあいつ? 何粋がってんだよ」

 修二と清政が彼に近づき制止する。

「お前健太じゃねーか! 何でお前なんかがここに居るんだよ!? 誰の後ろに乗ってたんだ?」

「自分の単車だよ」

 健太の単車はゼファー400ccのどノーマル仕様であった。健太は更に続ける。

「修二君も清政君も跡目の事で揉めてたじゃねーか、何で誰も意見しないんだよ? はいはい従うだけが能なのか?」

 修二は健太に1発入れる。健太はその場に倒れたが歯を食いしばって立ち上がる。

「俺だって誠也君と一緒にボクシングで鍛えてたんだよ、そう簡単にはやられないよ」

 健太は修二と清政にカウンターの一撃を繰り出した。こうなると周りも参戦し出し、仲間内での乱闘騒ぎが始まる。今まで静観していた誠也は前に出て来て健太、修二、清政、2、3の若い衆達に1発づつお見舞いして大声で叫ぶ。

「お前ら何やってんだゴラ! 今日は第12代陸奥守の最期の集会、俺の花道でもあるんだ! これ以上騒ぎを起こすようなら俺が相手してやるからかかって来いや!」

 誠也の声は雷鳴の如く鳴り響き一同は静まり返った。誠也は改めてみんなに告げる。

「とにかく落ち着いて訊いてくれよ、これは確かに俺が一人で決めた事だ、でもこれ以上暴れるのは辞めて欲しいんだ、俺の代で全て終わりにさせたいんだよ、y地区の奴等だってまた何時息を吹き返すか分かったもんじゃない、これ以上犠牲者を出したくねーんだよ」

「でも総長、俺らのお陰であいつらに対する抑止力にもなってると思うんですがね」

「確かにな、今まではそうだったかもしれない、だが一応ケリは着いたし、もう辞めにしたいんだ、分かってくれよ」

 一同はまだ少し納得出来ないまでも誠也の心根に応えるべく承服した。誠也の決意は見方に依れば勝手な意見かもしれない、だが彼は抗争を辞め平和にしたいと思うと同時に自分以上の頼れる存在がいない、言わば人材不足である事を危惧し、亦後継者を育てる事が出来なかった自分に対しての悔恨の念でもあったのだった。

 世間では先代が余り逸材だった場合、次代が大した事がないなどとよく言われるが、それは真実とまでは言わないまでも迷信でもないような気もする。今回の事もそうだ。後輩にも骨のある奴がいなかった訳でもないのだが、誠也が見るにはこれと言った奴もいなく、歴代総長の中でも群を抜いて力のあった誠也にはとてもじゃないが自分の後釜を任せようと気にはなれない。それはそれで淋しい事でもあるのだが、これ以上犠牲者を出す事と比べればいっそ解散した方がマシだという彼が散々考え抜いた末での結論だった。

 そして誰かが独立した組織を作ったとしてもそれは誠也の時ほどy地区の連中を刺激する事もないであろうという或る意味自虐的な想いもあったのだ。だがそれは考え方次第では誠也が馬脚を現したようにも映るかもしれない。誠也はそうした場合でも平和を願う気持ちには些かの虚栄心も無く、その気持ちは彼が現役時代から常に持ち続けていた本音でもあった。だからこそもしまだ諍いが続くようであれば引退した後も自分がケツを持つ覚悟であったのだ。

 ヤンキーとして若い頃か色んな経験をし過ぎた誠也が一刻も早く平和を希(のぞ)む考え方は早熟なのだろうか。夜の海は静かな波のうねり声だけで彼等を憂愁の想いへと誘(いざな)うのであった。

 海岸で休憩した一行は反転するようにして帰途に着く。道中の彼等にはそれまでのような快活さは感じられなかった。

 

 いよいよ大学の合格発表の時が来た。誠也は自信満々な面持ちで出掛ける。掲示板には当たり前のように彼の番号が表示されていた。この時の誠也の表情はヨッシャ! というよりは寧ろやれやれといった感じで、彼は整然とした心境でその場を立ち去る。そんな誠也の後ろから声を掛けて来る者が居た。

「ちょっとすいません」

「何か?」

「やっぱりだ、貴方誠也さんでしょ? 陸奥守の!」

「人違いでしょ」

 全く相手にしないまま去ろうとする誠也に彼女は追いすがる。

「ちょっと待ってよ、私誠也さんの近所なのよ、学校は違うけど」

「そうなの、じゃーね」

「まり子とも幼馴染なのよ」

「うん?」

「やっと話を訊く気になってくれたみたいね」

 立ち話もなんだからと誠也は彼女と一緒に喫茶店に入った。その店は流行りのチェーン店では無く昔ながらの純喫茶と言わんばかりの佇まいで、年期の入ったカウンターの天板は欅(けやき)の無垢の一枚板が少し色褪せながらも長い歴史を物語る。そしてテーブル席にはこれもレトロなインベーダゲームが残っている。

 席着いた二人は取り合えず注文をして窓外の景色をただぼんやりと眺めていた。やがてお茶が席に届くと二人は一口着けた後同じタイミングで口を切り出す。

「あ、」

「あの」

 誠也は彼女に先手を譲った。彼女はまず自己紹介をし出す。

「ありがとう、私、広瀬聖子、まり子とは幼馴染で幼稚園は一緒で小学1年生の頃に転校したの、貴方の事もまり子から色々訊いているわ」

「色々って何を?」

「小学生の頃から暴走族の総長時代まで色々よ」

「あいつそんな事今まで一言も言わなかったけどな~」

「私が口止めしたたからね」

「何で? 別に疚しい事なんかねーだろうよ」

「やっぱりまり子の言った通りの人なのね」

「何だって?」

「いや、こっちの話よ、ところで貴方合格したんでしょ?」

「ああ、一応な」

「謙虚なのね、私も合格したの」

「そうなのか? おめでとう」

「ありがとう、でも私大学に合格した事よりも今が一番嬉しいの」

「いまいち分かんねー奴だな、国公立の大学に合格したんだからそれが一番嬉しいだろうよ、俺もだけどさ」

「私貴方が掲示板の前に立ってる姿ずっと見てたのよ」

「いやらしい奴だな~」

「それは謝るわ、でも貴方大して喜んでいないようだったけど」

「そんな事ねーよ」

「ま、いいわ、とにかく私今が一番嬉しいし楽しいのよ」

「ふっ、お前もまり子と似た者同士かよ」

「そうかもね」

 彼女はそう言い置くと店の人に金を渡して出て行った。誠也の分まで払っていたのだった。誠也はいきなり見ず知らずの人に奢って貰う訳にも行かないと思い後を追いかけたが彼女の姿は既に何処にも無かった。

 誠也は今度会う機会もあると、その時に返せばいいと思っていた。

 

 家に帰ると母は息子の合格を確信していたかのように、豪勢な料理を作って待っていた。誠也はテーブルの上に並べられたその見事な料理に目移りして仕方がない。

「母さん、大袈裟だよ」

「いいから結果訊かせてよ」

「合格だったよ」

「嬉しいー!」

 母は思わず誠也の身体に抱き着いた。誠也が覚えているだけでも母のこんな姿は自分がまだ幼い頃だけであった。母は言う。

「流石は私の息子よ、貴方なら絶対受かると思っていたわ、私の目に狂いは無かったのよ、そうでしょ誠也?」

「そういう事かな」

「もっと喜びなさいよ」

「ありがとう」

 それでも誠也は至って冷静沈着な面持ちであったが、母の作ってくれた豪勢な手料理には大はしゃぎでかぶり付き、その悉くをあっという間に平らげてしまった。そんな息子の様子を見ていた母は改めて我が子の健気さを自分の喜びとしていたのだった。

 誠也が食べ終えて部屋に上がろうとする頃、姉が帰って来る。姉は母から誠也が合格した事を知らされた後、誠也に対してこう言い出した。

「おめでとう誠也・・・・・・、あんた今日女と会って来たでしょ?」

「え?」

 姉の言葉に母までもが愕き振り返る。誠也は一体何の事だと言わんばかりの表情を泛べて呆然と立ち尽くしていた。

 春先のまだ少し冷たい風は家中に吹き廻るような漂いがあった。

 

 

 

 

 

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