人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十五話

 一行が立ち去った後には健太に仁美、誠也、修二、清政の5人の姿しか無く、夜の国道には少し冷たい風が吹き荒ぶ。5人は仁美の放った言葉に依って一時何も言わず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 誠也は気を落ち着かせた上で改めて健太に向かう。

「とにかくダメなもんはダメなんだ、分かるな」

 健太はしゅんとしていたが仁美は尚も抗う。

「何でダメなのよ? 別に悪い事なんていてないでしょ?」

「姉さん、俺らの世界にもルールってのがあるんだよ、族は18一杯で引退するのが鉄則なんだよ、そうしねーと示しが付かなねーし秩序が乱れるんだよ、悪には悪のルールってもんがな、こいつはそれを知った上でその規律を乱したんだ、そうなると勿論ケジメってのが必要になって来る、俺達は単なる愚連隊じゃねーんだよ」

 仁美もやっとこさ収まりを見せた。健太も素直に詫びを入れる。

「ほんとにすいませんでした、もう二度としません!」

「もし今度やったらただじゃおかねーからな、やるんなら一人で走ってればいいんだよ、何も難しい事じゃねーだろ」

 誠也も一応は彼を許し、修二と清政はただ静観していた。

 その後健太は仁美と大人しく帰り、誠也達三人も引き返す。後のメンバーへのケジメは後日にした。

 誠也はその帰途、少し弱気な事を口にする。

「俺もまだまだだったな、これでは先行きが危ういな」

「そう落ち込むなって、俺達も目を光らせとくから」

 誠也は改めて人の上に立って来た自分の不甲斐なさを痛感し自責の念に駆られていた。夜風は更に冷たさを増し、三人は少し切ない面持ちで殆ど口を利かないまま帰って行ったのだった。

 

 しかし学生生活の方は以前と変わりなく充実していた。毎朝大学に通い、帰りにはバイトに赴く。そして家に帰った後も勉強に勤しむ。この一連の流れは言うなれば太陽が東から昇って西に沈む、川水が上流から下流へ流れる、美しく咲き誇った花が落ち葉となって土へ還る、人間とて同じように、この自然の理(ことわり)に従うような澱みのない滑らかな一筋の線を描いていた。

 そこで誠也が何時も胸に想う事はこのままの良い状態を保ち続けたい、ただそれだけだった。それも彼一人だけならば難なく達成出来る事であろう。しかし今までの人生に於いては図らずも彼の前には常に幾多の障害が立ちはだかり、それを一つ一つ突破して来たとはいえ後に残る愁いもある。

 それはやはり誠也が今まで団体の長であった事に起因しているのではなかろうか、無論是非にも及ばぬ話ではあるが、今の彼はそんな柵(しがらみ)から解き放たれたいと思っていたのかもしれない。だが生来根明であった誠也は余り物事を掘り下げて考える事なく日々の暮らしに前向きに没頭するのであった。

 

 この日バイトを終えた誠也は久しぶりにまり子に会う。春も終わりを告げんとする頃、まり子は夏を先取りするような薄手のシャツに可愛いスカート姿で颯爽と佇んでいた。

 二人は顔を会わせた瞬間に取り合えず軽く接吻する。そして少し笑みを浮かべながら話し出す。二人の間に時というものは決して障害の役割を果たさなかった。

 まり子は快活な面持ちで言う。

「あなた大学の方はどうなの? 頑張って勉強してるの?」

「あぁそっちは全然大丈夫だよ」

「そっちはって?」

「いや、別に」

 それでもまり子決して卑屈になる事なく言葉を続ける。

「あなたも相変わらずね~、悩み事があるのバレバレよ、いいから行ってみなさいって!」

「じゃあ言うけど、お前の幼馴染っていう聖子だっけ? そいつが同じ大学に入って来たんだよ」

「それで?」

「それでってお前・・・・・・。」

 まり子はまだ平然として誠也の顔を少し上から目線で眺めている。

「あなたの気持ちはどうなの? どうせちょっとぐらい付き合ったんでしょ」

「一緒にお茶飲んだだけだけどさ」

「ふ~ん、あの子私とは大して仲良くないわよ」

「そうなのか? あいつの言い振りでは如何にも仲良さそうな感じに聞こえたけど」

「ほんと女ってものが分かってないのね、いくら暴走族の総長でも女には弱いのかな~」

「・・・・・・。」

「私は別にあなたを疑ったりなんかしないけど、あなたのこれからが心配よ」

「何だよ、他にも何かあるのか?」

「はっきりした事は分からないけど、人が好過ぎるのかもね」

 誠也はこのまり子の一言が痛恨の極みであった。確かにその通りで彼はヤンキーの割には優し過ぎたのかもしれない。だが優しさも必要である事には違いない、要はその質なのだが、まだ若い誠也は優しさのベクトルなるものを我が物にしていなかったのであろうか、でも人を見て態度を変えるような器用な事は誠也には出来ないししたくもない。それは誠也にとっては卑怯で半端この上ない事であった。

 しかし彼のこういった大っぴらで度量の広く、情け深い人柄が災いした事も自明の事実で、それを悔やみ恥じた過去もあったが誠也はそれを決して逆説的には捉えず寧ろ真の意味で寛仁大度な人間に成りたいと思うのであった。

 誠也が考え込んでいる間もまり子は余裕のある態度を崩さず、可愛いながらも泰然自若とした様子で誠也の顔を愛おしく眺めている。そんなまり子に誠也は言う。

「お前はほんと天真爛漫で羨ましいよ、それも持って生まれた特権みたいなもんだよな 、俺にもその一片でもいいから分けて欲しいぐらいだよ」

 まり子は整然とした面持ちのまま誠也の身体に凭れかかる。

「なら分けてあげるわよ」

 まり子のしなやかな指先は誠也の顔から身体至る所にまで行き届き、その肌に接する感触に依って誠也の心は忘我の境地へと誘(いざな)われる。

 久しぶりに抱いたまり子の身体は実に香(かぐわ)しくも妖艶で、その色香に酔いしれた誠也は恰もまり子の子供のような風采で彼女の身体に埋もれて行く。 

 そしてまり子はさっき言った事を成就するべく己が精神を誠也に分け与えるように美しくも艶やかに舞い、誠也の心と身体を丁寧に解して行く。その姿はまるで親が子をあやすようにも映るが決してそうではなく、誠也も誠也でまり子に負けじと果敢に立ち回る。二人は正に双竜の画を成していたのだった。

 事を終えたまり子は誠也の顔をまざまざと凝視し己が課題を果たしたと言わんばかりの表情を浮かべてこう言った。

「成功したみたいね」

「あぁ、お前のお陰だよ、ありがとう」

「二人で出した成果よ」

「そうだな」

 烈しく舞った二人は汗をかきながら喋っていた。その汗は夏を間近に控えたこの時期、更に熱を持って二人の心を勇み立たせる。そして蒸気となって消えて行く物質はやがて天空へと舞い上げる。そして最終的にはまた二人の元へ還って来る。

 この輪廻転生、万世不朽とも言える事象こそが自然の理なのだろうか、世の中に不変のものなど存在しないというのが仏教の教えであるとすれば、今の二人の様相にはそれとは真逆なものさえ感じる。

 数ある事象の中でこの『愛』というものだけは不変の定理を呈するものなのだろうか。まだ若い二人はそこまで深く掘り下げるまでもなく確実に愛を確かめたのであった。

 この純粋無垢な二人の若者に対し、天は味方するように窓外から暖かい追い風を運んで来るのであった。

 

 

 

 

 

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