人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十七話

  まだ暑さの残る9月上旬ではあるが、少し涼やかに感じる初秋の風は吉報を齎す。念願の司法試験合格。それは誠也にとって大いに悦ばしい事であり、亦彼の心を落ち着かせるのにも十分であった。

 報告を受けた母は天にも舞い上がるような面持ちで陶酔感に浸っていた。

「流石は誠也ね、お父さんもさぞ喜ぶでしょう」

「親父は別に何とも思わないさ」

 そこに姉が登場し母と一緒になって祝福してくれる。

「おめでとう誠也、でもあんた余裕かましてるわね、らしいと言えばらしいけど」

「別にそんな事ないさ、ただこれは第一段階に過ぎねーからな」

「じゃああんたの最終目標は何なのよ?」

「それは俺にも分かんねぇ」

 この晩は母の豪勢な手料理が振る舞われ、みんなは話に花を咲かせながら有難く召し上がった。

 無論この事を祝福してくれるのは家族だけではない。修二に清政、まり子、健太、大学の講師に同級生、バイト先の人達と、誠也を祝ってくれる者は多岐に渡る。だが彼が真に知らせたい、喜びを伝えたい相手はこの他にあった。

 誠也は久しぶりに母校の高校の門を叩く。卒業してから数年が経った今では彼の直属の後輩はいない訳だが、生徒達は彼のその風貌、いや風格に恐れをなしまともに目を合わせて来る者は一人もいなかった。

 そんな事には一切無関心な誠也ではあったが、彼等の様子には何かやり切れないものも感じる。覇気が感じられないのだ。中にはヤンキーをかじっているような輩もいるのだが、その容姿といい顔つきといい実にチャラく見えて仕方がない。時代の流れとはいえ誠也が卒業して僅か数年の間にそこまでの差が生じたのか? 誠也は物足りなさを抱えたまま職員室へ向かった。

 誠也の担任であったその女教師は部屋で残務整理をしていた。彼女は誠也の突然の訪問に愕きを隠せない。

「失礼します」

「何? 誠也君なの?」

「お久しぶりです先生、急な訪問で恐れ入ります、でも居てくれて良かったです」

「そんな挨拶も出来るようになったのね、嬉しいわ」

 この時の誠也の目には先生が一際綺麗に見えた。

「大学は頑張って行ってるの? もう卒業の頃ね、院へは行くの?」

「いいえ、このまま卒業するつもりです、ただ司法試験に合格した事を伝えたくて参りました」

「え? 合格したの!?」

「はい」

 誠也から手渡された合格証書を間近に見た先生は目を潤むませながら確かめていた。その喜びようには誠也は無論、家族以上のものを感じる。思わず流してしまった一滴の涙に依って証書が濡らされる。

「あ、ごめん、私ったら何て事を」

「いいんですよ先生、自分は先生に喜んで貰った事が何より嬉しいんです」

「私も今、最高の気分だわ、貴方良く来てくれたわね、ありがとう」

 誠也の心は十分充たされたのだが、帰るには少し早いと思い話を移す。

「ところで先生、さっき徒達とちょっとすれ違ったんですが自分らが卒業した後の学校はどうですか?」

「そうね~、今のところ貴方達みたいな不良生徒はいないけど、平和になったとは言い切れないかな~」

「やっぱり」

「え?」

「はっきり言って下さい、半端軟飯な奴等が増えたんじゃないですか?」

「そう言ってしまえばそうかもね」

 少し俯き思案した後、誠也は徐に口を切る。

「先生、今度飲みにでも行きませんか? 自分奢りますんで」

「え、誘ってくれるの? ありがとう」

「では長いするのは悪いのでそろそろ帰ります」 

 誠也は多くは語らず電話番号だけを書き置いて立ち去った。先生はその後ろ姿に嘗ての教え子というよりは一人の男を見ていたのかもしれない。彼女は廊下を刻む誠也の足音が一歩づつ小さくなって行く様を最後まで聞き届けるのであった。

 

 

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 秋も深みを増し色鮮やかな紅葉が街路を飾る頃、気品のある洒落た服装で街を行きかう人々の姿はさながら映画のワンシーンのようにも思える。それに負けじと我流で着飾った誠也が向かう先は当然まり子の所だった。

 街の一隅で落ち合った二人は快活にハイタッチをし顔を見合わせて歩き出す。そして取り合えず入った喫茶店でお茶を飲みながら語らい始める。窓外に見える美しくも儚い秋の夕暮れ時の景色は二人を優しく包み込み恋心に弾みを付けてくれる。そんな漂いの中で飲む紅茶は実に甘く、芳醇な香りが立ち込めていたのだった。

「誠也君ほんとにおめでとう、私も嬉しいわ」

「ありがとう、ま、受かる自信はあったんだけどな」

「そうよね、で、これからどうするの? 弁護士になるの?」

「ああ、そのつもりだけどな」

「ヤンキー弁護士か~、貴方ならいい弁護士に成るでしょうね」

「で、お前の方はどうなんだ?」

「あら、初めて私の事訊いてくれるのね」

「そうかな?」

「そうよ、貴方は余り訊いてくれた事は無かったわ」

「悪い、気が届かなかったな」

「別に怒ってる訳じゃないのよ、貴方のそういう唯我独尊な所は好きだから、ただ・・・・・・。」

「ただ、何だよ?」

「いや、これからの時代に貴方のような人が通用するかなって少し不安になってね」

 誠也は心の中で図星だと思った。この前見かけた生徒達といい、自分を取り巻く者達といい何か蟠りが残る。それは単に時代の流れから生ずるものなのであろうか。世は人に連れ人は世に連れとは言うものの、彼の身体の奥底に眠る是が非でも己が道は変えないという頑なな不変の矜持とも言える精神は人間社会、いや現世には通じないものなのか。誠也ほどの聡明な男であっても決して時代の流れに殉じようとはしないこの信条はやはり反骨の精神と見做されてしまうのであろうか。 

 だが歌舞伎の不動に例えられるように世の中には不動産や不動明王等なるものが実在している事も確かな話ではある。それなら人間の中にも誠也のような不動の精神を持ち合わせた者が居てもおかしくは無い筈だ。

 誠也はその矜持を何ら変える気にには成れずにまり子に相対していた。

「で、これからどうすんだよ?」

「実は私何も考えてないのよ」

「何だよ、ま、お前の事だから心配はいらねーだろうけどさ」

「そうでもないのよね~」

「何?」

 まり子はそれ以上は何も口にしなかった。誠也も深く詮索はしない。そして二人は店を出てまた歩き出す。

 外はすっかり日も暮れ街角には灯りが灯される。それは今の二人にはまるで蛍が灯す慎ましくも可愛い、切ない美しい光で、夥しく輝くその光は街はおろか二人の心の隅々にまで行き届いて来る。

 この灯りが照らす先にあるものは一体何なのか。二人の将来を暗示するかのような蛍の光はその輝きを増し続けるのであった。

 

 

 

 

 

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