人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  二十三話

 折しも強さを増した雨音は小さな居酒屋の屋根を容赦なく打ち続け、四人の心にまで浸透して来るような勢いだ。親っさんの心遣いで仕切り直す事が出来た誠也は煙草に火を着けた後、いよいよ本題に入る。三人は息を飲むようにして誠也の発言に耳を傾ける。健太は今にも失神して倒れそうなぐらいその顔色は青ざめていた。

「で、清政よ、お前これからどうすんだよ、ほんとに久さんに世話になるつもりなのか?」

「いや、それは、一応布石を打っただけの話だよ」

「やっぱりそうか、お前も変わったな、昔のお前はそんなヘタレでは無かったろ、俺はこの場で兄弟の契りを解消させたいぐらいだよ」

 修二が咄嗟に口を開く

「誠也、それは言い過ぎだろ、こんな時こそ助け合わねーとダメだろ!」

「いや、その時期は過ぎたんだよ、あの時、俺の忠告を無視した時にな、それでも今ここで二人共堅気になると誓ってくれたら俺は久さんに掛け合い借金の件は何とか手を打とうとも考えてるんだ、でも二人にはその気はさらさら無いみたいだし、清政では裸一貫親っさんの意志を受け継いで組を立ち上げる器量もねーだろ、となればこれ以上俺に出来る事なんてねーよ」

 流石の清政もこの誠也の如何にも上から目線な言い方には不服で反論に出る。

「お前言い過ぎだろうよ! 俺だって一端の極道なんだよ、お前は久さんとこの顧問弁護士というだけで正式なヤクザじゃねーし、堅気に極道の筋なんかで講釈垂れられるのはゴメンだぜ」

「なるほど、それも一理はあるな、じゃあどうあっても健太と二人堅気になる気はねーんだな? 言うまでもねーけど久さんはお前らなんか絶対に使わねーぞ、他所の組に入ってまた一から始める覚悟は出来てるんだな?」

「あぁ、出来てるよ」

「分かった、じゃあ俺は容赦なく訴訟を起こす、もうお前らの事はどうでもいい、完全に絶縁だよ」

 この後誰一人として誠也に喋りかける者はいなかった。親っさんの手料理は半分以上残されている。清政の本心はどうだったのだろうか、ただ誠也に抗っただけなのか、それとも誠也に助けを求めたのか。何れにしろ誠也の腹はもはや確定していて、二人と訣別する決心には些かの揺るぎもなかった。

 雨はその後も止む事なく二人の契りを消し去るべく一層強く降り続くのであった。

 

 今回の件では流石のまり子でも読みが浅かったのではないだろうか、いくら知性に乏しいあの二人でも誠也に対し敵対心を持った事は確かであろう。それともまり子の洞察力は誠也の更に上を行っていたのか。今度ばかりはまり子の意見を訊く気にもなれなかった誠也は段取り通り訴訟の準備に取り掛かり、理路整然と職務も全うする。

 しかしあの二人に対する寂寞とした想いが完全に消えた訳でもない。誠也は運命の皮肉を恨んでいた。

 

 ようやく開けた梅雨は更なる夏の暑さを催す。向日葵の花が意気揚々と天を仰ぐ姿は人々を勇気付ける。燦然と照り輝く陽射しは朗報まで齎してくれた。

 この前開かれた幹部会で安藤組、つまり久さんは本家の二次団体、つまり直参組織に昇格を果たした。本家の若頭補佐となった久さんは名実共に大幹部になりこれからを有望視される存在となる。そんな中でも決して浮かれる事なくあくまでも行く末を見通し警戒を怠らないその眼差しは更に鋭さを増し組員達を律する。誠也も改めて久さんの器の大きさをまざまざと感じるのであった。

 久さんは組員達に新たな心意気を示した後、誠也に言うのであった。

「これからも頼むぞ」

「はい、勿論です」

 二人の間には嘗ての義兄弟以上の厚い契りが感じられる。心機一転誠也は改めて久さんに着いて行く腹を決めていたのだった。

 久さんは彼岸を待たずして己が昇格した報告も兼ね先代の墓参りに出掛けた。そこには誠也も同行する。真夏の山奥に聳えるその霊園は実に暑く、同行した組員達は汗だくになりながら墓周りの草むしりや清掃に勤める。

 安藤久幸、威風堂々と刻まれたその御仁は安藤組の先代組長にして久さんの実父でもある。久さんは深く礼拝した後、誠也に対し神妙な面持ちで口を切る。

「誠也よ、俺は何故極道なんかしてるか分かるか?」

「いや、それは分かりかねます」

「俺は何もヤクザに拘っていた訳じゃねーんだ、親父の跡を継ぐ為だけでもねえ、カッコつける訳じゃねーが自分に与えられた宿命(さだめ)を全うしたいだけなんだ、それがたまたま極道だっただけの話なんだよ、それすら出来なかったら人間が生まれて来た意味なんて何もねーだろ、違うか?」

「仰る通りです、自分も全く同感です」

「そう言ってくれると思ったぜ、でもな世の中にはその道さえ歩めない者もいる、別に干渉するつもりでもねーがそういう奴にも人生を全う出来る事を願うんだよ、長い事ヤクザなんかしてたら色々あってな、道半ばに死んで行った者も随分見て来たよ、俺はそんな奴等にどうにかして報いる事hが出来ねーかと常々考えてるんだ、それは親父が何時も言ってた事でもあるんだ」

「何と言ったらいいか分かりませんが、自分も同じような事で何時も葛藤しています、今回の一件でも清政とは絶縁しましたが、今でもあいつらの事を忘れた日は一日もありません、でも自分なりにもやるべき事はやったつもりだしこれ以上はどうにも出来ないんです」

「ふっ、お前も苦労性だな」

 このアウトロー街道のど真ん中を生きて来た二人の心情は全く同じで澱みの無いその精神には壮絶なる心構えと優しささえ感じられる。だが単にお人好しという訳でもない二人の思想信条は余りにも凄まじく気高く崇高さを漂わす。世の中に強者弱者が存在する事が事実であるとするならば、強者である二人が弱者に出来る事とは一体何なのであろうか。

 それでも馴れ合う事やただ手を差し伸べるようなその場凌ぎの手心を加える優しさを嫌った二人は己が生き様を示す事でしか他人を思いやる事は出来なかったのである。

 少し憂愁に黄昏れていた二人は墓を後にして道を歩み出す。

「ご苦労様でした!」

 組員達の礼儀正しい、勇まし声だけが二人の心を充たしてくれる。そんな二人の気持ちを他所に向日葵は凛としてその快活な姿を保ち続けるのであった。

 

 依然として安藤組は盛況し続け久さんも誠也もヤクザなりにも充実した毎日を送っていた。本家親分の下に一致団結した組織には些かの陰りもないように見える。しかし常に目を光らせていた久さんは一つの問題に直面したのだった。

 シャブが御法度になっている組織の中で規律に反する行為をしている者がいる。早速緊急幹部会が開かれる。その席で久さんは有無を言わさず口を切り出す。

「松下の兄弟よ、何でこんな事したんだ!?」

 この一言に依って場の雰囲気は一気に張り詰める。

「ちょっと待ってくれや安藤の兄弟、下のもんが勝手にした事なんだよ、ちゃんと言い聞かせておくからよ」

 久さんはそんな言い訳には全く構わず親分に松下組の除名を願い出る。親分は凛とした表情を崩さずに少し考えていた。この松下組も安藤組に勝るとも劣らない功労者で今までは数多くの実績を上げている。今直ぐ破門にする事は少し軽率ではなかろうか。一同は俯いたまま色んな思慮を廻らす。そこで若頭が満を持して口を開く。

「今回の件は処分保留だ、安藤よ、それで勘弁してくれや」

 久さんはやむを得ず口を噤んだがそ何のケジメもつけていない松下に対する怒りの表情は収まりを見せない。久さんはこの時を持って松下とは絶縁する腹を決めていた。彼が如何に言葉を作ろうともその固い決心が揺らぐ事は無い。対する松下には久さんに敵対心は全くないように思える。

 然るにこの図式は誠也達の間柄にも共通する事ではなかろうか。だが久さんはあくまでも松下を潰す腹でいた。それはとりもなおさずこの後安藤組が歩むであろう修羅の道を明白に物語るのであった。

 

 

 

 

 

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