人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  二十四話

 ようやく厳しい暑さも弱まり、本来ならば人々が小躍りするような秋の到来も彼等にとっては一触即発、油断の出来ない様相を呈して来た。久さんは若い衆に松下組のシマでシャブを捌いている奴等を悉く捕まえろという指示を出す。しかし気になるのは未だに処分を決めない親分と頭の悠長な様子だった。 

 組員達は勇み立ち売り子をしていたチンピラどもに片っ端からヤキを入れる。久さんは再度親分と頭に掛け合い松下の除名を願い出る。しかし二人の言い分はあくまでも功労者であり今でもシノギの良い松下を破門にはしたくないという実に半端な考え方だった。そんな二人に久さんは噛みつく。

「意見して悪いですが、それで筋が通るんですかね? ここではっきりした決断を下さなければ下のもんにも示しが付きませんし、今後も組織の綱紀粛正を図る事が困難になって来ますよ」

「ま~待て久よ、あれの組は結構な上がりを入れてくれてるんだ、今のわしらには欠かせない存在なんだよ、お前ももうちょっと大人になれよ」

「親分、変わりましたね、自分が先代の跡を継いだ頃はもっと男気のある立派な親分で自分は親分の為なら死んでもいいと思っていましたよ、それが今では」

 すると頭が口を挿む。

「久! お前誰に向かって口利いてんだゴラ! いい加減にしろや!」

 親分は頭の肩を叩いて久に向かう。

「確かにそうだな、わしはお前のそういう所が好きなんだ、わしは次の頭はお前にしたいぐらいなんだ、よし分かったじゃあこうしよう、今回の件は全てお前に任せる、好きなようにしろ」

「有り難う御座います」

 親分の了承を得た久さんはとことんやる腹を固めたのだった。

 

 武闘派で通っていた安藤組は松下組を徹底的に追い込んで行く。修羅の如く立ち回る組員達は容赦なく敵を蹂躙する。街には銃声が鳴り響き血の雨が降りしきる。多少の報復などにはびくともしない。既に組織の半分の者を失った松下は改めて久さんに手打ちを申し出て来た。

「安藤の、もう勘弁してくれや、何でここまで必死になるんだ、もうシャブには手出さねーから、ここらで手打ちしようや、な」

「眠たい事言ってんなよ松下、お前が取る道はただ一つ、引退しかねーんだよ」

「どうあってもダメか?」

「ああ」

 松下はこれ以上下手に出る自分に嫌気が差し子分の一人に命ずる。

「行け、清政!」

「はい!」

 それは紛れもなく誠也の嘗ての友清政であった。彼は久さんの胸元目掛けて一心にドスを突きつける。久さんは余裕のある面持ちでその刃を躱し清政の身体に2、3発入れて髪を掴み上げ怒鳴る。

「ゴラ三下(さんした)! やるんなら本気で向かって来いや、そんな半端な覚悟では中学生にも勝てねーぞ!」

 久さんの怒声はその貫禄のある風貌に依って更に強さを増すようだった。今の彼に抗う事など鬼神にでも出来ないのでは無いだろうか、清政は無論松下の親分までもが気後れし身を震わせている。格が違い過ぎる。そう感じた清政は顔を歪ませながら久さんに土下座して詫びを入れまくる。

「ほんとにすいませんでした!」

 彼の目には恐怖の余り涙さえ零れている。この間松下はただ項垂れていた。

 そして久さんは静かに口を開く。

「松下よ、ここまでだな」

 流石の松下親分もこれ以上は何もせずに全てを諦めた。後日松下は本家親分の下で指を飛ばし正式に引退する。親分は今回の件で益々久の力を認め、亦その力を憂慮するのであった。

 

 今回の一件を久さんから訊いた誠也には戦慄が走る。それは当然清政の事であった。いくら彼が預かりの身であったとはいえ寄りにも依って松下組を頼っていたとは想定外の事で、彼がどうしても自分の意に従う、いや分かってくれなかった事、そして一番愕いたのは久さんが清政ごときに手心を加えた事であった。

 誠也はその事を訊くのを躊躇いあくまでも顧問弁護士という立場を弁え素知らぬ顔をしていた。そんな誠也に久さんは言う。

「俺もまだまだだな」 

「今回の件、お見事です、流石は久さんです」

「そんなベンチャラはいいんだよ、もう耳に入ってると思うがお前お兄弟分、俺はあいつに情けを掛けてしまった」

「有り難う御座います」

「いや、別にお前の為じゃねーんだ、あいつは見るからに三下だ、そんな弱っちい奴相手には俺も少し躊躇ってしまってな~、俺もヤキが回ったかな・・・・・・。」

「そんな事ないです、本家親分も認めてくれている事だし、全ては久さんのお手柄ですよ」

 久さんは軽く笑みを浮かべて誠也の肩を叩いた。誠也の知る限りでは久さんがこんな沈鬱な表情をした事は一度も無い。彼の心労は察するに余りあるが今の誠也にはどうする事も出来ない。これがもし女なら身体で慰める事も出来よう、しかし久さんのような金筋の極道に対する慰めなど思いつきもしない。如何に言葉を尽くそうとも詭弁に思える。

 久さんに誠也、この二人のアウトローの一線級が共に肩を並べれば正に鬼に金棒、怖いものなど何もないようにも思えるのだが、何故今の二人はこれほど心が痛むのであろう。彼等が早熟だとするならば晩熟した者達はどう考えるだろう。天には天の、地には地の悩みがあるとは言うが今の二人にはまだ真に弱者の心を読む才能は身に付けていなかったのかもしれない。

 秋の間に事を成した久さんには街を彩る紅葉の美しい葉が一際その心を癒やしてくれるような気がしていた。

 

 今回の件で逮捕者は松下組の十数人に対し安藤組は僅か数人であった。それは久さんにとっても悦ばしい事この上ない。当時はまだ使用者責任が無かったとはいえこの結果は極道としてもかなりの優等生に見える。久さんは改めて功績のあった組員達に激励の言葉を掛け、一層の組の繁栄を望み仕事に精を出す。それは誠也も同じで今回の件で随分走り回った功は安藤組を盤石の体制に導けた。形となって成果を出す事が出来た誠也は大いに喜び、久さん対しても恩返しが出来たような気がしていた。

 久さんも組織の中で名実共にナンバー3の位置に昇格したも同然で、もはや彼に対し意見する者など一人もいない。親分や頭までもが久さんを警戒するような屈強な体制は他組織を振る上がらすにも十分で親分の株も上がったに相違ない。

 とにかく久と誠也、この二人には今の所は己が憂慮を除けば何の障害も無かった事は確かであった。

 

 落ち着いた誠也はまた久しぶりにまり子に会う。彼女は晩秋の夜に相変わらずの陽気さで可愛い容姿で現れる。しかしその表情に些かの陰りを感じたのは誠也の杞憂なのか、そんな心配を他所にまり子は快活な笑みを浮かべながら喋り出す。

「今日はいい天気だったわね、こんな日に連絡してくれるなんて貴方も乙な事するわよね~」

「たまたまだろ、天気なんてどうだっていいよ」

「そうでもないわ、私貴方と逢引きしてる時の天気を全部記憶してんのよ、これまでで悪天候の日は一度も無かったわ」

「らしくねーな、そんな繊細だったっけか?」

「私は大雑把な女よ、でも天気は好きなの」

「じゃあ今日も良かったじゃねーか」

「そうね、でもこれからはどうなるかしら」

「うん?」

「前に言ったわよね、貴方の少し考え過ぎな所が徒になるんじゃないかって」

「あぁ」

「私それがいよいよ怖くなって来たのよ」

「じゃあお前も所詮は俺と同じで色んな事考えてんじゃねーか」

「そうじゃないのよ、貴方の繊細自体が徒になるって言ってんのよ」

「良く分からなんねーな~」

「私もどう言っていいか分からないけど以心伝心って言うじゃない、だから貴方余計な事考えてつろ相手も余計な事を考えてしまうのよ、つまりはあの二人とはどうあっても仲直りして貰いたいのよ」

「お前何か知ってんのか? 俺もその事は考えないでもねーけど、今は無理だ」

「何で?」

「無理なものは無理なんだ」

 誠也はこの時久しく見なかった涙をまり子の顔に確かめた。何故彼女はこれしきの事で泣いているのか、まり子本人に何かあったのか、それともそこまで自分の事を想ってくれているのか。錯綜した気持ちは誠也を苛立たせ何時もとは違う少し強引な手がまり子の身体に触れる。でも彼女は何ら抗う事なく誠也に身を任せる。

 この夜二人はどういう心境で抱き合ったのだろうか、互いに身体を欲した訳でもない、心が充たされるとも思えないこの契りが織りなす形はどういう絵を描くのだろうか。二人はただ無心に、烈しく抱き合うだけであった。

 

 

 

 

 

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