人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  一章

 

  

 日中燦然と照り輝く太陽に対し夜に冴え冴えしく映える月。太陽の陽射しが力強さの象徴とするならば、月の光彩は万物を優しく癒してくれる美の象徴にも思える。そういう意味では太陽は男で月は女と言っても過言ではない気さえする。

 彼等が仕事に赴く時間帯は専ら夜であった。現代の鼠小僧を気取るこの窃盗集団は名を輝夜一家と称し女親分である十六夜(いざよい)の阿弥を始め、頭(かしら)の夜桜英二、子分の直、竜太、清吾、他から成る構成員と全国各地に散らばる一党を含めれば約100人規模の反社会勢力を築いていた。

 この盗賊のスローガンは当然強気を挫き弱気を助ける、そして生殺与奪が御法度なばかりか犯さず傷つけず、本職の極道とも一切関わってはいけないという厳しい掟が強いられていた。無論その事に異を唱える者など一人もいない。一行は阿弥の下に一致団結、強い絆で結ばれていたのだった。

 阿弥は言う。

「とにかく半端な事だけはするな、掟は絶体だ、もし下手打った奴がいたら法が許してもあたいが許さない」

 男勝りな阿弥が言うと実にそれらしく聴こえる。みんなは阿弥の風格や聡明さは言うに及ばず、強気な性格とは裏腹なその美しさにも惚れ込んでいたのだった。

 

 この日の的は俗に言う悪徳リフォーム業者で、彼等があくどく稼いだ金を丸ごと掻っ攫う仕事であった。阿弥は何時も苛立っていた。

「何でこんな奴等がのさばってんだおい、半端にも程があるよな、こんな奴等ぶっ殺しても飽き足らねーが、捕まる前にお仕置きをしねーとダメだろ!? なーみんな!」

 一同は阿弥に賛同し計画は素早く練り上げられる。阿弥は長い髪を巻き上げ鋭い目つきで計画を確認し、みんなと同じ黒ずくめの作業服を身に纏い革手袋に黒のブーツを穿いて気合を入れる。そして頭の英二が念を押す。

「お前ら、二度は言わなねえ、事務所の金庫をそのまま奪ったら爆竹を鳴らして散らばって帰る、そして明日は家から一歩も外へ出てはならない、分かったな!」

「へい!了解しました!」

 深夜2時、一行は黒のハイエースに乗り込み極力公道を避け細い裏道ばかりを走り目的地である悪徳業者の事務所に着く。そこで窓硝子を切り抜き窓を開け部屋に入る。金庫は間抜けにも何の被覆もされぬまま部屋の片隅に堂々と佇んでいる。

 このおよそ50kgほどの重たい金庫を予め用意してあった何重にも重ねた布団目掛けて3階の事務所の窓から放り投げる。多少の音は感じられたものの気になる程ではない。そして爆竹を鳴らして立ち去る。この爆竹は阿弥が思い付いた悪に対するせめてもの挨拶のようなもので、これに依って足が付く危険性は否定出来ないものの彼女ならではの粋な計らいでもあった。無論これで捕まった者も今の所は一人もいない。

 一行は颯爽と現場を後にして立ち去る。その様子はさながら時代劇に出て来る盗賊顔負けの俊敏にも鮮やかで痛快な光景である。仕事は無事終了した。後はこの金庫を開け金を独自のルートでロンダリングしてみんなに分配し、残りの半分超を世間にばら撒くだけだ。

 今回の仕事の成果は3500万円。その内1500万をそれぞれの割合で懐に納め後の2000万を被害を被った人達には勿論、弱者にばら撒く。そのばら撒き方は至ってシンプルなのだが、各々の感性に任せ或る者は年寄りに、或る者は生活が困窮しているでろうシングルマザーに、また或る者はそのお人好しな性格が災いし事業に失敗したような実業家などに直接渡す者もいればポストに投函する者もいる、といった少し原始的にも大胆なばら撒き方であった。

 

 一仕事終えた後は一時仕事をしないのも掟であった。この間彼等は正業、いや副業に勤しむ訳だが金には困っていない彼等がする仕事といえば実に自由奔放な職種ばかりで或る者は清掃員、或る者は家業の土建行、或る者は絵描き等、そして阿弥のもう一つの姿は居酒屋の女店主であった。

 阿弥の店は街はずれの少し淋しい場所にあったが訪れる客は実に朗らかで、何の屈託もない話し方はまるで家族同然の暖かさを漂わす。店で出されるメニューは勿論阿弥の手料理ばかりで客は何時も美味しそうに食べてくれる。

「阿弥ちゃん、あんたほんとに料理が巧いんだな~、それなのに何で未だに独りなんだよ? 勿体ないな~」

 常連客の間ではもはや口癖のように謳われるこのベンチャラは男気の強い阿弥の心をも些かなりとも動じさせる。確かに未だに独り身である事はおかしいかもしれない。でも裏の仕事の関係上、誰かと夫婦になる事には差支えがある。この盗賊一味の中で既婚者は一人もいない。それは掟には入っていなかったが暗黙の了解で親分が独りなのに結婚する訳には行かないという各々の思惑から来るものであった。

 だがその禁を冒すような行為に興じていた者もいるには居たのだった。末端の構成員である清吾は部類の女好きで彼が交際して来た女性は25歳になる今までの間に軽く10人を超えていたのだった。

 みんなに隠れてお忍びで付き合っていた波子。彼女もまた輝夜一家の構成員であったが地方に散らばる準構成員であった波子との関係は調べても分かるまい、と浅はかな考えから至った交際でもあった。波子は何時も心配そうに言う。

「清吾、こんな事何時までも続けられるとは思えないわ、もう別れた方がいいんじゃない?」

 清吾は優しく言いくるめる。

「そんな心配は無用さ、男女の付き合いまでは禁止されてはいないんだ、もしバレそうになったら寧ろ俺は正直に親分に白状するつもりだよ、だから安心しなって!」

 こう言われると波子は何も言い返せない。そして熱く抱き合う。この二人の逢瀬は今に始まった事でもなく清吾が親分の心意気に惹かれ一味に加わった二十歳の頃から続いていた恋でもあった。

 聡明な阿弥が5年もの間、この二人の間柄に気付かない事も不自然ではある。清吾はこの事を何時告げるべきか迷っていたのだった。

 

 秋になり街が色鮮やかな紅葉で覆われる頃、次なる標的が決まった。ぼったくりバー、阿弥は同じ飲み屋を経営する立場として客から法外な料金を掠め取るこの卑しいやり口が許せなかった。だが今回は一つに纏まった事務所ではなく数ある店を一軒一軒虱潰し(しらみつぶし)に型に嵌めて行かなければならない、となると当然各地に散らばる一党にも声を掛ける必要がある。

 一味はそれと無く聞き出した一般人からの口コミやネットでの情報を得て店を搾り計画を練る。目敏い一味はそれを難なく遂行し店にも警察にも感づかれぬままに段取りを取り纏めた。ここまでは流石というしかない。

 各地への繋ぎを任された清吾は大いに葛藤する。波子が心配していた事が現実になってしまうのか。だが清吾も波子も名うての盗賊で誰にも気取られるずに事を成す自信はあった。

 今宵は三日月が美しく映える良夜(りょうや)であった。一竿風月、とは言わないまでも清吾は呑気に波子の事を思い浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

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