人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  五章

 

 

 世に蔓延る半端な悪は法の目を掻い潜り私服を肥し未だにのうのうと生きている。何時の時代もその犠牲になるのは弱者である。それは世論は言うに及ばず輝夜一家にとっても由々しき事態であった。

 阿弥は何時も思っていた。自分達がしている事は決して底の浅い短絡的な正義感から来る世直し隊などでは無い、ただ純粋に半端な輩が嫌いなだけである。言い方を変えると真の悪は寧ろ阿弥にも好印象を齎してくれる。しかし悲しいかな今の時代には真の善悪などは存在しないようにも思える。ならばこそ自分達が真の悪になってやろうではないか。窃盗をシノギとしている阿弥はあくまでも己が生業を悪と割り切っていたのだった。

 阿弥は次の的を決めた。悪徳金融、ヤミ金の類である。世間から見ればそんな所から金を借りる方が悪いというのが定説であろう。だが中には止む負えず手を出してしまった、もっと言えば嵌められた人までいる。

 阿弥はこれまでもヤミ金業者を的に掛けた事はあったのだが今回の敵は今までの相手とは違い少し大掛かりになって来る。その事を懸念した頭の英二は提言する。

「親分、本気ですかい? あの業者は今まで相手にして来た小者とは違いバックには三神会が付いているんですよ、言わば三神会の企業舎弟です、自分は勿論親分に付いて行きますが下のもんはどうでしょう」

「あたいもそれを考えていたんだ、だから今回は強制はしない、気が進まない奴は連れて行かないつもりだよ」

「そこまでの御決心ですか、ならばこれ以上は何も言いますまい」

「禁を犯す事になるな」

「いや、最初から本職を相手にする訳ではないのでそうはなりません、ただその後は難しい事になるでしょうけど」

「そうだな」

 行く道は行くしかないという阿弥の心意気は萎える事を知らず、一度決めた事は是が非でもやり通す気概は英二の深い懸念など意図も容易く封じてしまった。しかし英二にも阿弥の心中は手に取るように分かっており、敢えて念を押しただけの彼の思惑は却って阿弥の心を引き締める。

 無論この計画は今までにないぐらいに隠密を要し、一分の隙を許されない。一党は何時になく綿密な策を練り始めた。

 

 今年は冬の到来が早く感じられる。美しくも鮮やかな紅葉は既にその姿を隠し師走になったばかりの街には寒風が吹き荒れる。コートの襟を立てて家路を急ぐ人々の姿は清吾の心まで冷たくするのであった。

 あれから幾日が過ぎたのか。今となっては輝夜一家に身を置いていた事すら幻のように思える。破門された自分が如何に言葉を尽くそうとも許してくれる親分ではない。俺はこのまま堅気になって人並みの倖せを掴む事でしか親分に恩返しが出来ないのか。だがまだ若い清吾は全てを割り切って諦める事は出来なかった。

 波子に連絡する事も憚られる。日々を表の仕事に費やす事は今の彼にとって何の気慰みにもならない、だが打つ手も浮かばない。清吾が得意とするのは女だけであった、波子も恐らく自分の事を想っていてくれている。だが今会う訳には行かない。何をどうすれば良いのだ、錯綜する気持ちは更なる心の寒さを引き寄せる。

 そんな折清吾の下に一通の手紙が届いた。そこにはこう書かれてあった。

『久しぶりだな清吾、元気してるか? お前の処遇は訊いてある、下手打っちまったな、親分の言う事は正しい、だが、俺が手塩に掛けて育てたお前をこう簡単に見捨てる訳には行かなねえ、そこで考えた事がある、詳細は三日後の夜、お前の地元である熱田神宮で話す、分かったな』

 この手紙の主は明らかに頭の英二に依る執筆であった。これを読んだ清吾は喜び勇んで己が人生を全て英二に委ねる気になっていた。これは単なる英二の清吾に対する優しさと己が矜持を示したいだけなのか、いやそんな頭ではない、この事は親分に対する気遣いでもあるに違いない。繊細さでは一家随一とも謳われる英二の策は清吾の心を癒やしてくれるに違いない。三日という時間はあっという間に訪れた。

 

 冬の夜の神社は底冷えする程寒い。猫でさえ身を縮めさせ草陰に隠れる。でも猫を真に脅かしたのは寒さではなく英二の気後れするような箔の付いた貫禄であった。

 彼はこの夜の冬空の中にも黒ずくめのスーツ姿でサングラスをかけ厳つい容姿であるのだが、それとは裏腹に忍者のような素早い辺りを警戒する仕種は流石で、一時裏の仕事をしていなかった清吾怯えながらもただ感心するだけであった。

 清吾の姿を確かめた英二は社の壁に隠れ陰から事を告げる。

「清吾、二度は言わねぇ、今度の仕事お前にも手伝って貰う」

 久しぶりの再会に気が逸った清吾は思わず我を忘れ英二の顔を確かめに行く。

「コラ! 下手打つんじゃねーよ、そこでじっとしてろ、お前も繋ぎ役をしてたんだからそれぐらいの事は分かるだろ、絶体に気取られては行かねー!」

「すいませんでした、俺とした事が」

「落ち着いて訊けよ」

「はい」

「お前だいの女好きで女を手籠めにする事は得意だったよな」

「それはまぁ~」

「そこで一計を案じたんだ、今度の仕事はヤミ金業者だ」

「え! 本職には手を出さないのが掟じゃないですか!?」

「あぁ、でも親分の心意気は相変わらず大したもんだ、そこに惹かれたのは俺だけじゃねーだろ」

「確かに自分もそういう親分だからこそ一家に入れて貰ったんです」

「だよな、そこで策というのは他でもない、まずお前にやって貰いたい仕事はヤミ金業者の被害に遭ってる女を味方に付けて欲しいんだ、そして奴等の内情を訊き出す、勿論これだけでは生温い、体を売った女も数知れない筈だ、その辺の情報を抜かりなく手に入れて欲しいんだよ」

「なるほど、流石は頭、自分なんかとは出来が違いますね」

「感心してる場合じゃなーぞ」

「分かっています、被害女性だけではなく、奴等の囲っている女も味方に付けろと仰るんですね」

「分かってるじゃねーか、流石は俺が見込んだだけの事はある、じゃあ頼んだぞ!」

「委細承知しました」

 清吾は英二から齎されたこの仕事と彼自身が漂わす未だ自分に対して気を遣ってくれる心持が実に有難い。得てして人間の気持ちというものはそうしたものかもしれない。これは清吾だけではなく英二の思惑、それは取りも直さず阿弥の胸中にも達して行く事象で、この事を巧く纏めた英二の策は精妙で素晴らしい。彼の策に感心すると共に清吾には新たな野心も芽生えて来る。

 清吾はこの策を成就する事が出来るのだろうか。清吾は空を見上げ今宵の満月にもう下手は打たない、今度こそが正念場である。頭が与えてくれた最期のチャンス。これを全うしないままでは死んでも死に切れない。

 この覚悟は威風堂々とした満月に反射して清吾自身に帰って来るのであった。

 

 

 

 

 

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