人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  六章

 

 

 一家で数々の策が講じられていた頃、清吾は頭に言われたように陰から尽力するよう隠密行動を開始する。彼が真っ先に目を付けたのは言うまでもなくヤミ金被害者の女性であった。  

 彼女達はただ遊ぶ金欲しさにヤミ金に手を出してしまった者もいれば、生活が困窮し止む負えず借りざるを得なかった者もいる。清吾が的に絞ったのは当然後者でその実情を探るべく彼女達の生活を監視し出した。

 世間は狭いものでヤミ金被害者は意外にも清吾の周囲に存在していた。彼が表の仕事仲間とたまに飲みに行くバーのホステスは前々から目を付けていた女性であった。彼女曰く、

「私はシングルマザーだから人一倍働かないと子供を育てて行けないのよ」

 と何度も愚痴を零していた。それにしても昼間も仕事をしておきながら何時行っても店に居たので怪しいと踏んだ清吾の勘は正しかった。そのホステス、美子は綺麗な容姿で明るく振る舞ってはいるが、何処か翳のある雰囲気を醸し出して時折悲し気な面持ちを表す事もあった。清吾は既に仲良くなっていた美子にそれとなく訊いてみた。

「美子ちゃん、ほんとよく働くね、そんなに金儲けしたいの?」

「だから~、生活が大変なんだって、この前言ったじゃん」

「そうだったよな~、それにしても感心するよ、俺かんかとは偉い違いだ」

 美子は彼のそんな言い振りには関心が無さそうで酒を注いでくれた後、話題を変えて来た。

「ところで清吾君、貴方最近あまり仕事に精が出ないみたいじゃん、何時か親方が言ってたわよ」

「ふっ、杞憂だよ、今はもう大丈夫さ、吹っ切れたからね」

「何かいい事でもあったの?」

「ま~いい事と言えばそうかもな」

「教えてよ、何よ?」

 清吾はここぞと言わんばかり美子の顔を見つめながら切り出した。

「実はめちゃくちゃいい事なんだよ、これは美子ちゃんの為にもなる話さ」

「何? 勿体ぶらないで早く言ってよ!」

「じゃあ、その前に俺の質問にも答えてくれる?」

「いいわよ」

「はっきり言うけど美子ちゃん、金に困ってるんだろ? いやらしい話で悪いんだけどさ」

「だから困ってるから頑張ってんのよ」

「うん、仕事は見てたら分かるよ、で、言い難いんだけど借金してない?」

 美子は一瞬俯いて黙ってしまったが、満を持して口を開く。

「そうよ、借金してるわよ、貴方が肩代わりでもしてくれるの?」

「そう急かすなって、その借財の内情を知りたいんだよ、絶体に悪くはしないからさ、俺を信じてくれよ」

「で、話したら何かいい事が起きるの? 貴方の言ういい事って何?」

「訊かせてくれたら教えてやるよ」

「分かった、じゃあここじゃなんだから店が終わってから何処かで話しましょう」

「うん」

 清吾は取り合えず第一段階を突破したような感じがしていたのだった。

 

 その頃阿弥はヤミ金の実情を探るのに躍起になっていた。なかなか実態が掴めない。以前なら繋ぎ役をしていた清吾もいない。彼がいてくれたならどんなに助かった事か。だが後ろを振り返るのが嫌いな阿弥は子分達に檄を飛ばし一刻も早く内情を調べるよう促す。そんな折頭の英二は阿弥を慰めるような発言をするのだった。

「親分、短気は損気と言うじゃありませんか、もう少しすればいい結果が齎されますよ、果報は寝て待て、落ち着いて下さい」

「ふん、頭らしい言い方ではあるけど、今の状況ではな~、ま、任せるよ」

「へい、お任せを」

 英二は清吾を信頼し切っていたのだろうか、彼と清吾は確かに厚い子弟関係で結ばれていたが、破門にされた清吾をそこまで信頼する英二の気持ちは傍からでは分からない。だが元ヤクザであった彼は銭金以上のものを阿弥や清吾に感じたに違いない。でなければ彼がまだ羽振りが良かった組を抜けて盗賊になどなる筈もない。

 確かに金は誰でも欲しい、あればあるほど嬉しいものでいくらあっても嵩張るものでもない。しかし金で人の心が買えるだろうか、たとえ買えたとしてもそれは見せかけだけの人間関係で、その薄っぺらな感情は実に惰弱で、直ぐに割れてしまう硝子のような脆さを感じる。その脆さは儚さなどという美しい感情とは別物で、人間の醜い面が露骨に表れているようにも思える。

 とはいえ金が全てではないといった綺麗事を口にする阿弥や英二でも無かった。金の為に人は何でもすると言うが、果たしてそうだろうか。それならばどんな善人であっても金の為なら身内でも、いや、自分をも殺してしまうのか、そんな訳もなくそこまで腹を括れる人も少ない事も事実である。

 要するに心と金何れが大切か、これは決して二元論だけで答えが出る程浅はかな問題では無く、寧ろ人間生命の奥底に根付いた人が持って生まれた感覚に依るものではなかろうか。

 つまり金という物体ですら所詮は人間が作り出したものであって、それに人間自体が翻弄されているとすればこんな滑稽な話はない、正に本末転倒であろう。阿弥や英二は窃盗集団の長でありながらそこまで金には執着がなく人間愛にこそ真の絆があると信じて疑わなかったのであった。

 

 店を出た清吾と美子は当たり前のようにホテルへ向かった。二人の様子は深夜の街にもカップルのように映る。その道すがら美子は自ずと清吾の腕を取り寄り添って来るのだが清吾はそれを巧く交わしてあくまでも他人行儀な歩き方をしていた。

 ホテルに着いた二人は直ぐ様部屋を取り酒を飲みながら話出した。美子は話をする前に清吾の身体に凭れ掛かって来たがそれを制止した彼は少し真剣な眼差しで口を切り出す。

「悪かったな、愛想無しで」

「何よ、連れない人ね、恥かかせるつもり!?」

「そうじゃないって、まずは話が先だよ、分かってるだろ」

「そうだったわね、じゃあ言うわ」

 美子は今までとは打って変わって神妙な面持ちで喋り出した。

「私、マジでムカついてんのよ、あそこのサラ金は完全にヤミ金よ、最初は普通のサラ金に行ったのよ、で、そこで金を借りたんだけど、足りなくなって増額したいって言ったら別の金融会社を紹介するからって言われて行ったらそこはまるでヤクザ丸出しの奴等が経営するヤミ金だったのよ」

「なるほど」

「で、利息は十一(トイチ)よ、分かる? 今総額で300万の借りがあるの、それを十日で30万も返して行かないとダメなのよ、そんなの無理に決まってんじゃん、警察や弁護士に相談しようとも思ったけどあいつらの追い込みが怖くて何も出来ないのよ、それどころかどうしても返せないのなら身体を売れって言って来るし」

「奴等の言いそうな事だな」

「それだけじゃないのよ、私が惨めな想いをするだけならまだしも子供や子供の面倒を診てくれている親にまで何があっても知らねーぞとか脅しを掛けて来るのよ、そうなったらもうどうしていいか分からなくなって」

「分かった、俺がカタ着けてやるよ、心配するな、だからその業者の場所や内情を全て包み隠さず教えてくれ」

「揶揄ってるの? 貴方みたいなヒョロい子に何が出来るのよ、下手な慰めはよしてよ」

「いいから安心しろって! さっき俺が言ったいい事ってのはその事なんだよ」

「要するに私にも貴方にもいい結果になるって事?」

「ま、そういう事だな」

「貴方、何かしてるの? そっち系統に何かパイプでもあるの?」

「詮索はよしてくれ、絶体に悪くはしないから、俺を信じてくれ、今はそれしか言えない」

「分かったわ」

 その後美子は洗い浚い知っている事を清吾に教えたのだった。想いを告げた彼女は身軽になったような心境になり清吾の身体に凭れ掛かる。清吾はその身体を慰めるようにして優しく手を触れて行く。美子の身体はそれに靡くようにして可憐に舞いを見せる。美しくも軽やかで妖艶なその姿は清吾の心を酔わせる。だが清吾は決して深入りせずあくまでも慰めるように身体を愛撫するだけであった。

 今宵の三日月は既に沈みつつあった。月が完全に姿を消す前に事を成した清吾には久しぶりに自信が漲って来た。彼の才を信じていた英二の眼力は間違えていなかった。

 

 

 

 

 

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