人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  八章

 

 

 時は来た。この1ヶ月余りで綿密に練り上げた策と清吾から得た情報を元に輝夜一家は動き出す。阿弥が下知を下す。

「行くぞ!」

 その美しくも勇ましい一声に勢いづいた一行は疾風の如く素早い動きで出発し、霧のように姿を消したと思うと一瞬にして現場に到着していた。

 深夜2時過ぎ、まず一軒目の事務所はいとも容易くその扉を開けられ中にあった金庫は丸ごと奪われ車に蔵(しま)い込まれる。この事務所はヤミ金業者の一支店に過ぎず、他には目ぼしい物も置いていない。こんな調子で3つの支店の金庫を難なく奪い逃走する一家。阿弥は取り合えず一息ついていた。

 

 暮れも押し迫った12月27日、御用納めの前日に決行したいという阿弥の想いは些か性急であったようにも思われる。清吾はその事だけが心配であったが十六夜の阿弥に夜桜英二、この二人に失敗という文字は無い。それは今までの歴史が証明している。清吾はその願いを胸に今宵少し色鮮やかに見える月を見上げていたのだった。

 その頃夜勤に出ていた波子は病室を巡回している時、患者の異変に気付く。

「あぁぁぁぁー! 痛いぃぃぃー!」

 病棟全体に響き渡る大きな喚き声は患者は言うに及ばず、看護師や医師、更には外に佇む動物や虫達の心までをも怯えさせる。波子は急いで病室へ駆けつけ患者の容態を診て他の看護師や先生に知らせる。

「○○さん何処が痛いんですか?」

 その患者は何を訊かれても奇声を発するばかりでまともな会話は出来ない状態だった。だが波子は思った。この患者は既に手術が終わり病気は根治して後は退院を待つばかりだったのである。術後に合併症を起こした可能性はある。余りの苦痛さを察した先生は患者をICUへ担架で運ばせた。

 繊細な気質の波子はこの異変に只ならぬものを感じ、急遽清吾に連絡を入れる。

「清吾君、ごめんねこんな遅くに、どうしても知らせたい事があるのよ」

「どうした?」

 波子は病院での事を清吾に告げ、今夜の輝夜一家の仕事に対する憂慮を打ち明ける。清吾はそんな波子の想いを真剣に聞き届けた。しかし破門になった自分に出来る事など何一つ無い、だが波子の不安は予断を許さない。思案に暮れる清吾はどうすれば良いのか分からなかった。そんな心境をも悟ったように波子は言う。

「いいから行ってやって! もし何も無ければそれでいいじゃない、行かなかったら後悔する事になるかも」

 確かに波子の言う通りだった。今回の仕事でも親分が急いでいたのは自分にも分かっていた。それなのにいくら破門された身であるとはいえ布石を打たなかったのは自分の落ち度でもある。もはや逡巡している場合ではない。清吾は一家が最後に行くであろうその現場に足を急がせた。

 

 風が強く吹いて来た。一行は最後の事務所に到着し満を持して事に当たる。皆神経を研ぎ澄まして顔を引きつらせている。そんなメンバーの心境を察した阿弥は一声掛ける。

「お前ら、そんな緊張するんじゃねーよ、今まで通り力を抜いてやらねーと下手打つぞ、いいな!」

 だが一番力んでいたのは英二であった。彼は何時もとは比べものにならない程に落ち着いている。しかしその様子とは裏腹に彼の奥底に隠れている一世一代の覚悟のようなものが阿弥にははっきりと感じられる。

「頭、何考えてんだよ、らしくねーじゃねーか、どうかしたのか?」

「いや、最後だから気を引き締めていただけですよ、御心配なく」

 阿弥は英二の言を信じ車を降りた。そして素早く事務所に押し入る。すると灯りは付いていないが中には明らかに人の気配がする。おかしい、奴等は確かに今この事務所にはいない筈だった。一家の調べに隙は無い、計画が漏れたとは考えられない。何か手違いがあったのか、だが後には退けない。阿弥は子分達に金庫を盗ませ自分は英二と二人で暗闇の中を音を立てずに探索し出した。

 一行が無事金庫を奪い外に出る頃、事務所は眩しいほどの灯りに包まれた。拍手が聞こえる。

「お見事、いや~お見事、流石は輝夜一家だよ」

 『しまったぁ~!』阿弥は思った。何故先にこいつらを始末しなかたのか。後悔先に立たず、こうなっては仕方ない、奴等を始末して逃げるしか道は無い。阿弥は屈強な男達に挑み始める。

「待てー! こいつがどうなってもいいのか?」

 そこには見慣れない一人の女がロープで縛られドスを突きつけられ怯えていた。英二は瞬時に真由美だという事が分かった。清吾が調べ上げてくれた真由美、この女はヤミ金業者に依って奴隷同然に扱われている被害者の一人であった。奴等は得意気に言う。

「英二さん、お久しぶりですね、分かってるんですよ、貴方あの泣く子も黙ると怖れられていた人斬り英二さんでしょ、調べはついてるんですよ、この女のお陰でね」

 男の微笑を浮かべた言いっぷりは実に小憎たらしく聞こえ癪に障る。英二は我を忘れたのか目出し帽を脱ぎ罵声を浴びせ掛ける。

「ゴラ三下、お前元山仁会の幹部だった奴だろ、それが今ではヤミ金として企業舎弟してんのかおい、情けねーな~」

「うるせー!、そんなお前も今では盗賊かよ、どっちが情けねーのかな~」

 男が少し動じた隙に外から戻って来た子分の竜太が小刀を投げ真由美を奪った。

「くっそ!」

 奴等は一気に攻撃を仕掛ける。奥にはまだ数人の屈強な男が控えており一家の5人ではとても勝てそうにない。皆は辺り構わず暴れまくる。そんな中、英二はリーダー格である彼に悪態をついて来た男を刺し殺してしまった。阿弥は愕きを隠せない。

「頭! 何やってんだおい!」

 英二は修羅の如く暴れ狂い、その姿はもはや何時も冷静沈着な輝夜一家の頭、夜桜英二では無かった。だが頭を殺された奴等の怒りは凄まじい、その強靭な刃は英二の黒装束の服を斬り割き、彼の桜の入れ墨は鮮やかに血に染まって行く。この怒涛の攻撃には流石の阿弥も子分達も防御するのが精一杯であった。逃げる事も困難である。一家はいよいよ終焉を迎える事になるのか、いやこんな所で、志半ばで終わらせる訳には行かない。阿弥は必死に持ち堪え英二も子分達も最期の力を振り絞って戦う。その時、強烈な銃声が鳴り響いた。

「バンバンバン!」

 銃声と共に煙玉が放たれた。一行はその隙に真由美を伴って逃げる。奴等が追いかけて来た時、既に一家の姿は無かった。車の中で帽子を取った男は清吾であった。阿弥は少し暗鬱な表情で口を開く。

「お前、よく来てくれたな、ありがとう、しかしお前は破門の身だし、また掟を破ってチャカなんか使いやがって、今回は助かったがお前はもう絶縁だな」

「分かっております、自分はみんなを助けられただけで十分なんです」

 すると血だるまになった英二が力を振り絞って声を出す。

「親分、こいつを許して下さい」

「英二、大丈夫か!? 喋るんじゃねー! 今直ぐ病院に連れてってやるから!」

「いや、自分はこれまでです」

「何言ってんだよ英二! お前がいなくて輝夜一家が持つ訳ねーだろ!」

「それより清吾を許してやって下さい、また一家に戻してやって下さい、そうでなければ自分は死んでも死に切れません、こいつは自分が手塩に掛けて育てた奴なんです」

「それは分かってるけど.......」

「それと今回の仕事の情報は殆ど清吾が調べてくれたもんなんです、自分は裏で清吾に指示してたんです、こいつはそれを立派に全うしてくれました、まだ腕は鈍ってはいません、何故ここに駆け付けたのかは分かりませんが、それもこいつの実力だと思います、ですから自分に免じて清吾を許してやって下さい、お願いします」

「分かった! そんな事に気付かなかったあたいの負けだよ、もう喋るな、清吾はまた一家に戻す、だから心配せず休んでおけ」

「有り難う......御座います.......親分、どうか、本懐を、遂げて、下さい.......」

「英二ぃぃぃー!」

「頭(かしら)ぁぁぁー!」

 英二は息を引き取った。阿弥より10歳も年上の彼はこの一家の最年長者で阿弥にとっても兄貴分的な存在であった。だがまだ僅か40歳の彼が何故こんなにも早く世を去らなくてはいけなかったのだろう。己が人生を詫びるかのようにして死んでいった英二の顔は実に凛々しく美しく安らかだった。

 一家の者達は英二が残してくれた男気と忠誠心、冷静沈着な判断力、そして優しさを一生忘れずに生きて行く決心をする。

 それにしても今宵の月は何時にも勝って綺麗に映る。まるで英二の死を優しく見守ってくれているかのように。

 

 

 

 

 

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