人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  九章

 

 

 人は死んだら星になると言われているが、英二の存在は星のような小さいものとは思えない。寧ろ満月のようなその大きい一家の大黒柱であった彼の力は惜しみてもあまりある。一同は暫くの間喪に服していた。

 本名春藤英二、彼がヤクザから足を洗い一家に身を預けるに至った経緯は今更語るまでもないと思う。何故なら彼のその壮絶な死が全てを物語っているからだ。金金金の世の中というのは極道社会では尚更酷く、時として盃を交わした親分、兄弟分まで平気で手に掛ける。現代に任侠道など存在しない。そんな渡世に嫌気が差し、阿弥の心意気に惹かれた英二は一家に入った訳だが、志半ばで世を去った彼の心境は如何ばかりであったろうか。

 阿弥は言うに及ばず、後事を託された清吾や他の子分達は改めて一家に対する忠誠心を固め、阿弥が本懐を遂げられるべく誠心誠意勤めるのであった。

 だが何時までも悲嘆に暮れている訳にも行かない。今回の仕事はまだ終わってはいない。一家の士気が低下する事を危惧した阿弥は、全国に飛び散る一党には頭の死を伏せるよう命じ名古屋へ飛んだ。今回の真の黒幕は名古屋に居たのだった。

 

 英二の遺言に依って破門を解かれた清吾ではあったが、まだ波子と会わせる訳には行かないと踏んだ阿弥は彼に東京の留守を任せた。清吾は改めて事後の処理に勤める。

 まずはバーの美子、彼女から訊き出した情報が成功した要因の大半を担ったといっても過言ではない。清吾は美子に会い、今回の礼を兼ねてこれからの策を練っていた。

 12月30日、彼女は年末の忙しい中、何の躊躇いもなく進んで会ってくれた。相変わらずの美貌は冬空には一際白く映える。頭(かしら)を喪った清吾はふと、この美しい女性に甘え、哀しい気持ちを癒やして欲しいような衝動に襲われた。

「清吾君有り難う、真由美を救い出してくれたのね」

「俺は何もしてないけどな」

「いいのよ、そんな言い訳は、貴方から詳しい話を訊かれた時分かっていたのよ」

「ふっ、流石だな」

「心配しないで、私何も言わないし貴方の事も詮索なんてしないから」

「東京の被害者の名簿と借用書は全てある、勿論美子の分もだ、後はそれを然るべき所に見せて手続きすればかなりの金が帰って来るだろう、真由美さんの件も法的手段に出れば何とでも成る筈だ」

「ありがとう、真由美も喜ぶわ」

「だがまだ楽観視は出来ねーぞ、奴等は腐ってもヤクザだ、今後どういう手を打って来るかまでは分からねー、油断は禁物だ」

「分かってる、貴方がいてくれれば何の心配もないわ」

 そう言って清吾の身体に凭れ掛かって来た美子を一時優しく愛撫していた清吾だったが、彼女の両手を強く握って上体を起こした後、真剣な眼差しで別れを告げた。

「悪いが今日でお別れだ、協力してくれてありがとう」

 美子も無理に清吾を引き留めようとはしなかった。

「悲しいけど仕方ないわね、ほんとにありがとう、気を付けてね!」

 柔らかな粉雪が降って来た。清吾は一切後ろを振り返らず堂々と前を向いて歩いて行く。その背中には嘗ての女好きだった優柔不断な漂いを感じさせない。美子は雪に紛れて消えて行く清吾の姿を切ない表情で何時までも眺めていた。

 

 冬の富士はその白映えした姿が実に厳かに見える。霊験あらたかな佇まいは一行の気持ちを戒め、来るべく決戦に向けて更なる意気込みを胸に誓わせてくれた。

 例の隠れ家に着いた一行は取り合えず会議を兼ねた祝宴を開き各々の意見を照らし合わせる。

 「親分ご苦労様です、東京の仕事お見事でした、頭は?」

「あぁ、留守を任せてある」

「そうでしたか、こちらでも色々調べてみましたが、やはりヤミ金業者の大元は名古屋という事がはっきりしました、そしてバックに控えるのはあの大組織、山友会です、流石にそこまで手を伸ばすのは無理があるかと......」

「あぁ、あたいもそこまでバカじゃねぇ、だがある程度までは突っ込んで行きたいと思ってる、じゃねーと何も変わらねーからな」

「仰る通りです」

「名古屋での被害者の情報も殆ど掴んでいます、後は時期だけかと」

「まぁいい、仕事は年明けからだ、それまではみんなも英気を養ってくれ」

「有り難う御座います」

「それと波子の謹慎も解いてやってくれ、いい頃合いだろ、あいつがいなければ仕事も捗らねーしな」

「重ね重ねのお心遣い痛み入ります」

 阿弥の命に依って一行は酒を飲み、互いのお勤めを労い年末という事もあって大いに場を盛り上げた。酔いが回って来ると或る者は軽快に笑い話を口にし、或る者は歌い、また或る者は踊り出す。そんな浮かれた様子を眺めながら阿弥は英二の生前の姿を思い浮かべるのであった。

 彼は何時も冷静沈着で決して羽目を外すような事はしなかったが、その笑顔は元ヤクザという肩書とは裏腹に実に優しくみんなを和ませてくれた。本当なら彼と最期まで行動を共にしたかった、だが今やそれは叶わぬ夢だ。

 酒の力とは摩訶不思議でシラフの時に阿弥はこんな心境になどなった試しが無い。何故こんあ憂愁が彼女を襲うのだろう。そういう意味では彼女とて所詮は一人の女性、一人の人間であったのか。英二と寝た訳でもない、彼に恋していた訳でもない、そう割り切って今まで一緒に裏の仕事に勤しんで来た阿弥だったが、人の真の心とは自分自身でも分からない事もある。彼女は心の奥底で英二に恋をしていたのだろうか、いや、そんな筈はない。錯綜する想いにはキリが無い。阿弥は今更ながら葛藤するのであった。

 そんな阿弥の気持ちを他所に一行は意気揚々と酒宴を楽しむ。彼等の華やかな様子は夜空に舞い上がり、その勢いは月にまで轟く。そして月は彼等の心意気に応えるべく更に明るく地上を照らしてくれる。

 阿弥は自然の理(ことわり)というものを初めて知ったような気がした。今宵の満月こそが『まほろばの月』ではあるまいか。遥か彼方、天空高く聳える月は何時までもみんなを見守ってくれているようだった。

 

 

 

 

 

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