人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十一章

 

 

 清吾が齎した急報は阿弥を震撼させたが名古屋の仕事を疎かにする訳には行かない。当初は余裕を持ってする筈だった仕事を急行する事にした。既に準備万端整えていたお陰で慌てる必要が無かった事は幸いであった。

 だが頭(かしら)の仇討ちと言わんばかりに、血気に逸った子分達の様子を憂慮した阿弥は改めて忠告を施す。

「お前ら、落ち着け! いいか、一家の掟を忘れるんじゃねー、あくまでも冷静沈着に事に当たらなければ絶対に下手打つんだよ、酷な言い方だけど頭もそれで死んじまったんだ、あいつはその事を身を持って教えてくれたんだよ、お前らの想いは想いとして嬉しい、だが仕事は別だ、感情的になったら負けなんだよ、分かるな!」

「へい、分かりました」

「じゃあ行くか」

 阿弥に諫められた子分達は己が本分を再認識し、粛々と動き出す。月夜に照らされ仕事に赴く彼等の姿は静寂の中にも勇ましく、美しく冴えている、それはとても裏社会に生きる人間には見えない。得てして均整の取れた集団というものはこうしたものかもしれない。心の絆は形にも表れる、外見と内心、この関係性こそが一家を一つにして来た最も重要な事柄であった。一行は無言の裡にそれを確信し戦地へと赴いた。

 名古屋での標的は3軒、一軒目の事務所に着いた一行は例の如く窓を切り割きを錠を開け一斉に静々と押し入る。金庫はあっさりと盗まれ車に運び込まれる。ここには誰も居なかった。

 次の事務所でも難なく事を成した一行は派手に爆竹を鳴らし最後の場所に車を走らす。その道すがら、波子は阿弥に語り掛けるのであった。

「親分、清吾が大丈夫ですか? 一刻も早く駆け付けてあげたいのですけど」

 阿弥はそんな波子を宥めるようにして言う。

「あいつの事はお前が一番よく分かってるだろう、これ以上下手打つような間抜けじゃねーよ、今回の事はあたいの下手打ちでもあるんだ、明日みんなで東京に行こう」

「私も連れて行ってくれるんですか?」

「おうよ、お前の力が必要なんだ」

 たったこれだけのやり取りで二人は通じ合えた。裏の仕事を生業としている彼等にとってはごく当たり前の事かもしれないが、阿弥はこの短い会話の中で二つの事を波子に告げたのであった。一つは清吾に対する優しさ、もう一つは波子に対する優しさ。それは取りも直さず一家の仕事を成就させるという要因にも繋がって来る訳なのだが、波子が感じ取ったものはそんな浅はかな事では無い。阿弥は以前とは違い寛容になったという一点に尽きる、自分が謹慎処分を受けた事に清吾の破門、これは確かに妥当な処分ではあった。しかし波子と清吾の二人は阿弥に対し恨みを抱いた事など一度も無い。

 然るに一家の絆はそんな軽いものでは無い、といった考え方すら浅いのである。何故ならば、裏稼業に従事する一家の掟は立派なものである事は違いない。だがそれdさけでは決して人というものは和を成さない、つまり人間意識の奥底に眠る核の部分、亦誰しもが持って生まれた、日常生活に於いても常に意識している素直な気持ち。これらがミックスされない事には真の絆など生まれないに相違ない。

 深く考え過ぎてもいけない、浅過ぎてもいけない、このバランスこそが人を繋ぐ最大のポイントではなかろうか。それを我が物にしている、否、今回の英二の死に依って更なる成長と遂げた阿弥の精神力は流石と言わねばなるまい。そこに改めて惹かれる波子に清吾、そして幾多の子分達。

 敢えて太陽と月を男と女に例えるとするならば、やはり月は阿弥という親分の存在であるように思える。すると太陽は亡くなった英二だったのであろうか、それは未だに答えが出ない問いでもあったのだった。

 

 最後の現場に着いた頃、既に辺りには新聞配達をする自転車や単車の姿があった。その音は静かながらにも表の仕事に精を出す真っ当な人間としての営みが感じられる。裏の仕事に身を窶(やつ)す彼等がこんな尤もらしい事を考えるのも実に滑稽な話ではある。しかし如何に世間から批難されようとも一応の志がある一家の所業は、時として認められても良いのではなかろうか、それすら甘い思考なのか、世の中に必要悪というものは存在しないのか。そのキリのない問答に挑もうとする一家の心意気だけは賞賛に値するとも思われる。

 最後の事務所でも大した事件は起こらなかった。あっさりと奪った金庫を開けてみる。中には千数百万円の金と借用書や領収書、更に通帳までもが入っていた。それを見た阿弥は言う。

「バカじゃねーのかこいつら、何でこんなとこに通帳まで蔵(しま)ってるんだ? 間抜けにも程があるんだろ?」

 だがその通帳を調べた阿弥は真実を知る事が出来た。通帳には振込履歴ばかりが羅列されている。上から見ると、12月25日○○銀行東京本店、丸新ファイナンス。これは明らかにヤミ金業者の口座であった。だが東京で奪った通帳にも名古屋に送金している証拠はあった。これはどういう事なのか。東京から名古屋にただ送金していただけなのか、名古屋から東京に上納していただけなのか、しかし本家から分家に金を送る事などありえようか。資金や小遣いでも送っていたのだろうか、それは考えられない。何かカラクリがある筈だ。阿弥はあらゆる事を試行錯誤する、しかし一向に答えは出て来ない。こんな時に英二が居てくれればなぁ~、己が裁量を恥じる阿弥、それを見守る子分達。 

 そんな中、波子が満を持して口を開く。

「親分、みんな、今直ぐ逃げるのよ!」

「どうしたんだ波子!?」

「いいからみんな早く散って! 後で連絡するから! 早く!」

 元々仕事が終われば一目散に散るのが一家のやり方ではあったが、波子の只事ではないその慌てように愕いた一行はいち早く車を飛ばし、その道中で一人一人ばらばらに降りて走り去って行く。最後まで車に乗っていたのは阿弥と波子だけであった。

 やっとの思いで隠れ家に到着した二人は改めて向かい合い、波子は説明し出す。彼女の顔は青褪めている。

「親分、落ち着いて訊いて下さい」

「何なんだよ!? 顔色悪いぞ!」

「親分、一家の中に裏切者がいます!」

「何だって!? そんな事ある訳ねーだろ!」

「これは事実です、それも今一緒に仕事をしていた者の中にです」

「何!?」

 阿弥は波子の真剣な表情に偽りが無いと感じ出すのであった。

「私がいち早くみんなを別れさせたのはその者から親分を守る為だったのです、その場でその者を成敗する事は出来たでしょう、でもまだ誰かははっきり分かりません、だから取り合えずの策としてこういう手に出ました、本当に恐縮次第です」

「で、これからどうするよ?」

「はい、逆にこっちから罠を張ります、彼は既に感づいているかもしれません、そこが狙い目です」

「感づいているんなら逆効果なんじゃねーか?」

「いや、その狭間で葛藤している今がチャンスなんです、だからいきなりは仕掛けて来ないでしょう、そこを逆手に取ってこっちから仕掛けるのです、そうすれば向こうは慌てて逃げだす筈です、そこを一網打尽にするのです」

「なるほどな、で、お前は何でこの事に気付いたんだ?」

「さっき親分が見ていた通帳です、奴等は自分達の存在を既に知っていたのです、その事は頭の一件でも自明の事実だと思います、ですから以前から我々の目を巻く為に、混乱させる為にこうした複雑な金の操り方をしていたのです、そしてそれに親分は気付くのも想定していたのです、だから今日の仕事では誰一人として事務所に居なかったでしょ、奴等は我々の裏をかいたつもりになっているんですよ」

 阿弥は少し俯き加減で色んな思慮に耽っていた。確かに波子の言う事には一理ある。だが一家に裏切者がいるとは到底思えない。阿弥は再度波子の顔を凝視した。

「それはお前の憶測だけじゃねーのか?」

「私を疑うんですか!?」

「いや、そんなつもりはねーけど.......」

 

 阿弥は大いに逡巡していた。名古屋での要として重きを成していた波子を疑う事は些か早計にも思える。しかし一家に謀反人が居るとも到底思えない。もし居るとすれば誰なのか、全く想像もつかない。そして一刻も早く清吾を救出しなくてはならない。

 こうした錯綜する想いは阿弥を出口の無い迷路へと誘(いざな)う。既に英二を喪った阿弥には他に頼る者がいない。月に縋り付くようにして願いを訴えた。

 私はどうすれば良いのですか? 一体どうすれば?

 今宵の三日月は何も語る事無く、ただ阿弥を、整然とした面持ちで美しく照らし続けるのであった。

 

 

 

 

 

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