人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十四章

 

 

 冬の日の短さは実に好都合だった。闇夜にあってこそ真価が発揮出来る彼等は自分のゾーンに入ったと言わんばかりに、今までとは打って変わって勇ましく動き出した。

 今夜中に白黒はっきり着ける。この心意気は自ずと三人の共通の目的となっていた。その中でも清吾は少し目をギラつかせ、得意気になって口を切り出す。

「親分、あいつ(裕司)の居場所はあそこしかないですよ」

「何処だ?」

「友仁会ですよ」

「友仁会と言えば」

「そうです、あの友仁会ですよ」

 広域暴力団の指定を受け全国でもトップクラスの極道組織、山友会の若頭、椎名誠二率いる友仁会は本家山友会の直参組織(二次団体)にして山友会内でも名実共にナンバー2の地位に就いていた。次期当代を嘱望されている椎名という男は極道には有るまじき悪逆非道のシノギを行う外道同然のヤクザであった。

 恐らく一連のヤミ金業者も殆どはこの椎名の企業舎弟である筈。そうなれば裏で通じ合う者は絶体何処かで繋ぎを取っているに違いない。清吾の予見には一理あった。

 今までの暗鬱とした想いから解き放たれ、覚醒した阿弥は頼もしい声で言う。

「なるほど、あそこならここからも近いし、裕司が居るとなれば何とでも出来るな」

「そうです親分、後は何時ものように型に嵌めればいいだけです」

 早速友仁会の事務所に向かう三人。だが久しく口を開いた波子は何か申し訳なさそうな顔をしていた。

「どうした波子、まだ何かあるのか?」

「いいえ、実は私も友仁会に行く予定だったのです、ですが私一人では少し心細くて、こんな所で願掛けなどしていました、本当にすいません」

 阿弥はそんな波子を全く叱りつける事もなく、軽快に語り掛ける。

「いいから、行くぞ」

 波子も清吾も阿弥のこの一言だけで心は癒され、一回り成長したと思われる阿弥の懐の深さを感じ取っていたのだった。

 

 夜8時にもなれば街は完全に暗くなり、街灯が無ければまるで深夜のような漂いである。この寒空という事もあり大通りから路地に入れば東京といえども人影は全く無く、人家の部屋灯りが暖かく見える。この日夕方から姿を見せていた月は夜になるとその綺麗な形をはっきりと現し、三人の行く手を照らし続けてくれる。道のりは分かっていながらも、三人はこの月灯りに誘(いざな)われるかのようにして瞬く間に友仁会の事務所近くに到着していた。

 流石は天下の友仁会、玄関には屈強な男三人が鋭い眼光で当辺りを睨みつけながらシケ張りをしている。当然カメラも付いている。どう考えてもまともに玄関から侵入する事は出来そうに無い。しかし裏手から忍び込もうにもリスクの方が高い。三人は裕司が出て来る事を願い陰に隠れて待っていた。

 この寒空の中、何時までも突っ立って待つのはいくら裏稼業に身を置く者としても耐え難い事であった。吐く息の白さは更なる寒さを漂わせる。そんな中、波子は満を持して阿弥に提言するのであった。

「親分、良く訊いて下さい」

「何だ? 改まって」

「こうなったのは全て私の所為です、だから私が囮になります」

「何だって!?」

 愕きを隠せない阿弥と清吾。しかし波子の顔からは覚悟を決めた女の凄まじい気迫が感じ取られる。二人は思わず言葉を失い波子の言に耳を傾けざるを得なかった。

「親分も御存知のように私は元々七化けの波と呼ばれていた女です、恐らく裕司さんはこの中に居ます、理屈抜きに分かりますしお二人もそう感じてると思います、そしてもう一家には帰って来ないでしょう、そこで私が裕司さんの女という設定で潜り込むのです、流石のヤクザ達も私みたいなか弱い女には手を出すような野暮な真似はしないでしょう、首尾よく入る事が出来れば裕司さんには気取られる下手は打ちません」

 阿弥はこの素晴らしくも健気な波子の覚悟に頭が下がる想いであった。確かに波子なら巧くやってくれるだろう、しかし油断は出来ない。逡巡している内に清吾が口を開く。

「親分、波子に任せましょう、波子なら大丈夫です、自分が保証します!」

 以前の清吾ならこんな事は決して口にしなかったであろう。だが今の彼の言句は波子にも勝る覚悟を呈している。この数ヶ月で成長したのは阿弥だけではなく、波子に清吾、この二人も大いなる成長を遂げていたのだった。阿弥はそんな二人の姿に感銘し勇ましく口を切った。

「よし、行って来い!」

「はい、行って来ます」

 波子は何の躊躇いもなく悠然とした面持ちで事務所の玄関に向かって行く。鞄から出した服に着替え、メイクをした彼女の姿は一瞬にして妖艶な大人の女に変化していた。月灯りに照らされた彼女の顔は白映えし更に美しさを増す。阿弥は心の中で声を出して思った。こんな綺麗な女があたい以外にも居たのか、と。

 波子が玄関前に差し掛かるとシケ張りをしていた男達はその姿に見惚れて思わず声を出す。

「綺麗な女だな~、何処から来たんだ? 俺のタイプだぜ」

 等と言う男達に向かって波子は思い切った行動に出た。

「お兄さん達、私と一緒に遊びません事?」

 男達は少し顔を赤くして照れながら答えた。

「い、いや、俺達は仕事があるんでな」

「あら、お堅いのね、実は私、バーを経営してるんだけど、裕司という人にツケがあってね、それでここに来たのよ、あの人、何かあればここに来るようにって言ってたからさ~」

 男達の顔は瞬時に強張り、恐ろしい表情で波子を睨みつける。

「おいあんた、今裕司と言ったな、お前誰なんだゴラ!?」

 波子は一向に怯む事なく素知らぬ顔で言葉を続ける。

「何よ~恐い顔して~、あの人はうちの客だっただけの話よ、いくらビビらせても同じよ、頂くものは頂かないと商売にならないしね、何なら警察に行ってこの事言いましょうか?」

 今度は男達が動揺し出した。

「いや、ちょっと待て、親分と繋ぎを取るからそこで待ってろ」

 そう言って一人の男が中で入って行った。この間も波子は決して狼狽える事なく少し酔ったような雰囲気を醸し出し残りの二人を惑わせる。勢いづいた波子は更に踊り出す始末であった。男達はそんな波子を抑える事すら出来ずに、ただ見惚れていた。

 そんな情景を陰から見守っていた阿弥と清吾までもが愕きを隠せず波子の踊る様を見入っている。

「おい清吾、あいつにあんな才能があったのか? 初めて見たぞ!」

「流石にこれは自分も初めてです、でも綺麗だな~」

「何見惚れてんだよコラ! お前マジであいつが好きなんだな」

「まぁ~、それは」

 暫くして男が出て来た、裕司を伴って。波子は未だその演技を崩す事なくヤクザに語り掛ける。

「ま~お兄さん、有り難う御座います、これで私も助かりました」

「いいから早く行けっ!」

「はい、分かりました」

 裕司は波子の事を全く疑っていない様子だった。事成れり、と波子は思った。裕司の目元は既に少し赤くなっている。恐らくは酒を飲んでいたのであろう。そうなれば尚更好都合である。波子は裕司を伴って阿弥と清吾の下へ颯爽と駆け寄る。それを確認した阿弥は波子に負けじと芝居を興じるのであった。

「あ~ら男前のお兄さん、綺麗な女性を連れて今からデートですか? お羨ましい事で~」

 阿弥が笑っている間に清吾は素早く裕司の身体を縛り上げ既に用意してあった車にねじ込んだ。

「裕司さ~ん、下手打ちましたね~」

 

 今宵の月は彼等四人の姿をはっきりと映し出す。だが少し酔いが回っている裕司には月の形が歪んで見えるだろう。この後裕司はどういう風に料理されるのであろうか。阿弥、波子、清吾の三者は心を同じくして月を仰ぎ見るのであった。

 

 

 

 

 

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