人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十七章

 寒い冬に見る花鳥風月といえばやはり雪が思い浮かぶ。風花雪月、この日東京には雪が降っており、真っ白に染まった街は美しくも切なく、鳥は巣に籠り或いは南方へと避難し、雪が被さった花はその姿を潜め辛抱強く春の到来を待ちわびる。そんな中、太陽と月だけはあくまでも威風堂々と天高く聳えていた。

 降り頻る白い雪を見ながら阿弥は呟いた。

「雪かぁ、綺麗だな、あたいはこんな性格だが夏よりも冬の方が好きだな~、このまま大雪に覆われて地上は無くなってしまえばいいのに.......」

 一見弱音を吐いたようにも思える彼女のこの発言も実はそうではなく、寧ろ地上を真っ白に浄化したいという彼女なりの率直な思惑から来たものであった。こういう類の考え方は得てして過激で危険なものと捉えられがちだが果たしてそうだろうか。世間の目はそういう素直な想いを淘汰して来ただけではなかろうか、何故ならば少々稚拙に思えるこの思惑もあくまでもいい歳をした大人の意見であり、亦幼い子供がふとそういう心境に陥ったとしても何ら不思議ではないようにも思われる。

 無論阿弥も冗談半分で思った事であって本気ではない。しかし半分は本音である事を鑑みるに、要は世の中を綺麗にしたいという単純な願いは誰の心の中にも潜んでいるようにも思える。

 余り潔癖過ぎる人間はどうしても苦労するように出来ているのだろうか。親分になって十数年、清濁併せて飲み込む度量も持ち合わせていた阿弥にさえ、時としてこんな衝動に駆られる事があるのだった。

 そんな阿弥の憂慮も他所に仕事は始まった。先手必勝、向こうが出て来る前に動き出さねばこちらが不利になる事は見えていた。阿弥は手筈通り波子を先頭に切り込み、自分を含めた五人の女盗賊に決起を促し、男達には後陣を託す。

「行くか」

「へい!」

 月が姿を現した頃、一行は静々と仕事に取り掛かる。この夜、椎名が本宅に居る事を確かめた波子は例のように娼婦を装って家の玄関前に少し酔ったような雰囲気で現れた。事務所動揺3人の屈強な男達が鋭い眼光で辺りを見回している。波子は何一つ動じる事なく彼等の前で芝居に興じた。

「兄さん達、お暇じゃなくって? 私は暇なの、親分さんと一緒にお酒でも酌み交わしたいんだけど、ダメかしら~?」

 男達は何を言っているのかさっぱり分からず、波子を遠ざけようとする。

「何だお前は? あっち行けや! 鬱陶しい!」

 波子は言葉を続ける。

「あら、そんな事言っていいのかしら? 私この前亡くなった裕司さんの知り合いなの、あの人には随分ツケがあったんだけど結局一銭も返して貰えなかったわ、だから親分さんに少しでもと思ってここへ来たのよ、勿論金なんてほんの少しでいいのよ、遊んで貰えればいいだけなのよ」

 男達は怪訝そうな顔つきでこう答える。

「だったらまず俺が味見をしてやるよ、じゃあ親分にも合わせてやるからよ」

「貴方は後よ、まず親分さんに目通りさせて頂戴な」

「ほんとに後で相手してくれるんだな?」

「お兄さん男前だし構わないわよ」

 女の色気には流石のヤクザでも敵わないのか、男は親分に繋ぎを取り早速波子を中へ入れたのだった。こんなにあっさりと事が運ぶ辺りやはりこの友仁会には大した組員は居ないようだ。こんな奴等が日本でナンバー1の極道阻組織、山友会の直参とは片腹痛い。こんな奴等に殺された英二はさぞ悔しかっただろう。波子は悠然とした様子で中へ入って行った。

 

 

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「よし入って行ったぞ! 流石は波子だ」

 阿弥は彼女の仕事っぷりに改めて感動していた。もし自分ならそこまでの芝居が出来ただろうか。だが油断は出来ない、これからが本番なのだ。阿弥は血気に逸る気持ちを押し殺し、次に控える自分達の仕事に備えた。

 波子は広い庭を通り椎名の部屋に辿り着いた。その部屋は如何にもヤクザの部屋と言わんばかりの佇まいで、16畳の広い和室には誇り一つ落ちてはいない。そして床の間に飾ってある見事な水彩画の掛け軸と3本の刀は部屋中に峻厳とした雰囲気を醸し出している。その部屋のど真ん中に椎名は一人、鷹揚な態度で坐っていた。

「親分さんお久しぶり、この前お世話になった美波です、目通り感謝します、逢いたかったですわ~」

 椎名は既に酒を飲んでいたのか、少し目が赤い。だがその鋭い眼光はあくまでも波子を睨みつけ、その様子を訝っている。

「お前か、で、何でわざわざこんな所に来たんだ?」

「いやね~親分さん、そんな野暮な事は聞いて下さいますな、私はただ親分さんともっとお近づきになりたかっただけですわ」

「ふ~ん、物好きな女も居るもんだな」

 椎名はそう言って波子の身体を強引に抱き寄せ、手を触れて来た。

「親分さん、ちょっと待って下さいまし、取り合えずは一献、ほらお酒もちゃんと持って来たんですのよ」

 波子は颯爽と酌をして椎名を酔わせようとした。

「おう、気が利くな、お前みたいな綺麗な女と飲む酒は最高だな、俺も色んな女を抱いて来たがお前のような女は初めてだ、何か不思議な女だな」

「あらいやだ、そんなおべんちゃらなんて言って、私なんてただの娼婦ですよ」

「ふん」

 椎名はいい気分になっていた。

「ところでお前、裕司からツケを踏み倒されたんだって? あいつも馬鹿だな~、こんないい女を敵に回して自分も死んでしまうとは、愚かな奴だよ」

「でも親分さん、あの人も憐れですよね、何も死ぬ事までなかったと思いますけど」

「お前、まさかあいつが自殺したとでも思ってるのか?」

「違うの?」

「いや、それは分からないけどな」

 流石に椎名の口は固かった。勢いに乗じた波子は椎名と裕司の接点を洗い浚い訊き出そうと躍起になってしまったが、それは甘い算段であった。ならば当初の予定通り終始色仕掛けで攻めるしか無い。波子は今にして一家の絆、いや、人間一人では大した事が出来ないという性を再認識したのだった。

「ところで親分、さっき玄関に居た人にやられる所でしたわ、私を自分の女にしたいととか言っていましたけど」

「な~に、あんな奴只のシケ張りだから何も心配するな、お前はもう俺の女だ、そうだな!?」

「さようで御座います」

「ふん、粋な言葉遣いをするんだな、でもそこがいい所だな」

「お褒めに与って有り難う御座います、私だけでは物足りないでしょうから、他の女も呼びましょうか?」

「ん、まだいるのか?」

「はい、私の店の子達です」

「おう、呼べ! 今宵は豪快に飲み明かそう!」

 事は成った。波子は早速阿弥達に繋ぎを入れ合図をする。阿弥は待ってましたと動き出す。そして後陣形に控える清吾達に念を押す。

「いいか、あたい達が入って首尾よく金を奪えたならそれでいい、だがそう簡単に事が成就するとも思えない、とにかく手筈通りに動くんだ、是が非でもこの場で殺る(やる)んじゃねーぞ、いいな!」 

「分かっております」

 阿弥を含めた五人の女達は粛々と行動に出る。久しく大仕事に誘われた直美、沙也加、道子、仁美、この各地に散らばっていた四人の女構成員達は一世一代の勝負に出るかの如く息を弾ませながらもその身を律し、阿弥の下に心を一つにさせる。

 今宵の満月はその大きい姿で底冷えする寒さの中にも彼女達の心を温めてくれているようだった。彼女達の志はそんな月の優しい心持に報う事が出来るのだろうか。

 今回の仕事の本番は正に彼女達、女の腕に掛かっていたのであった。

 

 

 

 

 

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