人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十八章

 波子から合図を受けた五人の女達はいよいよ動き出す。時は午後10時半、金色に輝く満月の月灯りは優しく柔らかく、そしてあくまでも堂々と地上にあるもの全てを真正面から見据えているようだ。街はずれこの辺りは既に閑散としなくていて人影は全く無く、椎名邸の玄関に屹立するシケ張りの男達だけがやたら物々しく映る。

 そんな中、女達は各々のセンスで艶やかな服に身を包み、懐には小刀を潜ませ辺りを警戒しながら歩いて行く。阿弥だけは殊更凝ったメイクをして顔を見ただけでは誰なのか分からないほどであった。

 玄関前に差し当たるとシケ張りが声を掛けて来た。

「お前達か、親分に呼ばれて来たのは?」

「さようで御座います」

「ちょっと調べさせて貰うからな」

 男達は洋服の上から彼女達の身体に手を触れて調べ出した。そこへ椎名が現れた。

「おい、いいから、早く通せ! で、お前達も入って来い!」

「ですが親分、警戒を怠ってはヤバいんじゃないですか?」

「いいから、早くしろっつってんだよ!」

「分かりました」

 椎名の言は正に渡りに船だった。やはりこの男は女には目がないのだ、こうなれば事は成ったも同然、阿弥は勝利を確信したいたのだった。

 大きな庭を通り長い渡り廊下を進んで行くと波子がいる和室に辿り着いた。波子は阿弥にアイコンタクトを取り、阿弥は波子の功名な仕事っぷりに軽く頷いた。今までの道中には金庫が置いてある気配は感じられない。とするならばやはり椎名の寝室か、仕事の段取りとしては取り合えず椎名達をもっと酔わせる事が先決だった。

 酒宴に招かれた一行は快活な笑みを浮かべながら男達に愛想良く酌をし出した。

「しかし綺麗な女ばかりだな~、目移りするぜ、な? お前ら」

「ええ親分、男四人に女が六人も、勿体ないぐらいですね」

「じゃあ男一人当たりに女が1.5人という事ですか?」

「バカヤロウ、俺達は一人で上等なんだよ、親分が三人だ」

 子分達は冗談交じりにも親分である椎名を気遣っていた。

「お前ら、そんな下らない事はいいから、もっと飲んで楽しめや」

「有り難う御座います親分!」

 阿弥達はそんな彼等の会話を後目に更に景気良く話をする。

「親分さん、今度うちの店にも来て下さいよ、最近暇なんですよ~」

 波子もそれに続く。

「そうだ親分、今度春になればみんなで花見に行きましょうよ、ね、いいでしょ?」

 流石の椎名もこれだけの女に囲まれて甘言を弄されれば男心が擽られたのか若干照れてながらこう答えた。

「よし、分かった、これからは何でもやってやる、もし何かあったら何時でも俺に言って来い、お前達の為なら何処へでも行ってやるよ、それにしても今日はいい日だな~」

 椎名は完全に酔っていた。だがこの程度で満足する阿弥ではない。彼女は他の女達に命じるようにして踊るよう促す。それを察した波子は自分が店のママである立場から彼女達にあからさまに指図するのであった。

「ほら、直美ちゃん、踊りなさいよ、沙也加も道子も、仁美も、何黙ってるのよ、もっと親分さん達を楽しまさせなきゃダメでしょ!」

 波子以外の五人の女達は舞い始めた。何時如何なる状況になるか分からない裏稼業に身を置く彼女達は既に踊りの稽古を丹念にしており、その舞は実に華麗で艶やかであった。美しい舞は男達を癒やしの境地へと誘(いざな)い、その本能を呼び起こさせる。たまらなくなった子分の一人が阿弥の下半身に手を触れようとした。すると阿弥は一瞬にして床の間に飾ってあった刀を取り出し、縦に一閃、振り落とすと空を斬る凄まじい音が立ち込めた。

「お兄さん、野暮な真似は堪忍して下さいな、それはまだ早いですわ」

 そこで椎名が口を切った。

「お見事! いや~気に入ったよ、俺達本職顔負けの太刀捌きだったな、姉さん只者じゃねーな」

「いやいや、まぐれですよ親分さん、私ったこんな物騒な物を手に取るなんてお恥ずかしい」

 子分はしゅんとした様子で二人の会話を訊いていた。腹の内ではこの親分はバカなのかと思ったぐらいであった。不器用なこの子分はその想いを隠す事が出来ずに顔に出してしまった。いくら酔っているとはいえそれを見逃す椎名でも無い。

「コラ、お前何か不服でもあるのか? 俺にヤマ返すのかゴラ!」

「いいえ、そんなつもりはありません」

「だったらそんな顔するんじゃねーよ、お前は下がれ!」

「はい、分かりました」

 そう言ってその子分は元のシケ張りに戻って行った。この椎名の心持はどう捉えるべきであろう。単に子分の不甲斐ない様を叱っただけなのか、或いは既に酔いが回った彼は我を忘れているのか、将又、真に阿弥に惚れてしまったので、それを子分などに取られたくないとい傲岸な態度に出たのか。何れにしても椎名の行いは益々彼女達に追い風を吹かせてくれた事は確かであった。勢いに乗じた阿弥は更に追い打ちを掛ける。

「親分さん、そんなに恐い顔をなさらないで、いい男なんだから~」

「おう、悪かったな、さあ、飲み直そうぜ」

 椎名は完全に型に嵌められていた。後は彼女達がどう捌くか、どう料理するかに掛かっていたのだ。

 

 

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 少し強い風が帷を揺らした。窓外にはちらほら振り出した雪が見える。エアコンを付けていたこの部屋には全く寒さは感じられないものの、外の風景は見るからに真冬の厳しい寒さを映し出している。

 千載一遇の好機であった。この張り詰めた情景は次の段取りにはまだ少し早いものの、己がセンスに任せるように沙也加が席を立った。

「親分さん、少々失礼します」

「おう、トイレか、廊下に出て突き当りだ、慌てないでいいからゆっくりな~」

 阿弥は沙也加の行動を見張っていた。彼女とて一端の盗賊な訳だが、如何せん最近は仕事をしていなかった事が気掛かりではある。阿弥はそんな沙也加の後を波子に追わせる。

「親分さん、私も少し用足しに」

「いいから遠慮せずにゆっくり行って来い、こんな所で漏らされたらたまったもんじゃねーよ、そういえば俺も出したくなって来たな」

 椎名は独り言まで口にするほど酩酊していた。この機を逃す阿弥では無い。彼女は今正に勝負に出たのだった。疾風の如く颯爽と家中を探索する。5LDK、6LDK、いやそれ以上ありそうなこの邸宅は彼女の足を持ってしても目的を果たすのに余りある。

 この部屋でもない、これでもない。一体椎名の寝室は何処にあるのか、阿弥は力の限り探し続けた。すると3階の真ん中にまるで天守閣のような広い部屋を見つけた。

 「何なんだ、この家は!? まるで城じゃねーか、その割には警備が疎かだな~、当番の子分はあいつらだけなのか?」

 部屋の片隅にあるカーテンは明らかに阿弥に何かを訴え掛けていた。阿弥はそれを徐に開けてみた。そこには金庫が堂々と佇んでいる。阿弥は早速陣に控えていた清吾達に繋ぎを取りこの金庫を盗むよう命じる。清吾達は門番をしていた一人の男を瞬殺し中で入って来る。

 この間も残りの女達は油断する事なく椎名を酔わせる。もはやベロベロに酔っていた椎名と子分の三人は一行の足音にも気付かない。清吾達は難なく金庫を盗み出し、阿弥に合図をする。部屋では既に道子と仁美が二人の子分に峰打ちを喰らわし気絶させていた。そこに戻って来た阿弥が再度床の間にあった刀を手に取り椎名の顔に突き付ける。

「親分さん、まだまだ甘いな~、あんたは今日二度もあたいにこの刀を与えてしまったな、こんな事でヤクザが勤まるのかぁ? おまけに女にもだらしない、これが天下の山友会の直参、友仁会とは訊いて呆れるぜ、いいから諦めて通帳とカード、印鑑を出しな!」

 阿弥が突き付けていた刀の尖端は既に椎名の喉元を赤く染めていた。観念した椎名は呂律が回らないまでも潔く負けを認めるのであった。

「そうか、あんたらが今世を騒がせてる輝夜一家か、なるほどね~、俺もヤキが回ったってか」

 情けなく笑う椎名の姿は滑稽であった。

 仕事を終えた一行は何時ものように派手に爆竹を鳴らし立ち去って行く。その音は明らかに椎名を嘲笑うかのような慰めの爆音でもあった。そんな彼等の成功を祝ってくれるように月は優しくも寛大に佇んでいた。

 今回の成果は正に女達の手柄であった。だが阿弥には本懐を成し遂げる宿命(さだめ)が待っていたのだった。それは刻々と迫って来ていた。

 

 

 

 

 

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