人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  二十二章

 腐っても極道の端くれであった椎名はエンコを飛ばしたぐらいでは全く狼狽えなかった。阿弥が命じて用意させた氷にも手を浸そうとはしない。それどころか未だ不敵な笑みを浮かべながら阿弥に言うのだった。

「この勝負貰ったな、俺達の勝ちだぜ」

 椎名のこの笑みには単なる強がりではなく、何か自信に充ちた、以前の彼には無かった毅然とした頼もしい漂いがあった。その自信の源とは何なのだろう、阿弥に対する愛情か、将又山友会や目黒を追い込まんとする気概か。何れにしても阿弥はこの椎名の言を受け入れ、此度の仕事に加える事にしたのだった。

 作戦会議は仕切り直され、新たに加わった椎名は指の痛みなど気にする素振りも見せずに己が策を披露し出した。

「今回の仕事は複雑なように見えて実は単純極まりない、何故かといえばさっきも言ったように今の山友会には俺がいないからだ、これは決して己惚れる訳でもない、山友会には頭の切れる奴は親分の待鳥を置いて他にはいねーしな、だから武闘派は俺らで悉く始末してやる、後はお前さんらがその巧みな業で金蔵を襲えばいいだけだ、な、簡単だろ?」

 本当に椎名がこの通りに動いてくれるのなら確かに単純な仕事ではある。だが椎名の腹が決まっていても破門となった今、彼にどれほどの力があるのか、それは未知数である。阿弥は重ねて問うのであった。

「今のお前に付いて来る奴がいるのか? 足手まといになるようなら要らなねーぞ」

 椎名は尚も自信満々な面持ちで答える。

「見くびって貰ったら困りますぜ~、破門になったとはいえ俺は山友会の元若頭だ、俺に付いて来る者などいくらでもいる、それに親分が俺を絶縁にしなかったのは、また何れ俺を組に戻すつもりでいるからだ、そうなれば尚更事は簡単だ、俺の事を警戒してない山友会を潰すのは今を置いてない、今が絶好のチャンスなんだよ」

 言う事成す事全てが尤もらしく見える。だが余りにも出来過ぎだ。そう訝った直が椎名に苦言を呈した。

「確かにチャンスかもな~、でもそれはお前が輝夜一家を潰して山友会に錦を飾るチャンスでもある、お前、最初からそのつもりだったんじゃねーか?」

「まだそんな事言ってんのかよぉ、俺の指見てくれよ、ここまでしてお前さん達を裏切るとでも思ってんのかおい、これ以上どうしろってんだよ?」

「指ぐらい俺でも飛ばせる、やって見せようか?」

 阿弥が鋭い声を上げた。

「もういい! これ以上この場を血で穢すな! あたい達はヤクザじゃねーんだ、直もいい加減にしろ!」

「すいませんでした」

 直は素直に詫びを入れた。阿弥に反論する者はもはや誰もいない。この後、隠れ家では更なる細かい策が練り上げられて行くのだった。

 

 夜半まで行われた作戦会議はようやく終わりを告げ、疲れた子分達は各々の家に帰り隠れ家には阿弥と椎名の二人だけが残っていた。二人は風に当たりに外へ出た。冬のこの時期、山の麓に位置するこの場所は実に寒かったが、昨今の異常気象の影響か、天はこんな場所にさえも少し暖かい空気を運んでくれていた。

 川の畔に腰を下ろした二人は何も言わず、黙って美しい川の流れだけを見ていた。そこで阿弥が先に口を開く。

「綺麗な川だな、これでも一応東京だもんな、都会のオアシスとは言ったもんだな」

 椎名は微笑を浮かべながら答えた。

「そうだな、俺は生まれも育ちも東京なんだが、ここへは子供の頃よく遊びに来てたんだ、夏なんか鮎も釣れるんだぜ」

 阿弥も明るい表情になった。

「それは凄いな、夏になるのが楽しみだぜ!」

 椎名は少し神妙な面持ちに戻ってシリアスな話をし出した。

「ところでお前さん、何で目黒をそこまで恨んでるんだ? 立ち入った話で悪いが」

 阿弥は少し間を置いてから答え出した。

「あたいはあの男を絶体に許さねえ、あいつはあたいばかりか母親まで、あたいが一番大事にしてた母までをも裏切ったんだ、それも単なる裏切りじゃねー、母と再婚したあいつは毎日のように母に暴力を振るっていた、まだ幼かったあたいには何も出来なかった、それが悔しい限りだ、当時の目黒はまだ駆け出しの地方議員だったんだが金に困ってたあいつは母に八つ当たりばかりしてたんだ、だが気の優しい母は抗う術を知らず、何時も耐えていた、母は何時もあたいに言ってたよ、何があっても人様を恨んではいけない、憎んではいけないとな、だが何時だったか金周りが良くなった目黒はあっさりと母と別れたんだ、それからというもの母には一切構う事なく金どころか手紙の一枚もお送って来なかった、白状もんだよ、母を八つ当たりの道具としてしか見ていなかったんだ、それからはあんたの察しの通りさ」

 椎名はならず者ながらにも感銘を覚えていた。

「俺と全く一緒じゃねーか、俺も待鳥の親分には酷い目に遭われたよ、それがいつの間にか頭という立場になっていたんだがな、目黒の金回りが良くなったのは恐らく俺のお陰だな、ヤミ金からの上がりは半端じゃねー、今の山友会のシノギの大半を占めてる、昔ながらのシノギでは食っていけねーからな、だがヤミ金ももう終わりだよ、法律は厳しくなる一方だ、あと何年持つか分かったもんじゃねー、ヤクザ自体が終わりだよ」

「なるほど、確かにそうだろうな」

 敵対していた二人も所詮は同じ穴の貉なのか。二人は互いの気持ちが分かるような気がしていたのだった。

 

 

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 更に深閑とする闇は二人を隠れ家へと誘(いざな)った。もはや言葉を失くした二人にこれ以上語り合う事など何も無い。椎名は帰ろうとしたが、阿弥が引き留めた。

「お前、あたいを抱いて行くか?」

 阿弥の言葉は椎名を戦慄させた。この阿弥の心境はどういう意味を成すのだろうか、椎名に対する同情か、或いは条件の一部を先渡しでもしようと言うのか。何れにしても阿弥の表情には何一つ偽りが感じられない。椎名は迷ったあげくこう答えた。

「野暮な事は言ねーこった、あんたみたいな聡明な女がその操を軽く売るもんじゃねー、じゃあ明日な!」

 椎名は立ち去った。深い闇の中、その姿を隠すようにして。阿弥の気持ちは何を物語っていたのか、それは阿弥自身にさえ理解し難い、彼女が生まれて初めて口にした言葉だったのだった。

 

 桃の花はいよいよその姿を世に現し、街では雛祭りの可愛い人形が飾られていた。幼い女の子はそれを見て微笑ましい笑みを浮かべ、己が人生を人形になぞりなが親御さんに甘える。そんな光景は人々の心を潤し、更なる春の到来を待ちわびる。

 そんな麗しい初春の情景とは裏腹に警察の活動は更に活発化し出し、子分の竜太にまで手を伸ばして来ていたのだった。

 警察は真正面から挑んで来た。竜太の家の玄関の呼び鈴が勢いよく鳴らされる。竜太も堂々と出て行った。

「前田竜太さんですね」

「はい」

「ちょっと御足労願いますか? 任意ですけど」

「分かりました」

 竜太は何ら抗う事なく警察署へ赴いた。彼には自信があったからだ。何を訊かれようとも証拠が無い状態では警察とて無理強いは出来ないであろう。彼の表情はあくまでも威風堂々としたもので刑事達も物怖じするぐらいであった。

 警察署での尋問にも全く動じない竜太。だが決して太々しさを表さない彼の様子にはまるで清廉潔白な人間の漂いがある。刑事が訊いた事はこうだった。

「友仁会の企業舎弟であるヤミ金業者を襲ったのはあんたらだな?」

 何とも馬鹿正直な質問をして来るではないか、こんな尋問では子供を堕とす事も出来はしない。竜太は毅然とした態度で答えた。

「何の話ですか? 自分にはさっぱり分かりませんけど?」

「なるほど、流石は現代の鼠小僧だな、一筋縄では行かないみたいだな、ま~いい、取り合えず今日は泊まって行って貰うかな」

 竜太は尚も余裕のある態度で答えた。

「何の証拠もない人間をどうして留置出来るんです? 帰りますよ」

 すると一人の刑事が不敵な笑みを浮かべながらこう言って来た。

「証拠ならあるぞ、とっておきの証拠がな~」

 その証拠とは一体何なのだろうか、竜太にも分からない。それでも尚余裕をかます竜太の心情はどういう結果を招くのであろうか。

 

 

 

 

 

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