人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  二十四章

 翌日、椎名は電光石火の如く迅速に仕事を終え、阿弥の下に吉報を齎す。彼は顔がボコボコに腫れあがった男を伴って勢いよく隠れ家に入って来た。

「阿弥よ、こいつが竜太を察に売ったんだよ、俺の方である程度は〆ておいたが、後はやりたいようにやってくれ」

 一同は椎名の仕事の早さに愕きその場に立ち尽くしていた。阿弥は無表情で冷たい面持ちの中にも、鋭い眼光を放ちながらその男を蹴り飛ばした。

「よくやってくれたな~、椎名、他の奴等は?」

「悪い、残念だが他は逃げられた、何とかそいつだけを引っ張って来れただけだよ」

「そっか、ま~いい、こいつは使い道がある、直! こいつを縛っておけ! 生かさず殺さずな!」

「へい!」

 椎名は阿弥の策に気が付いたようで軽く笑っていた。

「だが竜太の方はどうするよ、ここままだとヤバいんじゃねーか?」

 阿弥は何も答えなかった。無論阿弥が一番心配している事なのだが、相手が警察では流石に手の打ちようが無い。竜太は死んでも口を割る事はしなだろう、そう思うと尚更心が痛む。阿弥の気持ちを察した椎名はまた助言を与えてくれた。

「俺が何とかしてやるよ」

「何とかって、どうするんだよ?」

「ヤクザの顧問弁護士に頼むんだ、俺はそっちの方にもコネがある、あいつらは金さえ渡せばいくらでも動いてくれるぞ」

 つい最近まで争って来た、そして今からも相手にしようとしているヤクザの顧問弁護士などを頼る事は何とも滑稽で気の進まない話ではあるが、背に腹は代えられない。阿弥は不本意ながらもまた椎名を頼る事にした。

 そんな情景を慮った直はつい本音を口にしてしまった。

「ふっ、椎名の一人舞台だな」

「何だとコノヤロー!」

 何時ものように阿弥が制する。

「直! 止めろ! もはや椎名は一家のメンバーも同然だ、その話は前にもしただろ、これ以上疑う奴はあたいが許さなねー!」

 直は泣く泣く折れた。阿弥は椎名に惚れてしまったのだろうか、確かに椎名が入って来てからの阿弥は彼を重宝し過ぎているようにも見える。いくら彼の働きが成果を出しているとはいえ。だが黙って見ていた波子には分かっていた。阿弥は決して椎名の全てを認めた訳では無い。寧ろ英二を殺(と)られた阿弥の恨みは椎名と面する事に依って日に日に増しているだろう。事が成った暁には彼を始末するかもしれない。とにかく阿弥は急いでいたのだ。一刻も早く本懐を遂げる事を。

 

 警察の留置所にい入れられて幾日が経っただろう。竜太の取り調べは相変わらずの平行線で全く進展が無い状態だった。担当の刑事は毎日のように自供を求めていた。

「もういいだろ、これ以上義理を尽くした所で何があるってんだ? お前さんも不利Mになるばかりだぜ」

 竜太は顔色一つ変えずに答える。

「刑事さん、自分の事などどうでもいいんですよ、それより絵具を一式取り揃えてくれませんか? お願いします」

「そんなもんどうするんだ?」

「自分絵描きが生業なんですよ、だから絵を描いていないと落ち着かないんです、金なら払います、暇で仕方ないんですよ」

「それは仮の仕事だろ、本職は、ま~いい」 

 竜太に対し然程敵意を持っていなかったその刑事は警察署の中にあった絵具と画用紙の2、3枚を快く持って来てくれた。

「これでいいか?」

「有り難う御座います」

「お前も変な奴だな~......」

 それからというもの竜太は毎晩のように絵を描き出したのだった。

 

 

f:id:SAGA135:20210529133435j:plain

 

 

 3月はライオンの如く来たりて、羊の如く去る。季節替わりは得てして三寒四温に陥りがちなのだが、それも一興これも一興で、そんなころころ変わる気候こそが四季に恵まれた日本独特の花鳥風月を思わせる有難さではあるまいか。ここを乗り越えてこそ後に続く春の到来が嬉しいのであって、苦難が無ければ快楽も快楽では無くなってしまう。竜太が心配な一家ではあったが、皆はここが正念場と言わんばかりに諜報活動に勤しんでいたのだった。

 波子は持ち前の変装の腕と美しい容姿を駆使してかなりの情報を掴んで来た。

「親分、山友会の待鳥は週末の夜は決まって目黒を会食してるみたいです、それも有名な料亭で、山友の本家を襲うのは彼が会食に出掛ける直前がよろしいかと」

 阿弥は満足そうな顔で答える。

「それはいい考えだな、で、目黒の方は?」

「そっちも大丈夫です、あの男は普段から不用心な性格で特に会食の時などはSPの一人も連れていないみたいです、その代わり女を数人引き連れているみたいですが」

 阿弥は呆れ返っていた。

「ふっ、あのスケベジジイも相変わらずだな、だがその所為でこっちの仕事も楽になると言うもんだ、よし、決行は明日の晩だ! 地方からも数人呼んである、これが最期の仕事になる、みんな気を引き締めてやってくれよ!」

「へい、親分!」

 一同はその場に屹立し阿弥に向かって果敢な心意気を示した。阿弥は各々の顔を見つめ心の中で礼を言うのだった。

「ところで清吾はどうした?」

「そういえば......」

 椎名が提言する。

「阿弥、お前あいつに何か指令を出しただろ? あいつ下手打ったんじゃねーか? 俺が様子見て来るわ」

「いや待て! お前が行くと拗れる可能性がある、あたいと波子で行く」

「そうかい、じゃあ俺は竜太の方を進める事にするわ」

「ああ、頼む」

 阿弥は波子を伴って清吾の様子を確かめに行った。

 

 その頃清吾は阿弥に命じられるままに、嘗て世話になった美子に会っていた。美子は久しく会っていなかった清吾の到来を喜んでいた。何時ものように妖艶な出で立ちでバーのカウンターに立つ彼女は清吾の事を全く疑う様子も無く、ただひたすら和やかに酒を酌み交わし、談笑を楽しんでいた。

「貴方、もう私には会わないって言ってなかったっけ?」

「ま~いいじゃんか、久しぶりに美子の事が気になってな」

「どうだかね~」

 その日も店は閑散としていて客も居るには居たが直ぐに帰ってしまい、今の時間は美子と清吾の二人しか居ない。ママは最近休んでいるとの事だった。

 そんな中、清吾は彼女と歌を唄い、酒を飲み何時になっても本題を切りだせないでいた。それはそれで彼の作戦なのであろうが、明日に迫った仕事を慮るに少し余裕があり過ぎなようにも見える。明るく振る舞うだけの清吾の姿は美子にも何かぎこちなく思える。美子は自分の方から口を切り出した。

「貴方、ほんとに私に会いに来ただけなの?」

「それ以外に何があるんだよ?」

「いあ、別に......」

 美子も切り出す事が出来なかった。今もし少しでも変な事を訊くと逆に勘繰られる可能性がある。別に自分が何か悪い事をした訳でもないが、ヤミ金被害者のその後の行動を全て把握している訳でもない美子は実は清吾が店に来た時から少し焦ってはいたのだ。それが彼の方から何も言い出さないのは明らかにおかしい。美子は知らず知らずの間にその表情を曇らせていたのだった。

「どうした? 顔色悪くなって来たんじゃねーか? 飲み過ぎか?」

「いや、そんな事はないけど......」

 酔いが回って来たのは清吾とて同じだった。彼は酒の力を借りてやっとこさ本題に入る事が出来た。

「ところで、あれからそうだった? 何も起きてないか?」

 美子は平静を装って答えた。

「今の所はね」

「今の所って、含みを持たせたような言い方だな、真由美さんは元気してるのか?」

「彼女には会ってないわ、何処にいるのかも知らない」

「何でだ? お前仲良しだったんだろ?」

「前まではね」

「何かあったのか?」

「彼女あの後直ぐ何処子へ行ってしまったのよ、もうこの辺には居たくなかったんじゃないの」

「そうか~、で、お前彼女にいくら渡したんだ? お前の知り合いの方は金の事も任せただろ」

 美子は少し間を置いてから喋り出した。

「あ、お金ね、それなら十分な額を渡したわ、心配しないで」

「だからいくら渡したんだって?」

「はっきりとは覚えてないけど」

 清吾は釈然としなかった。あれだけの金を渡しておきながら、それも一番先に渡したであろう仲の良い女に渡した金額を覚えていないというのは明らかにおかしい。清吾は角度を変えて訊いてみた。

「じゃあ、お前の取り分はいくらだ?」

「それも覚えてないわよ!」

「何怒ってんだ?」

「別に怒ってなんかないわよ」

「お前何か隠してるな?」

「何を隠す事があるのよ! もういい、今日は店仕舞いよ! 帰って頂戴!」

 清吾は大人しく店を出た。それにしても美子の態度が急変したのは訝しい。清吾は店を出た所で陰に隠れて美子が出て来るのを待っていた。するとそこへ阿弥と波子が現れた。彼女達も隠れて見張っている。焦燥感に襲われた清吾はどうしていいか分からなかった。そして美子が店を出て来た。

 波子が真っ先に美子を襲い出した。

「逃げろー美子ぉぉぉー!」

 愕いた美子が振り向いた時、既にその背中には刃が突き刺さっていた。美子は何が起きたのかさっぱり分からない。夥しい鮮血に埋もれ泣き叫ぶ美子。波子はもう一か所とどめを刺して彼女を楽にさせてやった。その光景をじっと見ていた阿弥が言う。

「どうせこんなこったろうと思ったぜ、お前の女に対するだらしなさは相変わらずだな、お前は絶縁だ!」

 清吾は何も言い返せなかった。美子が何かを隠しているのは明白だった。彼女の後を追っていったとしても何もする事は出来なかっただろう。それどころかまた下手に同情するだけで一家の足を引っ張る事になるのは本人が一番よく分かっていた。

 やはり俺はこんな稼業には向いてないんだ。親分に殺されなかっただけでも良かったのかもしれない。

 この寒空の中、清吾は阿弥に深々と一礼だけして立ち去って行くのだった。

 

 

  

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村