人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  二十五章

 一殺多生。美子の死と、英二の遺言も空しく絶縁された清吾の処遇は一家にとって本当に功を奏するのだろうか。だが清吾は阿弥の事を全く恨みになど思っていない、それどころか阿弥が本懐を遂げる事を祈る清吾の想いは、波子や阿弥本人にも伝わって来るぐらいであった。とすれば阿弥の決断は寧ろ清吾に対する優しさであったようにも思えないでもない。だが美子の方は.......。

 3月下旬のまだ寒さの残る夜の路上で、阿弥と波子は凄惨な状態で眠っている美子の姿を後目に憂愁をたたえながら立ち去って行くのだった。

 隠れ家に戻った二人は何も喋らずぼんやりと佇んでいた。二人の想いは今更口に出すまでも無かったのだが阿弥は敢えて波子にその心の内を問う。

「どう思う? 今日の事」

「どうと言われましても致し方ない事だと察します」

「ふっ、お前らしいな、でもお前清吾が好きだったんだろ? これからどうするよ?」

「彼とは別れます、そしてこの仕事が終われば私もお暇頂きとう御座います」

「そうか、あたいもこれを最期に引退しようと考えてたし、それに.......」

「それに何ですか?」

「いや、何でもねぇ」

 阿弥のこの含みを持たせた言い方は、穏やかな波子の心にさえも少し波風を立たせる。だがそれを深く掘り下げて行く事を怖れた波子はあくまでも平静を装い、明日の仕事に向けて段取りを見つめ直し、最後の決意を胸に誓うのであった。

「波子、明日昼にでも竜太に面会に行ってくれねーか? こいつを連れて」

「分かりました」

 人質として捕らえられていたその男はもはや精魂尽きて一人では立ち上がる事すら出来ない程に衰弱していた。しかし一応は生きている。こんな男でも竜太を救い出すのに何らかの役には立つと考えた阿弥の思案は自ずと波子にも伝わっていた。この晩留守居役を勤めていた直を含めた四人は隠れ家で夜を明かす事になったのだった。

 

 朝になり目が覚めると外から涼しい風音と鳥の囀りが聴こえて来る。辺りは正に小春日和で樹々や山々、川や滝はその燦然と輝く陽射しを身体一杯に浴び、心を躍らせて美しい風景を提供してくれる。波子は思った。何故こんな日に限ってこうも良い天気なのだと。

 朝食を済ませた波子は阿弥の指図通り人質の男を伴って直と三人で早速竜太の面会に赴いた。七化けの波子は流石の変装ぶりであった。その上偽造した身分証まで持参して、面会者など全く居ないこの状況は波子をあっさりと通し竜太と会うのには何の苦労も要さなかった。

 単なる知り合いという体で警察署を訪れた波子は竜太に会っても決して怪しい素振りは見せず、竜太も大した話はしない。竜太は言葉少なに

「これを親分に」

とだけ言い置いて、一枚の絵とメモだけを波子に渡して面会を終えた。看守は何の疑いもなく波子を帰した。

 その後、少々時間を空けてから人質の男を向かわせた。

「いいな、人違いだった、ほんとは何も覚えてない、被害届も取り下げると言うんだぞ! 警察の尋問と俺達の拷問、どっちが恐いかは分かってるな!」

 男は今にも死んでしまいそうな顔でこう答えた。

「分かっております、どうかご勘弁を」

「よし、行って来い!」

 これはあくまでも首尾よく行けば竜太を釈放してやれるかもといった布石に過ぎなかった。詰めは椎名がやってくれる。この男が仮に何を謳おうと一家にはダメージは無い。何故ならば今夜で全てが決するからだった。

 後顧の憂いを絶った波子に直、そして阿弥に椎名、その他地方から呼んでおいた一党は徐に隠れ家に集結して来るのであった。

 

 

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 昼下がりの西日は些か強かった。眩しい陽射しは今も尚山々に降り注ぎ、隠れ家をも暑くさせる。そんな中最初に姿を現したのは椎名だった。彼は自信満々な面持ちで扉を開け阿弥に対峙する。

「何だよ、その顔は? 余裕綽々ってとこか」

 阿弥は少し笑みを浮かべながら椎名に喋り出した。

「そりゃそうだろ、俺達には何の手抜かりもねー、後は手筈通りに事を進めるだけでいいんだ、勿論その後は.......。」

「おい待て! 皆まで言うんじゃねーよ!」

「分かってるって、親分さん」

 椎名の言など取るに足りなかった。だがこの男が居てくれなければ仕事にも成らなかった事も事実で、阿弥は今更ながら椎名の助力に感謝していた。

 続いて各地から呼んでいた三人の一党が入って来た。彼等は意を決したように勇ましい言葉を投げ掛ける。

「親分、お久しぶりです、健です!」

「柾です!」

「沙也加です!」

「最期のお勤めに呼んでくれた事、光栄の至りで御座います、自分達は是が非でも親分の本懐を成し遂げる役目を全う致します!」

「ま~そう熱くなるなって、取り合えず坐れよ」

「へい、有り難う御座います!」

 そんな光景を見ていた椎名は笑いながらも感動し、拍手をしながら阿弥に嬉しい言葉を訊かせるのだった。

「いい若い衆をお持ちだね~、今時こんな挨拶が出来る奴はヤクザにもいねーぞ、ほんと羨ましい限りだぜ」

 阿弥は照れながら答えた。

「何言ってんだよ、大した事はねーよ」

 そして最後に波子と直が帰って来た。

「親分遅くなりました」

「おう、で、どうだった?」

「はい、手筈通りに」

「そうか、ご苦労」

 椎名が言う。

「ま、大丈夫だ、あいつが何を言った所でもう既に手は打ってある、弁護士は証拠不十分で今日中にも釈放出来ると言ってたよ」

「そうか、サンキューな」

 波子は竜太から託されていたメモだけを阿弥に渡して、絵は懐に蔵(しま)っていた。そのメモにはこう書かれてあった。

『親分下手打ってしまって申し訳ありません、ですが自分は親分が本懐を遂げる事だけを祈り今日までやって来れたのです、本当に感謝しています、たとえ死しても心は一つです、どうか本懐を!』

 これを読んだ阿弥は目に涙を浮かべていた。椎名の言う通りみんないい子分ばかりだ、寧ろ自分の方が出来ていないかもしれない、勿体ないぐらいだ。そんな心境に陥った阿弥の肩に椎名は軽く手を添え笑顔を作った。阿弥はこの時ほど男の気遣いが嬉しく思った事はなかった。

 健が言葉を続ける。

「え~と、1、2、3、たったの七人ですか? 七人で最期のお勤めを!?」

 阿弥にはこの健の言が涙を消し去るのに良いタイミングであった。

「何言ってんだって、少数精鋭が一家の神髄だろーよ、お前忘れたのか?」

「そうでしたね、いや、忘れた訳ではないんですが......」

「それにこの椎名が手下を数人連れて来てくれる、それでけでも十分だよ」

 椎名は阿弥に呼応するように健達に目配せをした。

 一行はこの後改めて作戦を見直し、己が仕事を見極め決意を胸に誓う。今宵の半月はその姿を吉か凶、何れの形で一家に想いを投げ掛けるのだろうか。そこには人間などが及びもしない、正に自然の理(ことわり)があるのであった。

 

 

 

 

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