人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  二十六章

 決行の刻(とき)は来た。午後7時過ぎ、既に日も暮れ天高く姿を現した半月を眺めながら仕事に赴く。一意専心。一行はただ阿弥が本懐を遂げる為のみにその身を賭して動き出すのであった。

 手筈通り一家の者達を二手に分け、まずは山友会の待鳥宅を襲う組は椎名を筆頭にして直、健、柾、そして椎名が連れて来た数名の子分達に依って組織され、目黒には阿弥、波子、沙也加の三人が例のように華麗に変装して待鳥が雇った娼婦として近づく。椎名の組は黒の目出し帽に黒の手袋、黒のブーツに黒の上下作業服と、黒づくめの装備で颯爽と待鳥宅に襲撃を掛けた。

 玄関前には屈強な門番が立っていたがそんな奴等は椎名と子分達が瞬く間に始末し中へ入る。中で当番に勤めていた連中も一瞬にして薙ぎ倒し、宅内の事情に詳しい椎名は何ら迷う事なく真っすぐに待鳥が居る部屋に到着した。椎名は子分達に待鳥の身を拘束させて厳つい声でカマシを入れた。

「親分さん、余計な事したら直ぐ殺るからな、黙って指示に従うんだ、いいな!」

 待鳥は震え上がって何も喋る事が出来ずにただ頷いていた。

「通帳と印鑑、暗証番号は!?」

「金庫の中に蔵(しま)ってある、番号は1357だ」

「間違いねーな!?」

 待鳥は何度も頷いていた。

「ついでにこの金庫も開けろ!」

 待鳥は震えた手つきで金庫を開ける。金庫は子分達の手に依って素早く車に運ばれた。部屋に残っていたのは待鳥と椎名と直の三人であった。椎名が待鳥の身体を掴み外へ引っ張って行く時、待鳥は着物の懐から滑り出して来た小刀を手に持って、縛られて後ろに回されたその手で椎名を突き刺そうとした。鋭い金属音が鳴った。

「親分さん、大人しくしてろって言っただろ、あんたらのする事なんざお見通しなんだよ、万が一これが無くてもこの程度では俺は殺れねえってな」

 そう言って不敵に笑う椎名の身体には防弾チョッキが巻かれていた。それを見た待鳥は愕き、直までもが椎名の周到さに感心していた。待鳥は車に乗せられ一行は彼から訊き出した料亭へと直行する。ここまで僅か10分、椎名の働きは輝夜一家顔負けの素早さであった。

 こうして待鳥宅の襲撃はあっさりと型が着いたのだった。

 

 対する目黒の方には三人の美女がそれぞれ見事な変装をして彼の事務所近くの駐車場で目黒が降りて来るのを待っていた。不用心な目黒はたった一人で何の警戒もしない素振りで悠々と姿を現した。三人は彼に近づき馴れ馴れしい態度で甘い言葉を掛ける。

「先生、待鳥の親分さんの遣いの者ですけど、お供致しますわ」

 目黒は愕いていたが女には滅法弱い性格は彼を酔わすのに十分だった。

「あいつこんな所にまで気が利くのか、これは有難い、俺も一人で店に出向くのも淋しいとは思っていたんだ、さ、乗った乗った」

 阿弥はこの男をアホかと思った。何故こんな所にまで女を向かわせる必要があるのだと。こんなドアホが今の日本を切り盛りしているのかと想像するだけでも虫唾が走る。こんな奴に母が殺されたと思うと今直ぐにでも殺してやりたい。だが仕事は仕事だ、阿弥達三人はあくまでも目黒に甘えるようにして芝居に専念していたのだった。

 事務所から然程離れていない料亭には10分足らずで着いた。流石は高級料亭、出迎えの者達の態度は実に愛想良く、目黒はその中を悠然とした面持ちで歩いて行く。店の女将に案内された部屋もこれまた豪勢で、風情のあるその部屋は裏稼業に身を置く阿弥達には明らかに場違い感があった。だがそれはこの目黒も待鳥も同じような気もする。部屋では既に膳が用意されており、後は待鳥の到来を待つばかりでった。

 彼のお出ましを待ち切れなかった目黒は先に一献酌み交わそうと阿弥達に酒を勧めて来た。しかし待鳥を置いて先には飲めないと阿弥は断った。

「仕方がないな~、じゃあ俺だけ先に飲むけど悪く思わないでくれよ」

「先生御気になさらず、寛いで下さいまし」

「そうか?」

 目黒は阿弥の甘言を真に受け、先に酒に手を着け阿弥達の身体にまで手を伸ばして来るのだった。三人の女はそれを軽くあしらいながらも、愛想の良い態度で目黒の相手を勤めていた。

 

 

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 午後7時40分、そろそろ椎名達が来る頃合いだった。目黒の相手を阿弥と沙也加に任せ、波子が様子を見て来るという口実で外へ出る。そして椎名と会う。正に手筈通りに到着する椎名達。彼等の仕事にも全く抜かりは無かった。波子は椎名達の姿を確かめた後、部屋に戻り目黒に語り掛ける。

「先生、親分が到着しました」

「おう、やっと来たか、さ、早くここへ通してくれ」

「その前に親分は二人だけで話がしたいと仰っておいでです、それも外で」

「何だ? 改まって、何かあったのか?」

 目黒は怪訝そうな表情を泛べながらも波子の言に従い外へ出て行った。 

 

「待鳥ー、待鳥よー、何処だ~?」

 鋭い刃が目黒の腹に突き立てられた。

「黙ってこっちに来い!」

 目黒は車に乗せられ手足を縛られ身動き一つ取れない。阿弥と沙也加も後に続き予め用意してあった車で椎名に合流する。2台の車は海岸に辿り着いた。待鳥と目黒の二人は車から蹴り堕とされただ恐れおののいていた。震えている彼等の姿は見るに堪えない情けない光景であった。椎名達は目出し帽を取り、阿弥達は化粧を落としすっぴんの顔で二人に対峙する。

「お二人さんよ、情けなねー有り様だな~、これが天下の山友会会長と目黒時期副総理かよ、ふっ、ある意味お似合いかもな」

 そう言った阿弥の顔には怒りを超えた憐みが漂っている。あたいの本懐とはこんな情けない奴等を始末する事だったのか、これでは手応えが無さ過ぎるではないか。そんな心境に至った阿弥には今までして来た己が所業にさえ虚しさを感じずにはいられない。途方に暮れていた阿弥に椎名や子分達が言葉を投げ掛ける。

「親分、今です!」

 阿弥はそんな子分達の勇ましい声に誘(いざな)われるようにドスの鞘を捨て目黒の腹をひと思いに突き刺した。だが加減をしたのか目黒は痛がるばかりで力果てる様子が無い。その頃椎名の顔を見ていた待鳥は驚嘆して声を上げる。

「お前、椎名じゃねーか! 何でお前がこんな事を!?」

 椎名は落ち着いた様子で答えた。

「親っさん、久しぶりでしたね、俺は輝夜一家の一員になったんですよ、もうこんな腐った極道稼業はまっぴらですよ、分かるでしょ、金の力だけで親分になったあんたには?」

「何だとテメー!」

 椎名は躊躇う事なく待鳥を殺した。その鮮やかな手捌きはあくまでもヤクザのそれであった。

 目を移すと目黒はまだ藻掻いている。阿弥はここに来てやっと己が本懐を思い出し目黒に力強く言葉を放つ。

「忘れたかこの顔?」

 目黒は未だに思い出せない様子で何度も瞬きをしていた。

「阿弥だよ阿弥、お前になぶり殺しにされた本名斎藤静江の一人娘、斎藤阿弥だよ!」

 目黒はやっとこさ全てを思い出した。

「阿弥か! 久しぶりだったな、何故お前がこんな所に? 静江は俺が殺したんじゃねーぞ!」

 阿弥はそんな目黒に唾を吐いてこう答えた。

「お前には分からないだろーさ、人の心を持たないお前にはな! だからこれ以上の問答は無用だ、心置きなく逝けや!」

 阿弥は目黒にとどめを刺した。待鳥と目黒、この二人の人非人は呆気なく輝夜一家の手に依って葬られたのだった。夥しい鮮血に埋もれる二人、阿弥と椎名はこの二人の骸(むくろ)を海に蹴り堕とし、全てに決着を着けたのだった。

 

 今宵の半月はやはり輝夜一家に朗報を齎してくれたのだ。月は一行の帰途を明るく照らし続けてくれていた。

 

 

 

    

 

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