人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  二話

 

 

 翌朝目を覚ました真人は環境の違いに仰天した。天井がある、壁がある、床がある、窓がある、そして自分は布団に寝ている。ここは一体何処なんだ、昨日湖で会った老人はその後何処へ、訳が分からない。窓外に見える景色からしても恐らくここは家の2階であろう。真人は部屋を出て恐る恐る階段を下りて行った。

 下りながら聞こえて来る音がある、まな板を包丁で叩く音だ。誰かが料理でもしているのだろう。真人はどう声を掛けていいのやら分からず、取り合えず

「おはようございます」

 とだけ挨拶をしてみた。すると料理をしていた若い女性が愛想の良い態度で、笑みを浮かべながら語り掛けて来た。

「おはようございます、よく眠れたかしら?」

 真人は照れながら一応のお礼を言った。

「はい、有り難う御座います、ところで自分は何故このような所に? 訳が分からないのですけど?」

 女性は尚も朗らかな表情で言葉を続けた。

「はい、出来ました、取り合えず食べましょう」

 女性は出来上がった料理をテーブルに運んで、食膳を整えてから改めて真人と向かい合った。少々人見知りな真人は目を泳がせながらも

「頂きます」

 と声を掛け黙々と食べだした。真っ白いご飯に味噌汁、焼き魚に沢庵とサラダ。オーソドックスな朝食ではあったが実に美味しい。何日も物を食べていなかった真人には尚更で、彼はあっという間にその料理を平らげてしまった。その様子を見ていた女性は笑いながらこう語り掛ける。

「そんなに急いで食べなくても、落ち着いてもっと噛まないとダメじゃない、おかわりね、はいどうぞ」

 真人は照れながらおかわりを頂き、今度は多少ゆっくりと食べ出した。食べながら真人は思った。この女性はなんと綺麗なんだ、その容姿といい、細くしなやかな指先といい、食べる姿の行儀の良さといい、目に映る何もかもが美しく、何か近寄り難い気高さを備えている。その最たるは目だった。彼女の目つきはあくまでも澄み切っていて人の心を見透かすような鋭さを含んでいる。そして一見清楚に見える佇まいとは裏腹に、妖艶で男を魅了する漂いもある。

 旅先でこんな美しい女性に巡り合あるとはどんな境遇なのだろうか。この町は一体自分に何を訴え掛けようというのか。色んな事に思いを巡らせていると自ずと食事のペースが遅くなって来た。

「あら、どうしたの? 今度は箸が進まないみたいじゃない」

 己が胸中を気取られてはいけないと思った真人はまた急いで食べ出したのだった。

「ご馳走様でした、美味しかったです」

 彼女も真人に続く。

「ご馳走様、じゃあ足を出して」

 何を言い出すのか、足を出せ? 一体どういう事なんだ? 考えている内に彼女は食事の片づけを澄ましテーブルに戻って来た。

「いいから早く出しなさいよ」

 真人は言われるがままに足を出した。すると彼女は真人の足の爪先に捲いてあった包帯を新しいのに取り換えてくれた。そうだ、俺は昨日自分で足を刺したんだった。彼女は傷の手当までしてくれていたのか。その事に今まで気付かなかった自分は何て間が抜けているんだ。それにしても何故ここまでしてくれるんだ。

 正に至れり尽くせりなこの状況は真人を夢心地にさせる。だが足の痛みは何時の間にか治まっている。またしてもこの不可解な事象が彼を襲ったのだった。

「何から何までほんとにありがとう、でも何でここまでしてくれるの? 貴方は一体何者なの? 俺は何故ここに居るの? もう何が何だかさっぱり......」

 彼女は真人を宥めるようにして言葉を投げ掛けて来た。

「無理もないわね、貴方の事は昨夜湖で発見したのよ、そこで眠っていた貴方をここに連れ帰って来たという訳、で、その足の傷は見てられなかったわ、かなりの出血があったのよ、そんな状態では眠る事さえ出来ないじゃない」

「なるほど、返す返すもそのご厚意には感謝します、でもまだ分からない、一体何故」

「その話はこれから追々する事にして、取り合えず行きましょう」

「何処へ?」

「町を案内するわ、さ、行きましょう」

 真人は誘(いざな)われるままに彼女に同行して町を歩き出すのだった。

 

 今日は昨日とは打って変わっての快晴で、あれだけ濃かった霧は完全に晴れていた。燦然と照り輝く陽射しを遮る雲が一つも無いこの状況は少し暑いぐらいであった。

 可愛い雀の鳴き声は辺りを和やかにさせ、そよぐ風は万物を爽快な気持ちにさせてくれる。樹々の梢や草生に潜む虫達はその小さい身体を精一杯駆使して、餌を求めて彷徨っているように見える。湖には水面を飛び跳ねる快活な魚の姿まで見える。

 そんな情景に感化された真人には昨日の出来事がまるで嘘のように思えて来た。そこで彼女が口を切る。

「まずは貴方が最初に訪れたこの湖ね、貴方、昨日ここから私の事見てたでしょ」

 またもや意味不明な事を言い出す彼女だった。だがこうなってはもはやどうでも良いと観念した真人はこれ以上猜疑心を抱く事はせずに、昨日老人に言われた正直な気持ちに任せて彼女に抗う事なく答えて行くようにした。

「という事は貴女はあの牛車を引いていた?」

「そうよ、あれは葵祭りよ」

葵祭りというと確か京都の?」

「それは知らないけど、この町で古くから伝わる祭りよ」

「それにしてもあの距離でよく分かったね?」

「この町の人達は感覚が半端じゃなく発達してるのよ、貴方と虎さんが話していた内容も全部分かってるわ」

 愕きを隠せなかった真人ではあったが、開き直ったような感じで答えた。

「つくづくこの町の人には参るよ、そうなれば当然俺の過去も?」

「それはだいたいだけどね、そうそう自己紹介が遅れたわね、私、瞳よ、貴方は?」

「真人、もう知ってたんだろ?」

「貴方自身から訊きたかったのよ」

「ふ~ん......」 

「何よその顔は? ま、いいわ、私実は占い師なの」

「占い師?」

「そうよ、それも風水やスピリチュアルのような稚拙で児戯に等しい占いではないわ、天文学よ」

天文学って星占いだろ?」

「広義ではそうなるかもね、でも私達の天文学は占いというよりは寧ろ予知予見に近いのよ、だから昨日貴方がここへ来る事も私達は事前に知っていたのよ」

 確かに古の時代には仙人や上人といった人から崇められるような存在であった人間には或る種の特別な能力が備わっていたとも言われていた。しかしこの現代社会でそのような超能力とも言える常軌を逸した能力を持つ人間が存在するとは到底思えない。百歩譲ってもし居たとしても、その者は間違いなく抹殺されてしまうだろう。だが事ここに至ったからには現存するその事象を疑うべくも無い。無論彼女の事を誰かに教えるつもりも無い。そうなると真人に出来る事は唯一つ。全てを受け入れ彼女とこの町に身を委ねるしか方法は無かったのだった。

「私達という事はこの町の人にはみんなにそんな能力が備わってるの?」

「女だけよ、男にはまた違う能力がね」

「で、君が見た俺の人生はどうなの?」

「だから急かさないでって! まだまだ見せたい所があるから着いて来て」

 真人は彼女に案内され色んな場所へ赴く事になった。

 こんな綺麗な女性に連れられて行く旅案内。真人はこの面妖な世界に戸惑いつつも内心はウキウキするような気持ちで彼女の事が頼もしくなり、幼子に戻ったような気になって心を弾ませて歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

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