人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  七話

 

 

 瞳は無言のまま真人の顔を凝視し、射貫くような鋭い眼光で彼の両目を見つめ出した。そんな彼女の姿に動じた真人は不甲斐なくも瞳と接吻する覚悟をするのだった。しかし瞳は何時になってもその目を閉じようとはしない。寧ろ、いやに攻撃的なその様子は真人を威嚇し、脅かすようにも感じられる。

 危機感を感じた真人は声を発しようとしたが時既に遅し。瞳から目を反らす事が出来なかった真人は口が利けなくなってしまった。何故だ、催眠術にでも掛けられたとでもいうのか。意識までも遠のいて行く。あの時と同じだ、この町へ来たあの時と。あの時は音が聴こえなくなっってしまったが今度は喋る事が出来なくなってしまうのか。

 このままではダメだ。真人は例のナイフを手に取りまた足の爪先を刺そうとした。だがその刹那、瞳が真人の手を握り制止するのだった。瞳はもう一度真人の目を見つめてから喋り始めた。

「貴方には負けたわ、これで術は解けた筈よ」

 真人は恐る恐る口を開いてみた。

「あ、あ、あ~助かった、でも何故こんな事を?」 

「貴方が余計な事を言い出すからよ」

「俺は正直な気持ちを告げただけだよ、正直になれって言ってただろ!」

 瞳は少し溜め息をついて何か苛立ったような雰囲気でこう言い出した。

「貴方ね~、年いくつなのよ? 貴方のはただの正直じゃなくて馬鹿正直なのよ」

 それでも真人は怯む様子もなく言葉を続ける。

「馬鹿正直じゃダメなのか? 正直な事には違いないだろ、俺はここに来てから色んな人に色んな約定を一方的に突き付けられて来た、でもそれを鬱陶しいと思った事は無かった、何故だか分かるか? 何れの掟も間違ってはいないと思ったからだ、それが嫌ならとっくに逃げ出してるか死んでるだろう、だから今もその馬鹿正直な純粋な気持ちを表しただけなんだ、それがそんなに悪い事なのか?」

 瞳は余りの真人の迫力とその切実な訴えに感化されたのか、憂愁の漂う表情を泛べながら真人の手を取り語り始めた。

「初めてだわ、私がこんなに動揺したのは、司祭にも色々訊いてると思うけどこの町に送り込まれて来た者はたいていはろくな人間じゃなかったの、中には貴方のような人も居たけど蓋を開けてみると所詮はならず者で、合格を頂いた人は貴方が初めてなの」

「合格って?」

「貴方は今の所、私と司祭の二人から合格を頂いているの、まだまだ足りないんだけど、私や司祭はこの町の審判員の一人なの、この町には六人の審判員が居てその者達全てから合格を頂かないと貴方はこの町からは一生、いや未来永劫出て行く事が出来ないのよ」

「何だって!? て事はあと四人か」

「そうよ、そして六人全てから合格を頂いた人は一人も居ないの、この私もね」

「という事は貴女も元々は外の世界から来たって事?」

「そうなの、この町に来てもう随分経ったわ、何時になったら出て行ける事やら......」

 まるで御伽噺や童謡、或いは漫画やアニメ、ゲームの世界のようなファンタジックな話である。だがそんな町に今自分が居る事も自明の事実であり、疑う余地もない。真人はその現実をしっかりと受け止めた上で再度瞳に思いの丈を述べる。

「それなら二人で全ての者から合格を頂こう! その為なら何でもするさ!」

 そう訊いた瞳は涙腺を緩ませながらも無理に平静を装い答える。

「嬉しいけど無理だわ、私や司祭にだって出来ない事なのよ、それをどうやって貴方に出来ると言うのよ、後の三人は私達以上に厳しいのよ、出来もしない事を口にするのはカッコ悪い事よ」

 真人は彼女の肩を両手で強く押さえて答えた。

「それなら何故俺にそんな事を教えてくれたんだ? 万が一の可能性に懸けて教えてくれたんじゃないのか? 違うか!?」

 瞳はまたしても言葉を失った。真人はそんな瞳に優しく口づけを交わし、来たるべく己が将来に向けて憧憬の念を込めたような眼差しで湖を遠くに眺めるのであった。

 

 

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 季節があるようで無い、無いようであるこの町の気候は相変わらず魔訶不思議だった。ついさっきまで寒かったこの湖の辺りも今ではすっかり温かくなって来て少し汗ばむぐらいの陽気だ。それに反応するように空を飛び回る鳥達や、可愛くも勇ましく必死に啼く虫達の姿にも微笑ましさを感じる。

 そこには明らかに生きとし生ける者達の生活があったのだ。だとするならばこの町も決して蜃気楼の町などという特別な町でもないような気さえする。多少の常軌を逸した能力はこれまでも感じて来た。されど一人間として、一生命として生きて行く上では互いのその心持には何ら変わりは無い筈だ。

 真人はその礎とも言える己が精神の根底にある正直な心根を、根拠は無いまでも持ち続ける事に依ってのみ人生を全うする事が出来るのだと信じて疑わなかった。

 瞳は次なる場所へと真人を誘う。湖から十数分歩いたその場所にはまるでサバンナのような戦場を漂わす荒野と鬱陶しい限りの密林(ジャングル)が姿を現すのであった。

 真人はその風景に驚愕した。何時何処から野生の動物に襲われてもおかしくはない情景が真人を戦慄させる。そんな場所で瞳は一体何をさせようと言うのだ。そんな真人の怯えた姿を解すように瞳は話出す。

「そんなに愕かなくても大丈夫よ、動物達には私が術を掛けるから、貴方には害は及ばない筈よ、でも油断しないで、動物達は貴方の心を読むわ、もし少しでも妙な行動を起こそうとすれば、分かるわね」

 真人には分かっていた。これも試練の一つなんだという事が。おう言い終えた瞳はまたしても颯爽と去ってしまった。彼女の足の速さは一体どれぐらいなんだろう、一瞬にして姿を消した瞳は何処へ行ってしまったのだろうか、今まで話をしていた彼女の姿自体が幻のようにも思えて来る。

 だがもはや逡巡している場合でもない。真人はもう慣れっこと言わんばかりの余裕をカマシて先に進み出すのだった。

 まず真人が会ったのは一羽の野鳥であった。この身体の大きさは鷹か鷲か。鋭い嘴からは今にも真人を襲って来るような戦闘的な勇ましさと恐怖を感じる。それは嘴だけではなく研ぎ澄まされた爪にも感じる。真人は思わずナイフを取り出し鳥に向かって構えるのだった。だが鳥は一向に動じる事なく真人を何処かへ連れて行こうとする。

 意気揚々と羽搏く鳥に誘われながら少しづつ歩みを進める真人。その速さには天地の差があったのだが鳥は真人の足取りを鑑みて、その歩調に合わせるように丁寧に先導してくれた。果てしな荒野を汗だくで歩き続ける真人。その先に姿を現したのは一匹の鰐だった。

 池の畔に禍々しくも悠然と構える鰐。鰐は真人の姿を確かめた後、何と喋り出すのであった。

「貴方が真人君だね」

 真人はそんな鰐の様子を訝りながらも素直に答える。

「そうです、初めまして、この町に送り込まれて来た真人です」

 真人の挨拶を受けた鰐はその大きな口を開けて真人を飲み込んでしまった。殺されてしまうのか、或いはこの鰐の胃袋の中で生活しろとでも言うのか。鰐の凄まじい唾液や胃液は真人を溶かしてしまう勢いがあった。だが牙で噛まれた感じはしない。それを証拠に真人の身体には一切傷が付いていない。それにしても恐い事には違いない。

 真人にはこれが第三の試練である事がはっきりと理解出来た。粘着力の凄いこの鰐の胃の中で真人は一体どのようにして生きて行けば良いのだろうか。

 一つだけ分かっていた事はどんな術を用いても、是が非でもここから出ていかなくては話にならない。それこそが自明の事実であった。

 

 

 

 

 

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