人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  九話

 

 

 何時ものように朗らかな表情で真人を見つめる瞳ではあったが、今日は何処となく少し神妙な風にも感じられる。瞳はその長い髪を荒野の強風に靡かせながら語り掛けて来た。

「これで3つの合格認定を頂いたのね、貴方なら次の試練にも耐えられると思うわ、でも最後の試練は......」

 真人は瞳の顔を訝しそうに見ながら訊いた。

「確かに最後は難しいだろうな、でも大丈夫さ、さあ、行こう!」

 真人はこれまでの3つの試練を超えた事に依って明らかに成長していた。それは瞳にも十分分かる事で頼もしいぐらいだった。それでもまだ少し頼りなさも残る真人でもあったが、瞳は彼の前向きな精神に懸けた。

「そうね、行きましょう」

 二人は歩き始めた。その歩みは今までのような気鬱を含んだ重い足取りではなく、これからの人生に大きく羽ばたいて行く希望を胸に秘めた陽気で勇ましい、軽やかな足取りであった。

 荒野に連なる鬱陶しい密林を抜けるとそこには更なる平野が拡がっていた。何か人の叫ぶ声が聞こえて来る。

「行けぇー! 突き進めぇー! 総大将の首を取れぇー!」

 まるで戦国時代の合戦を思わせるようなこの大きな叫び声は一体何なのか。刀や槍が合わさる甲高い金属音まで響いて来る。だが真人は一向に動じる事なく晴れやかな眼差しで瞳を見つめ口を開く。

修羅道だな」

「そうよ、よく分かったわね、じゃあ行ってらしゃい」

 瞳はそっけない態度で立ち去った。それを一々気にする真人でも無かった。しかし今度は誰も迎えに来てくれてはいない。真人は取り合えず前に進み合戦の只中へ何の躊躇なく入って行った。

 馬に乗った一人の騎馬武者が颯爽と真人に近づき語り掛けて来た。

 「お前は何処の隊の者か?」

 真人は馬鹿正直に答えた。

「自分はこの町に送り込まれた余所者です、どちらの隊の兵隊でもありません」

 騎馬武者は少し笑いながら槍を突き付け、その鋭い尖端で真人の頬に一筋の傷を付けた。真人は槍先を素手で握り反抗的な態度を取った。

「いきなり何するんだ!」

 騎馬武者は槍を収め真人に一枚の手拭いを放ってこう答える。

「流石だな、お前か畜生道を突破して来たという男は、私は西軍の騎馬隊の一人、新崎聡だ、お前、俺に会ったのは正解だったな、もし東軍に奴等に会っていたなら直ぐ様殺されていただろう、よし付いて来い!」 

 真人はこの男に誘われるままに後を付いて行き、西軍の陣へと案内された。そこで総大将が真人の到来を待ってましたと言わんばかりに昂揚し優しい言葉を投げ掛ける。

「真人、よく来たな、わしこそが西軍の総大将、新崎将司だ、貴公にはこれからこの西軍の兵隊として戦って貰う、我らの勝利は確実なものだが少しでもそれに貢献出来たなら合格という事だ、分かったかな?」

 少し疑念を抱いた真人は質問をした。

「同じ新崎さんという事は貴方方は御兄弟なのですか?」

「そうだ、将司はわしの弟で西軍の副将だ、これに付いて行けばいくらでも手柄を上げる事が出来るじゃろうて、あーはっはっはっは~」

 真人はこの大将の余裕綽々な態度にも疑念を抱いていたのだった。

 

 

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 戦場には強い風が吹いて来た。これは嵐の前触れなのか、凄まじいまでの風は辺り一帯に吹きすさび戦場を丸ごと飲み込んでしまうぐらいの勢いがあった。その風に感化されるようにして敵軍の咆哮が怒号のように響き渡る。

 真人は新崎に指示され甲冑を身に纏い槍と刀をそれぞれ1本づつ渡された。実に鋭く研ぎ澄まされた刃だった。これで斬られれば生身の肉体などは一瞬にして咲く割かれてしまうだろう。触れるだけでも血が出そうだ。真人は新崎の後に付き従い戦場へ赴く。そこでは依然として烈しい合戦が行われていた。

「うりゃぁー!」

「ぐぅぅぅ......」 

 一人の兵隊が真人の目の前で斬り殺された。西軍の兵士だった。夥しい鮮血を拭き上げながら死んで行くその兵士の顔には何の志も感じられなかった。ただ自軍の勝利を夢見て死んで行ったのだろうか、そうとは思えない、寧ろ死に場所欲し、自ら死に急いだようにも見受けられる。次は東軍の兵士が。また次は西軍。真人は敵の刃を躱し防御に徹し、自らは決して攻撃しようとはしなかった。それを見た新崎が真人に檄を飛ばす。

「何やってるんだ真人! 倒すんだ! 敵を倒さないかぎりは何時まで経っても勝つ事は出来ないぞ! 早く攻撃しろ!」

 それでも真人は一向に攻撃に転じない。

 『春秋に義戦なし』とは言うが真人には大儀のない戦ほど虚しいものは無いと思われた。虚無感に駆られた真人は一旦退き、合戦を遠くから眺めていた。合戦は四分六で西軍の勝ちに思える。となれば後は東軍が腹を括り一気呵成に最期の勝負に打って出るか、或いはどちらかに寝返る者が出て来るか。

 真人はそのまま合戦を傍観し、互いの大将の行動を監視していた。

 

 風が止んだ。凪か。一羽の燕が合戦を斬るようにして天高く舞い上がった。その時西軍の右備えを勤めていた大将が軍を率いて敵軍の方へ静々と進んで行く様子が見えた。彼等には士気が全く感じられない。それどころか途中から旗を降ろし矛を収めるその姿は敵に降参しているようにも思える。

 真人は勇み立ち、彼等の方へ一目散に駆け出した。足が軽い、実に軽い、まるで野生の豹のような速さではないか。この速さは前回の畜生道で貰った力なのだが、まだ無くなってはいなかったのか。これは有難い限りだ。真人は一瞬にして彼等に追いつき、諫言を申し上げた。

「貴方達は寝返るつもりですね」

 大将は惚けるように真人の言を断ち切った。

「何を言ってるんだ、早く己が隊に戻らんか!」

「分かっているのですよ、私の諫めに従わない時は今ここで死んで貰います、新崎さんは私の意見を貴んでくれるでしょう」

「何を寝言を、お前何者だ? 昨日今日来たばかりの奴に何が分かるってんだ!」

 真人の諫めには従うつもりが全くない大将はそのまま軍を進ませようとした。その刹那、真人は刀を一閃、大将の首に強烈なダメージを与えた。兵士達はざわめき真人に襲い掛かる。

「何だ貴様はー!」

 真人は尚も動じる事なくその刃を首に突き刺したまま、もう片方の手で槍を構え兵士達を威嚇する。

「いいか、もし俺に襲い掛かったら大将の首は今直ぐ胴から離れる、それでもいいのなら掛かって来い」

 兵士達は躊躇いながらも矛を収め、真人の言に屈服した。真人も矛を収め大将の傷口にまた妙な術を施し出血を止めた。大将はその術に愕き真人に降参した。

「分かった、自軍へ戻るよ」

 それを訊いた真人は改めて策を施す。

「いや、貴方はこのまま敵軍へと進んで下さい、私も同行します、反間の計です」

 大将は真人の策にも降参した。

「お前は本当に何者なんだ? ただの兵士とはとても思えないが」

「そんな事どうだっていいじゃありませんか、さあ行きましょう」

 真人に感服した大将は素直に言う通りに行動するのだった。

 遙か彼方に聳える敵陣。突き進む真人の思惑はまた風を呼び覚ますのであった。

 

 

 

 

 

 

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