人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  十三話

 

 

 二人が舞い戻った夕暮れ時の湖には珍しく人だかりが出来ていた。霧が晴れているとはいえ、このような幻想的な場所に人が群がっている光景は何ともぎこちなく感じる。

 一体ここで何が始まるのだろう。真人はそう思いながらも敢えて訊こうとはしない。それは虎さんと口を利くのを怖れる、彼に対する嫌悪感は言うに及ばす、焦燥感に駆られた瞳の様子にも疑念を抱いていたからであった。

 つまりは真人は未だ腹を括り切れていなかったという事になる。そんな真人の不安も他所に湖畔に佇む群衆の一人が真人に声を掛けて来た。

「いよいよ始まりますね、虎さんが気まぐれで行う花火大会が」

 そう訊いた真人はなるほどとは思ったものの、何故気まぐれなのかという疑問も残る。花火というと一般的には夏を想定するものだが、この蜃気楼の町では季節がはっきりしない、無いといっても過言ではない。

 そんな中で気まぐれだけで行われる花火大会、それも真人が四悪道を突破して帰って来てから。これこそが新たなる試練の始まりなのだろうか。真人は釈然としない気持ちのままみんなと一緒に花火大会に興じるのであった。

『ヒューーー...........バンバンバンバンバンバンバン』

 綺麗な打ち上げ花火は日が暮れたと同時に鮮やかな色と音を表現しながら勇ましく舞い上がって行く。天に向かって伸びて行く一筋の閃光はまるで人々の夢を運んでくれているようにも見える。その素晴らしい花火に魅了された観衆達は歓喜の声を上げ拍手をする。

 この様子は元の世界とも全く同じもので、今まで陰鬱としていた真人でさえも胸が躍るような昂揚感に充たされ、その手は自ずと瞳の手を強く握り絞めていたのだった。瞳はそんな真人の心境を察しながら彼に合わせるようにわざと昂奮してみせていた。

 その後も花火は次々に打ち上げられ正に宴も酣(たけなわ)、虎さんは威勢の良い声を上げながら三尺玉に点火した。

『ヒューーー........バババババババン、バババババン!』  

 その花火が夜空に現した文字は『人』であった。そこでまた大勢の観衆が拍手大喝采する。それにしても文字が人とは。真人はここではっきりと自分がまだ人間道で真に合格認定を頂いていない事を悟るのであった。

 

 

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 この頃、修道院の司祭ルーナは虎さんの花火を見て感動し、うっとりとしながらも最期の試練に赴く真人を身の上を案じていた。そしてシスターレーテが司祭に部屋に入って来る。彼女の表情も何処となく曇っていた。

「おやレーテかい、虎さんの花火は何時見ても綺麗だね~」

「はい司祭様、私もそう思って眺めていました、ですが」

「何だい?」

「いや、司祭も感じられているとは思いますが、真人さんの事が心配で......」

 司祭は温めていたコーヒーを注いでくれた。ここの牧場で取れた牛乳を使ったそのミルクコーヒーは実に美味しかった。

「私もその事を気に掛けていたんですよ、でも彼はこれまで四つの、この天道を入れれば五つの試練を悉く突破して来た真の勇者です、レーテ、貴女も彼の事が好きだったようだね、私もです、だからこそ尚更彼には六つの道全てを突破し晴れ晴れとした顔でで元の世界に戻って貰いたいと思っています、そして瞳さんとも.......」

 レーテは驚愕し、その胸の高鳴りに任せて司祭に問う。

「司祭、貴女は!?」

「そうです、私はあの二人を結ばせてあげたいと思っています、こんな気持ちになったのは初めてです」

「ですが司祭、それではこの町の掟が!」

 司祭は尚も毅然とした態度で言葉を続けた。

「掟は掟、確かにそれを破る事は許されません、ですがその掟を作ったのも私達人間なら破るのも人間でこの掟とて完璧なものでもありません、それも真人が悪い事をして破る訳でもありません、彼はあくまでも己が信念に依って掟を破るのです、そしてその後彼等の手に依って新しい掟を作り上げて行くのです、私はそれを願っています」

 その言葉を訊いたレーテは既に涙していた。コーヒを飲んで気を落ち着かせてから口を開くレーテ。

「司祭にそこまでの決心があったとは思いもしてませんでした、分かりました、それなら私もあの二人を応援致します」

「いいのかい? 真人を瞳に取られても?」  

「私も確かに彼が好きでしたが、そこまで思いつめていた訳でもありません、それに相手が瞳さんなら何の心配もありませんし」

「そうかい、なら話は決まったね、私達も翳からあの二人を見守り、もしもの事があれば少しだけ力を貸してやろうではありませんか」

「そうですね」

 コーヒーを飲み干した二人は窓外に見える花火を見届けた後、就寝前の祈祷をして心安らかに床に就くのであった。

 

 湖では花火が終わり、大勢の観衆達は口々に賞賛の声を上げながら名残惜しむような面持ちで家路に向かう。そして湖に残ったのは花火師の虎泰と真人と瞳の三人だけだった。三人は一時口を利かないまま、花火の残像を眺めるように夜空に目を向けていた。

 虎さんは少し顔をしかめてまず瞳に語り掛けた。

「瞳よ、取り合えずはこの彼に謝りなさい」

 瞳は虎さんに命じられるままに謝った。

「ごめんなさい」

 真人は今更と思いながらも瞳の素直な態度に心を砕いた。それを確かめた虎さんは真人に語り掛ける。

「もう分かっておると思うが瞳はお前さんに嘘をついておった、こここそが人間道でここの番人はわしじゃよ、じゃからお前さんはまだここでは合格認定を授かってない事になる、そしてこの瞳が唯一手にしてない合格認定もここ人間道じゃ、じゃからこれからお前さんらは二人してこの道に挑んで貰う事になるのじゃが、覚悟はいいかな?」

 真人は満を持して返事をした。

「はい、覚悟は出来ています」

 瞳もそれに続く。

「わかりました」

 ここに来てようやく二人は決心したのだった。虎さんの言い方からは善道である人間道の方がよっぽど難しそうに感じる。それに挑む事自体が。

 虎さんは二人に最期の忠告をする。

「言っておくがこの人間道では今まで手に入れた力は一切使えないからな、それも覚悟しておくようにな」

 真人と瞳の二人は優しい口調ながらも厳しい言葉を投げ掛ける虎さんの姿を後目に、粛々と歩き出す。虎さんは何時もその手に携えていた釣り竿を伸ばし、湖に向かって一閃した。

「おりゃー! 行けーい若者達よ! 最後の試練に挑むのじゃー!」

 虎さんが放った術に依って湖は姿を消し去り、真人と瞳以外の全ての事象が跡形もなく消え失せてしまった。

 気が遠くなって行く。二人の眼前は一瞬真白になり不思議な空間に包まれた後、その一変した風景は姿を現すのであった。

 

 

 

 

 

 

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