人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  十六話

 

 

「覚えておけよっ!」

 捨て台詞を吐いて逃げるチンピラどもの姿は滑稽であった。結局二人がした事は連中を叩きのめしただけで食事の代金を払わせるまでには至らなかった。それより真人が気になった事は瞳の力だった。彼は正直に真正面からその事を訊く。

「今のは何だったんだ? お前そんなに強かったのか?」 

 瞳はまた溜め息をついてから少し暗鬱な表情で答える。

「そうよ、術を使ったのよ、一応格闘技もしてたんだけどね、あのままじゃ貴方が危ないと思って使ってしまったのよ」

「俺達の力は封じられてる筈じゃなかったのか?」

「貴方も鈍感ね、気付かなかったの? 貴方も力を使ったのよ」

 そう言われてみればそうだった。真人は軽く一人を叩きのめし、後の奴等にやられそうになたっとはいえ大した傷も負っていない。格闘技どころか喧嘩の経験も殆どない彼の何処にこんな力があったのか、そう考えると自ずと答えは出て来るような気もする。

「でも何故力が仕えたんだろ?」 

「私と寝たからよ」

 瞳は恥ずかしそうに答えた。だがその顔には何か諦めのようなものを感じないでもない。

「瞳の力は完全に封じ込まれてなかったって事?」 

「そうよ、最初から分かってたけど、虎さんとルーナは最低限の力を使えるように加減してくれてたのよ、もしもの時にね、でもそれはあくまでも護身用であって、実際に使ってしまった今となっては私はまたこの人間道の試練に不合格という事になるの、残念だけどこれでさよならよ」

「ちょっと待てよ、じゃあ俺も失格じゃないか!」

「貴方の事は私があの二人に頼み込んで許しを請うわ、だから心配しないで、それよりあの連中まだ油断出来ないわよ、それは肝に銘じておく事ね、私の分まで頑張ってね、じゃあね」

 瞳はそれを言い終えると颯爽と姿を消してしまった。真人んは凄まじい虚無感が襲って来る。この世界に来てまだたったの二日しか経ってないのにもうお別れなのか、早過ぎる。いくら試練とはいえ瞳とはもっともっと楽しい時間を過ごしたかった。それが何故こんなにも早く終わってしまうのだ。その上自分の事をそこまで気遣って消えてしまうなんてカッコつけ過ぎにも思える。

 彼女はもうあの町から出て行く気がないのだろうか。今回の事は負けてもともとだったとでも言うのか。すっかり気が抜けてしまった真人はその後静々と、肩を落として店へ帰って行くのだった。

 

 既に客も引いた店は少し落ち着いていた。店主は真人に労いの言葉を掛けて来た。

「ご苦労さん、よく追いかけてくれたね、さ、昼飯食べなさい」

 真人は一応の経緯を話した。すると店主は全く気にする様子もなく笑顔で接してくれる。

「うんうん、お金は仕方ないさ、それより君ももう無理はするなよ、いいから食べなさい、さあそこに坐って」

 真人はその言葉に甘えて厨房の片隅にある椅子に腰かけ店主が作ってくれた昼ごはんを食べた。一仕事終えた後の食事は美味しかった。

「ご馳走様でした」

 礼を言った真人に店主は訊いて来る。

「ところであのお姉さんは?」

 事の次第を自分なりに誤魔化して説明する真人。店主は大して疑う事もなく瞳の事はあっさり諦めた。

「じゃあその分も君に頑張って貰わないとね!」

 あくまでも朗らかに喋る店主は全く屈託のない人柄のようだ。真人はそんな店主が好きになり、ここで頑張って行く事を決心するのだった。

 

 

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 瞳はまた湖のある場所へ戻った。湖にはまた濃い霧が立ち込め、辺りを見渡す事は難しい。微かに聴こえるこの声は虫の鳴き声か。足元の草生は雨露に濡れて湿っている。その中から一匹のバッタが飛んで行く姿が見られた。

 元気良く飛び跳ねるそのバッタはこの町の者にしか訊き取れない声で鳴いている。その鳴き声は勇ましい姿とは裏腹に悲しげな雰囲気を漂わす。そして瞳を何処かへ誘うようにして飛んで行く。瞳はその後を追ってみる事にした。

 バッタはこの歩き難い石ころだらけのがたがた道を全く躓く事なく、何ら苦にする事なく飛んで行く。湖畔に佇む鬱蒼とした樹々の間を潜り抜け、十数分歩いた先にあったのは以前に真人を伴い訪れた神社であった。

 ここで一体何が待っているのだろう。鳥居を潜った瞳は境内で一人呆然と立ち尽くしていた。バッタはまだ飛んで行く。バッタがようやく足を停めた場所は真人がえらく魅了されていた榊の御神木の前だった。

 樹齢何千年であろうこの御神木は何時見ても威風堂々と聳え立ち、霊験あらたかなその姿は前に立つ者の心を溶かしてしまうような勢いさえある。瞳はこの木の前で真人の身の上を案じ、そして自分の行いを悔いていた。

 露に濡れたその木肌は冷たくも冴え冴えしく、尚更神秘的なオーラを漂わす。瞳は真人に真似てその木肌に優しく手を触れてみた。すると木は烈しい煙幕を放ち瞳を飲み込んでしまった。瞳は抗う事すら出来ずに木の内部へと包み込まれる。この中では一切の動きが封じられ、身体は微動だ出来ない。しかし心だけは生きていた。

 この時瞳には分かった。ここで真人が帰って来るまでの間、じっと待っていろという罰にも似た試練である事が。それを悟ったと理解した木は瞳に語り掛ける。

「もう分かっているとは思うが、ここで全てを見極めるのじゃ、彼の行動、彼の思い、その業の全てを、それを真に理解し、己がものとする事が出来れば其方も人間道に合格する事が出来るじゃろう、分かったな~」

 瞳には最期の我が物とするという意味だけは分からなかった。見極める事は出来ようがそれを我が物にするとは一体どういう事なのか。とにかく真人の行動を見守るしか道は無い。瞳はそれに専念するべく徐に瞼を閉じ瞑想を始めるのであった。

 

 夕方になり街はまた忙しい様相を呈して来る。店にも仕事帰りの客がやって来る。休憩を終えた真人はまた汗を垂らしながら仕事に没頭する。

「いらっしゃいませー」

 店員の快活な声が店に響き渡り注文を訊いた厨房の店主達は活気良く、また真剣に料理を作り始める。

「真人ー、メシの用意だ!」

「はい!」

 元気よくはきはきした声で返事をする真人。皿にご飯を注ぎ、少量の漬物を添えカウンターへ出す。そしてラーメンや空揚げ、その他の料理が次々に出される。正に中華は時間との勝負であった。

 それを美味しそうに食べてくれる客達の顔色こそが店の者達の喜びであもある。その後も引っ切り無しに店を訪れるお客さん達。店で酒を飲む客もいれば、飲んだ後のシメで店を訪れる客もいる。忙しい時間帯は夜半まで続き、真人は日付が変わった頃に帰途に着いたのだった。

 

 もうホテルに泊まる訳にも行かない。真人は取り合えずまだ言っていなかっ礼を言いたくて倉科さんのテントを訪れた。

 この夜も公園では噴水の音以外に聴こえて来るものは大して何も感じられない。薄曇りだった所為か月も姿を現さず、風も吹いていない。街燈の薄明りを除けば数か所あるテントの中の灯りだけが公園では目に付くだけだ。

 真人は倉科さんのテントに足を進める。灯りが着いているという事は彼は中に居る筈だ。だが真人がそこで目にした光景は実に凄惨で、惨たらしい、怒髪天に達するような想定外の光景であった。

 真人は発狂し凄まじい叫び声を上げた。

「うぉぉぉーーー!」

 その声は天をも突くような烈しい叫び声だった。それに感化された他のホームレス達までもが真人の下に集まって来る。真人は彼等を相手する事もなくただ烈しく憤っていた。自分がもう少し早くここに来ていたならこんな事には。

 真人は倉科さんの遺体を前に誓うのであった。是が非でも報復すると。

 深夜の公園には未だ噴水の美しい水の流れと音だけが、まるで辺りを静観するように粛々と続いているのであった。

 

 

 

 

 

 

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