人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  十七話

 

 

 真人の叫び声に愕いた誰かが通報したのだろうか。夜半の公園には大勢の警察官が駆け付け、辺りは騒然とした様相を呈して来る。真人も目撃者として聴取を受けた。そんな中、警察達は口々に言う事があった。

「倉科の英さんとうとう仏さんになっちまったか」

「あれだけまともな所で生活するよう言われてたのにな~」

「何でこんな所でホームレスなんかやってたんだか」

 これらの事は当然真人も訝しんでいた。あの容姿、話し方、ホテルオーナーの兄である事等、何処から見ても落ちぶれたホームレスには見えない。それが何故。こんな生活を好んでしていたとすればその理由は何なのだろうか。何れにしても倉科さんにはもっともっと話したい事があった。それなのに.......。

 真人は警察に心当たりがあると話した。しかし警察は軽くあしらうように訊き流すだけだった。公園に居た他のホームレスが真人に近づき自分のテントへと誘う。この男は倉科さんとは打って変わってホームレス丸出しの容姿をしていた。

「俺も英さんには返し切れないぐらい世話になってたんだ、この電気だって英さんの計らいでホテルから引っ張ってくれたんだよ、お陰で俺達はいい暮らしが出来ていたんだ、ほんと英さんには頭が上がらなかったよ、だから犯人は絶体に許せない」

 真人には改めて倉科さんの為人が分かるような気がした。

「それは自分も同じです、でも倉科さんはどうしてこんな生活をしていたんですか? それだけは理解出来ないんですが」

 男はお茶を一杯出してくれた。

「ま、これでも飲んで落ち着いてくれ、あの人は余り多くは語らない人だったんだが恐らくは金金金の世の中に嫌気が差していたんじゃないかな、英さんは元々大企業の社長だったんだよ、それを弟の守さんに全部譲ってここでのんびり隠居生活をしてたって訳さ、ここで生活し始めた当初は会社の役員みたいな人が毎日来てたよ、その時点で只者ではないと思ってたんだけどね」

「なるほど、そうでしたか、それは分かるような気もします」 

「だけど兄さん、変な事は考えなさんなよ、そんな事しても英さんは絶体に喜びはしないんだから」

 こういう事は真人も分かっていた。だが警察が何をしてくれるというのだ、形式だった捜査に形式だった裁判が行われ、そこで甘い判決が下りるのは言うまでもない。世間でもこの男のような事を口にする人は多いように思われる。だが人の真意など分かるものだろうか、不条理な死に方をした人が本当にそう思っているのだろうか。中にはいるかもしれないが、仇を取って欲しいと思っている人も多いのではなかろうか。

 真人は大いに悩に葛藤した。でもそれを自分に当て嵌めた場合、やはり仇を取るという気持ちの方が大きい。真人の腹は七三で報復の方に傾いていたのだった。

 

 真人は男のテントで一夜を明かした。ここにも冷蔵庫があり食料の貯えは十分だった。真人は朝食まで馳走になり礼を言って外へ出た。この日は少し薄曇りで強い陽射しがない分いくらか涼しさを感じる。公園では鳩に餌をやる人や朝の散歩、或いはジョギングをして汗を流す人達がいた。そして倉科さんのテントの周りには黄色いテープが張られ立ち入り禁止になった殺人現場にはまだ数人の警察官がいた。

 真人は余り気が乗らなかったが一応仕事に赴いた。道行く人々は誰を見てもまるで事件の事になど無関心で、相変わらずロボットのような仕種でただ先を急ぐだけのように見える。それはある意味当たり前の事かもしれないが、それを是とするならば、こういう光景を良しとしない真人のような性格の人間は非とされてしまうのだろうか。

 今回の事件に関わった真人の個人的な想いを踏まえた上でもその答えは見出せないのであった。

 店に着いた真人には朝の仕込みの手伝いが待っていた。ラーメンのスープ作り、焼き豚の漬け込み、餃子の皮巻き、ご飯炊き等その一つ一つを丁寧に教わり真剣に見習う真人。仕事には身が入らないと思われた真人であったが、いざ実際に仕事をし出すと自然と暗い想いは消え去って行くのが自分でも感じられるのだった。

 

 

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 御神木に囚われていた瞳は以前真人の行動を見守っていた。この瞳とて思いは真人と同じだった。無論諫めたい気持ちもあるにはあるが、倉科さんにあれだけ世話になったという思いは何にも代えられない。これでも報復する事を良しとしないのであれば人間道とは一体何なのだろうか。その身を縛られながらも未だ思い悩む瞳であった。

 真人を見守っていたのは瞳ばかりでもない。司祭ルーナと花火師の虎泰は瞳以上の強い思いで真人の行動を監視し続けていた。この男にしてこの女とでも言うべきか。二人の思いは同じなれどその厳密な意見には些かの差異があった。

「ルーナさんよ、いよいよ最大の試練が来ましたな~」

「そうですね、問題はこれからですけれど」

 二人は神妙な面持ちを現しながらも、その様子には何処か平然としたものも感じる。これはただ余裕をカマしているだけなのだろうか、それとも真人に懸けているのか。

 そんな二人の間にシスターレーテが入って来た。彼女は相変わらずの朗らかな表情を浮かべながら質素な佇まいで飲みのもを携えてゆっくりと歩いて来る。

「虎さん、司祭、お疲れ様です、どうぞお茶でもお飲みになって下さいまし」

 二人はそのお茶を美味しそうに、有難くちびちびと頂く。三人の前には二羽の紋白蝶が戯れるように愛らしく飛んでいる姿が微笑ましく映る。それを見たレーテは思い付いた事をあるがままに正直に口にした。

「この蝶々まるで真人さんと瞳さんみたいですね、そう思いませんか?」

 レーテの言はこの二人の長老をも動じさせた。二人は暫く黙ったまま物思いに耽っていた。そして虎さんが初めに口を開く。

「いい例えじゃな、でも甘えさせてはいかんぞ、あの二人には重大な最期の試練なんじゃ、ここで道を間違えると真人もこの町からは出て行けなくなるんじゃ、ここが正念場なんじゃよ」

 司祭は少々反発して見せる。

「確かに虎さんの言う事にも一理はありますが、余り厳しくするだけでも良い結果が出るとも思えませんわ、この蝶のように二人して明るく飛んでいて欲しいのもですわ」

 これ以上喋る事を憚られたレーテは静々と立ち去って行く。

 大袈裟な言い方ではあるが、この二人の男と女を男神と女神と仮定するならば、この時の二人の気持ちの多少のズレはどう理解するべきなのだろうか。一概には言えないとしても世間一般では男は厳しく、女は優しいと考えても言い過ぎではないようにも思える。だとすれば尚更この二者の思惑はやはり男女の気性、気質の違いから生ずるものなのか。今こそ二人は手に手を取って力を合わせる時だったのだ。それがレーテの思わぬ発言、否蝶の出現に依って時期を逸してしまったのだ。

 二人はその後何も口にせず姿を消して行く。二羽の蝶は未だ可憐に飛び回っていた。

 

 忙しい昼をやり終えた真人は休憩かたがた店主に訊いてみた。

「店長、この前無銭飲食で逃げた奴等、たまに来ていたんですか?」

 店主は珍しく難しい顔つきになって真人に答える。

「何が訊きたいんだ? あいつらは元々うちの常連だよ」

 この一言で真人は戦慄した。奴等が常連? それでいながらその愚行をまるで他所事のように見過ごしていたこの店主は一体何を考えているのか。もし自分の勘通りなら奴等は人殺しまでしたのだ。その事件は店主の耳にも入って来ている筈だ。それなのに未だこうして自分の事を疑うような発言をする店主の思惑は何を意味するのか。

 真人はもう何もかも分からなくなり疑心暗鬼に陥ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

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