人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  十八話

 

 

 信じていた、尊敬していた人にさえも裏切られる。確かに長い人生に於いては無い話でも無い。でも見聞きした事はあってもいざそれが自分自身に降りかかって来た場合、人はどういう心境になるのだろうか。

 今回の事件の犯人は恐らくあいつらだ。悪い勘ほど当たるものだ。そう信じて疑わなかった真人にはもはやこの店主ですら憎らしく思えて来るのだった。

 真人は一応夜まで頑張って仕事をやり通した。帰る時にまた一つ訊いてみる。

「店長、あの連中、この近くに住んでいるんですかね?」

 店主は少し眉を顰めて答える。

「家までは知らないけど、どうせそうだろうよ、でも何でそこまで気になるんだ? もうこの前の事はいいぞ」

 尚も真人は続ける。

「店長、もしあの連中が犯罪者、それも重罪を犯したとすればどう思いますか?」 

「何の話か分からないけど、もしそうであっても俺には何の関係も無いよ、確かにあいつらがうちで無銭飲食をした事は過去にもあった、でもたいていはちゃんと金を払っていたんだ、だからこれから更正してちゃんとした大人になってくれればそれでいいだけさ、違うか?」

 やはりそうだった。生真面目な真人にはこの店主のこういう考え方自体が許せなかった。この人は恐らくあの連中が殺人犯であったとしても大して愕かないだろう。それは一見大らかで寛容にも見えるかもしれないが、一人の大人としての精神的、道徳的な意味な観点からは無責任であるようにも思えないでもない。

 それが常連であるほどの仲であれば尚更だ。真人と瞳が一生懸命に追いかけていたあの時もそうだった。この店主は何故こうまで物事を静観、いや傍観出来るのだろうか。

 真人は短気を起こし店を辞める事を告げて帰って行った。店主は引き留めたが彼は全く訊く耳を持たなかった。

 

 たった二日であったが店主は断る真人に強引に給料を渡した。それを持って帰る途中、真人はまだ気が収まらない感じだった。

 公園に戻った真人は一時、噴水の前に坐り込んで物思いに耽っていた。確かに今まで経験した四悪道とは全然違う。何が違うのかはよく分からないが、一筋縄では行かないこの人間道の世知辛く荒んだ雰囲気自体がどう考えても性に合わないといった所だろうか。

 それは取りも直さず真人が人間に向いてない事にも成りかねない。しかしこういった真人の錯綜する想いすら無くしてしまった時、その時こそ人は人で無くなってしまうのではなかろうか。真人はあくまでも自分の正直な感性で生きて行きたかったのだ。それは初めてこの町に足を踏み入れた時、虎さんから念を押された事でもある。

 今こそその正直な気持ちのままに立ち振る舞う時が来たのではあるまいか。真人はふとそんな衝動に駆られた。そんな事ばかり考えていると自ずと胸が高鳴って来るのが分かる。

 現場である倉科さんのテントの周りにはまだテープが張られていたが、もう警察は一人も居ない。昼間はどうだったのだろうか、警察はちゃんと捜査しているのだろうか。

 日付も変わり閑散とした夜の公園には、この日も噴水の音だけが辺りに優しく谺(こだま)す。虫や鳥達ももう眠ってしまったのか。空は暗く僅かな街燈だけではこの広い公園を明るく照らし出す事は出来ない。正に闇が真人を襲って来る。

 その闇は自分の殻に閉じ籠った、今の閉鎖的な真人の心の奥深くにまで浸透して来る勢いだ。だがそれを敢えて取り払う事をしないどころか寧ろ、甘んじて闇にその身を窶そうとする真人。もはや今の彼には自然の理までもが味方しているようにさえ思える。たとえそれが誤った道、心の瑕疵であったとしても。

 

 

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 真人の標的は意外にも向こうから姿を現した。それはこの闇に塗れて静々と、物音を消し去るような実に怪しい襲来であった。

 昨日泊まったテントの男が偶然出て来て叫んだ。

「逃げろー!」 

 

 真人の行動を見守っていた司祭ルーナとシスターレーテはこの日も二人で会っていた。司祭は満を持して口を開く。

「いよいよこの時が来たみたいだね~」

 レーテも少し取り乱すように訊いていた。

「では司祭!」

「そうです、私は真人さんに力を貸します、たとえ虎さんに咎められようともね」

「是非ともそうな成すって下さい!」

「貴女も相変わらずだね~、あの子だけは絶体に死なせはしないよ、よし、貴女も力を貸しておくれ、行くよー!」

 二人は目を閉じ何か念力のようなものを送り出した。

 

 真人が男の叫び声に反応した瞬間、闇に一閃の光が差し込み、その身体には一筋の深い傷が付けられた。

「ぐあぁぁぁ~」

 真人は血に染まる腕を庇いながらも攻撃に転じる。相手は三人か四人かはっきり分からない。敵も次々に攻撃を繰り出す。一つの刃を躱し、その者を叩きのめしたと同時に次の刃が真人を襲う。それも同じようにして相手をしている内に敵は一段となって襲い掛かって来た。

 これでは躱いようも無い。真人は取り合えず敵に後ろを見せ必死に逃げようとしたが、その行く手にも敵が居た。一体何人いるんだ、もはや万事休するか。真人は観念し死を覚悟した。

 その時、真人の身体の傷はみるみるうちに消え失せ、力が漲って来るのが自分でも感じ取られる。その刹那真人は敵の二人を一瞬にして葬った。何だこの力は、まるで鬼のような強さではないか。その後も真人は敵を次から次に叩きのめし、あっという間に全員を倒した。

 ざっと十人は居たのか。これほどの男達が真人の事を恨んでいたとは想定外ではあった。その中の見覚えのある男に訊く。

「お前らだな、倉科さんを殺ったのは? あー!」

 男は観念したものの、まだ真人を嘲るような薄笑いをしながら答えた。

「あーそうだよ、あのおっさんも不運だったな~、お前なんかと仲良くなってしまってよ、けっけっけ」

 真人はその男を更に殴り、蹴り上げて胸倉を掴んで罵倒する。

「何で俺からやらなかったんだ! 何であの人を殺したんだ!」

「只の遊びだろ、お前にはムカちてたけどさ、何ムキになってんだって」

「お前みたいな奴を腐れ外道って言うんだよ」 

 その後真人はこの男にとどめを刺し、完全に葬った。

 そうこうしている内に他の連中達は逃亡していた。真っ赤に染まる血の海を眺めながらも真人は後悔はしなかった。たとえこれで人間道で合格出来なかったとしても悔いは無い。寧ろこのまま死んでも構わない。その覚悟は何があろうとも動かぬ。そう決心した真人は連中が落として行ったナイフを手に取り自分の腹を刺そうとした。その時また不思議な声が何処からともなく聴こえて来る。

「真人よ、貴方はまだ死ぬ時ではありません、取り合えずこっちに帰って来なさい」

 真人はその声に導かれるようにしてその場から姿を消した。

 

 目を開けるとそこはやはり湖のある場所であった。この時も以前として濃い霧が立ち込めている。辺りには人の気配が全く無い。そこでまたまた何者かの声が聴こえる。

「湖に身を沈めなさい、そこで反省するのです、その後の行動は貴方に任せます」

 真人は言われるままに湖に入って行った。底なしと言われるこの湖。この中で一体何を反省しろと言うのか。身体は自然と湖の奥深くに沈んで行く。息が出来ない。このまま死んでしまうのか。

 別にそれでも良いと思った真人はそのまま何ら抗う事なく、無心になって沈んで行くのであった。

 

 

 

 

 

 

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