人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  一話

 

 

 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。

「じゃあまた明日~、さようなら~」 

 生徒達にとって終業のチャイムほど嬉しいものはなかった。部活動や習い事に勉強、交友やデート、アルバイトや娯楽等。気の赴くままに行動出来る放課後は正に自由を感じるひと時であった。

 英昭はこの自由を殊更喜んでいた。自分の趣味に興じる事が出来るからだ。

「おい英昭、今日も行くのか?」

「ああ、サクっと一儲けして来るぜ!」

 そう答えた英昭は軽い足取りで颯爽と下校し、一旦家に帰り私服に着替えてから戦地へと赴く。この頃はまだ地元の商店街には数多くの店が軒を連ねていた。その中で英昭がよく通っていた店は三軒あったのだが、今日行く店は既に決めてあった。

 パーラーミナト。英昭がこの店を選んだ理由は三つあった。一つ目は最近調子が良い、他の店と比べても比較的相性が良い事。二つ目は18歳未満であってもこの店では未だ追い出された経験が無いという事。三つ目は好みの女性店員が居た事。

 この中で特に注目すべきは当然一つ目であり、それは勝負をする上では欠かせない要素でもある。英昭は堂々と表の入り口から入り、店内を端から端まで入念にチェックして行く。パチンコはセブン機デジパチ、フィーバー機)、権利物、普通機(ハネモノ)、平台(チューリップ台)。スロットは二号機、三号機のAタイプ(ノーマル)が主流であった。

 資金の少ない客に有利なのはパチンコの平台なのだが、これは余りにも地味でたとえ儲けた所で利益は薄い。英昭はそのワンランク上の普通機を打つ事が専らであった。

 英昭は店の一番端に位置する普通機のシマに入り、一応釘を読み台に着席する。資金は僅か3000円。これで勝とうとする事自体が烏滸がましいようにも思えるのだが当時のパチンコ、それも普通機では十分な資金でもあった。

 椅子に坐り台間にある玉貸しサンドに両替して来た5百円を入れ、ハンドルを回し遊戯を始める。この日は最初の5百円でいきなりV入賞して見事15Rを当て、パンクする事無くラウンドを消化し1000発程度の出玉を得る事が出来た。

 勿論この程度で勝利を確信する英昭でもない。彼はその後も遊戯を続け、難なく4000発終了を成し遂げる事が出来た。この間僅か1時間足らずであった。

 終了制だったのでその出玉の詰まったドル箱を自分でジェットカウンターへ持って行き計量してカウンターの店員に渡して景品メダルを貰う。景品といっても物に興味が無い英昭は何時も現金に換えていた。

 

 今日はこれで帰ろうとも思ったが、まだ時間があったので英昭はもう一勝負する事にした。さっき交換した1万円を元手に次はセブン機に挑む。確率的にはリスクの多い機種ではあったが、ツキがある内は一気呵成に勝負に出る事も戦の常道ではある。その想いは自ずと英昭の気持ちをを昂奮させ、ハンドルを握る手にも力が入る。

 その想いが通じたのか英昭はまたまたオスイチ(坐って一番)に大当たりを引き当てる事が出来た。普通機とは違い一気に出玉が増える。引き当てた数字は4のぞろ目で本来なら1回交換しないとダメなのだが、時間は夕方6時過ぎでその時間内はノーパンク(持ち球遊戯で続行可能)なイブニングというイベントがあり、英昭は遊戯を続けた。

 するとその後は連チャンを繰り返し持ち玉はみるみる内に増え、あっという間にドル箱は7杯になっていた。これは英昭にとってもあ初めての経験で、余りの出玉に愕いた彼は連チャンが終わった後直ぐに遊戯を辞め、交換する事にした。

 その数約18000発、当時の交換率で約4万数千円の金を手にする事が出来た。上々の結果である。普通機の儲けと併せて優に5万円以上のプラス収支になった英昭は悠々と帰宅の途に就く。

 この帰り道で事件は起きるのであった。

 

  

f:id:SAGA135:20210224184412j:plain

 

 

 9月下旬のこの頃はまだ夏の残り香もあり、昼間は汗をかくほどの暑さを感じる。でも夕方以降になるとその暑さも自然と消え去り、少々肌寒く感じる気候は淋しさまでをも漂わす。

 店を出て颯爽と自転車に乗り走り出す英昭。その道中で後ろから何か音が聞こえて来る。思わず後ろを振り返ると物々しい奴等が変な声を上げながら闇に紛れて近づいて来る。連中は英昭の前に立ちはだかり厳つい表情で声を掛けて来た。

「おいおい、このまま帰るつもりなのかおい、それは頂けないな~」

 数人の男達に囲まれた英昭ではあったが馬鹿正直に相手をする。

「誰だよお前ら」

 連中は月に照らされた青白い顔を見せながら英昭にカマシを入れる。

「何惚けてんだよ、上がりを出せって言ってんだよ、鈍い奴だな~」

 英昭はカツアゲをしようとする連中のリーダー格の一人をぶん殴り全速力で逃げた。烈しく激高して追いかけて来る連中であったがその足取りは遅い。その理由として考えられる事はシンナー(トルエン)を吸っている影響が専らであるようにも思える。

 何とか逃げ遂せた英昭は取り合えず一息つく事が出来た。途中で煙草を一服して気持ちを落ち着かせる。だが家の傍まで辿り着いた頃、英昭の気持ちは何故か安心よりも不安の方が勝っていたのだった。

 

「ただいま~」 

 まるで何事も無かったように家に帰って来た英昭に対し、母は怪訝そうな顔つきでこう訊いて来た。

「英昭、あんた毎日何処へ行ってるの? 部活動もアルバイトもしてないあんたがこんなに遅くに帰って来るのはおかしいでしょ、正直に白状なさい!」

 母のこの問いは何時もの事であった。でも正直に言える筈もない英昭は軽い冗談を言って誤魔化す。

「別に悪い事なんてしてないって、一応俺にも彼女が出来たんだよ、もう高校二年生だし、全然不思議でもないだろ?」

 これを訊いた上でもまだ疑いの目を向ける母ではあったが、英昭の明るい表情は悪い意味で一時的に母を安心させる力があった事も事実だった。

「なるほどね、じゃあ今度その彼女を連れて来なさい、そうすれば信じてあげるから」

「分かったよ、楽しみにしてなよ」 

 そう言って自室に向かう英昭。階段を上るその足音は心なしか重く感じられるのであった。

 

 部屋に入った英昭は真っ先に財布を手に取り中身を確認する。今日の稼ぎであるこの5万余りの金をどう使うべきか。母に渡せばそれこそ一大事に発展する。でもこれといって欲しいものも無い。ならば出て来る答えは自ずと次の勝負と決まって来る。

 しかしさっきの事もある。暫くは大人しくしていた方が賢明であろう。そう感じた彼は一時ギャンブルを自重し、母と約束したように彼女を作る事に専念する。だが現時点では大した策は無かった。異性と付き合う事など中学生の頃ほんの一時経験しただけの取るに足りない、恋と呼ぶのも憚られるほどの浅い経験だった。

 となると友人に意見を求めようとする彼の思惑は自然の理ではなかろうか。英昭は一番親しくしていた義正に電話をする。保育所からの付き合いであった義正は二つ返事でこれから会おうと言ってくれた。

 急いで夕食を済ませ待ち合わせ場所にしていた近所の公園に赴く英昭。

 公園で顔を合わせた義正は意外な事を告げるのだった。彼の放った言葉は英昭をも驚愕させ、肌寒かった外の様子は更に冷たく彼等の身体に浸透して来る。

 地面に堕ちた一片の紅葉は風に舞い、人家に見える部屋灯りと微かに聴こえる人の声は僅かながらも二人を憂愁の境地へと誘う。

 藤原英昭、高校二年生、17歳。彼の狂った人生は今正に産声を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村