人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  三話

 

 

 棚から牡丹餅とでも言おうか。思いもしなかったさゆりとの出会いは最近の英昭にとっては大袈裟な言い方をすると、ギャンブルで勝った時以外で初めて経験する喜びであったようにも感じる。やはり幸運というものは掴もうとして掴めるものではなく、意図せずに舞い込んで来るものなのだろうか。

 これはギャンブルに於いても同じ事が言える訳なのだが、それとこれを一緒にしてしまうのは少々軽率でさゆりに対しても非礼に値するようにも思える。公園を出て駅で別れた二人はそれぞれの想いを胸に帰途に着くのであった。

 家に帰った英昭は何時ものように母が作ってくれた夕食を食べる。この時母は息子のそわそわする様子を見逃さなかった。

「英昭、あんた何かいい事でもあったの? 何だか落ち着かないみたいだけど」

 女手一つで育てて来た母にとって、我が子の心境を見透かす事ぐらいは朝飯前だったのか。それに対し心中を悟らせまいとする子供の気持ちも滑稽ながらも健気にも見える。英昭は素知らぬ顔で答える。

「別に、何も変わりなんてないよ」

「ふ~ん......」

「何だよ?」

「別に」

 英昭は少し急いで食事を済ませそそくさと部屋に上がって行った。時間は午後8時。これから勝負に行く気にもならないしそこまで焦る必要もない。前の一件もあるから暫くはあの店にも行かない方が良いだろう。でも博打好きの本性はそう簡単に変わるものでも無い。英昭は財布を手に取り中身を改め十分な金額がある事を確認し、この使い道を思案し出した。

 今日見た真っ赤な夕焼けに心を熱くした英昭はなかなか眠りに就く事が出来なかった。そんな中でようやく浅い眠りに就けた英昭は或る夢を観るのだった。

 

 今朝は少し薄曇りだった。晩の内に一雨降っていたのかアスファルトの地面は黒く、湿って見える樹々の葉から垂れ落ちる雫は優しく雨の風情を漂わす。天気予報になど興味が無く、傘を持つのも嫌いであった英昭はそのまま家を出て学校に向かう。

 道中では晴れる気配を感じない空模様を感じながらも意気揚々と歩く英昭。彼の足を前に進ませる要素は他ならぬさゆりとの恋路と、昨晩観た夢であった。

 学校に着き教室に入るとさゆりの姿を探す英昭。彼女は何時ものように大人しく自分の席に坐り、教科書やノートを眺めながら誰とも話をしていなかった。その様子を確かめた英昭は取り合えず安心した。彼女の性格はだいたい理解していたものの、女は基本的に喋るのが好きだという定説を真に受けていた彼は、些かながらも二人の間柄を悟られる事を怖れていた。

 しかしそんな事ぐらいで一々動じている英昭も所詮は狭量で、逆説的に考えると油断を生じる事にも成りかねない。物事は成るようにしか成らないものかもしれないが、これを恋愛とギャンブルに当て嵌めるとどういう事になるだろう。

 いくら運次第とはいえ博打に於いては冷静さを欠けばそれは即負けに繋がる。無論恋愛とて同じ事で相手の気持ちを考えずに勝手な振る舞いに出れば忽ちにしてその恋は御破算になってしまうだろう。何れも一概には言えないが、殊さゆりのような大人しく聡明な女性と付き合って行く上ではそれなりの慎重さが求められる事は言うまでもない。

 英昭は今日一日の授業を終えるまでは敢えてさゆりに声を掛けずに、まるでさゆりを真似するようにひたすら大人しくしていたのだった。

 

 

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 英昭にとって今日ほど時間が長く感じられる日は無かった。ようやく6時間目を終えた後、徐にさゆりに近づいて行く英昭。今の彼の心境はただ会って真正面から顔を見たい、少しでも話がしたいといった実に子供じみた、幼くも純朴な気持ちであった。

 校門を出てから直ぐの所でなるべく人目を避けて声を掛ける英昭。

「さゆりちゃん」

 この声に反応した彼女は恰も英昭が声を掛けて来る事を予知していたかのように、優しい笑顔で振り向くのであった。その様子は慎重を期していた英昭の上を行く大人の姿にも見える。

「あら英昭君、久しぶりね」

 英昭は愛想笑いをしながら答えた。

「昨日会ったばかりじゃん、ま、今日は初めて口を利いた訳だし或る意味久しぶりかもな」

 さゆりもまた英昭に対し愛想笑いをしながら歩く。二人の足は自ずと昨日訪れた公園に向かっていた。そこで改めて話を始める二人。まず最初にさゆりが口を開く。

「雨降らなくて良かったわね」

「そうだな、ま、俺は雨も嫌いではないけど」

 この瞬間さゆりは少し動じて、目を大きく見開いて答えるのだった。

「私と同じなのね、私も雨は好きなの、何故なのかは自分でも分からないけど」

「なるほど、確かにさゆりには雨が似合ってるかも」

「それどういう意味よ!?」

「他意はないよ、俺も理屈抜きにそう感じただけだよ、そんなに恐い顔するなって」

「別に怒ってもないけどね」

 その後英昭は何も言わずにさゆりの頬に軽く口づけをする。少し切なく思えるこの光景は秋の樹々達に共鳴し、それを感じた樹々もまた二人に対し最良の空間を演出してくれる。二人はベンチに腰掛けたまま長話に興じるのであった。

 

 互いに唇を離した二人は少し遠くを眺め秋の情緒を感じていた。

「さゆり」

「何?」

「実は昨晩夢を観たんだ」

「どんな?」

「懐かしい景色が出て来たんだよ、俺がまだ幼い4、5歳の頃かな、場所は競馬場なんだけど実に綺麗な公園、或いは遊園地かな、そこで家族揃って仲良く語らっているんだ、早くに父親を亡くした俺としては大袈裟な言い方だけど神話の時代とも言える思い出だよ、思う存分語らい弁当を食べ綺麗な景色を眺めるその光景は我ながらも一つの美しいパノラマであったと思う、そこで思ったんだ、今度その競馬場に二人で行こう! ダメか?」

 さゆりは少し考えていた。聡明な彼女が思案に暮れるのは大しておかしくも無い。さゆりは徐に顔を上げこう答えて来た。

「競馬場ね~、貴方賭け事が好きなの?」

「嫌いではないけどさ」

「一つだけ約束してくれない? 行くのはいいけど一切賭け事はしないと」

「分かった、お安い御用さ!」

「ふん」

 また愛想笑いをするさゆり。公園を発った二人は昨日と同じように駅で別れ帰途に着く。家に帰った英昭を待つ母は洗濯物を畳みながら喋り出す。

「あんた最近早いじゃない、いい加減部活動でもしたら?」

「今更遅いよ、アルバイトは考えてるけどさ」

「どんなバイトよ?」

「まだそこまでは考えてないよ、取り合えずは新聞配達でもするかな」

「いいじゃない」

「そうだろ? 俺もそろそろ親孝行しないといけないしな」

 この言に感動した母は涙腺を緩ませながらも或る忠告をするのだった。

「それは有難い話だけど、くれぐれも言っておくけど賭け事だけはしないでね、これは固い約束よ、分かったわね!」

 英昭は戦慄した。母の思いがけないこの言葉は図らずも英昭の行いを見透かしていたようにも感じられる。後ろめたさを感じた英昭は思わず母と目を反らし自室に戻る。そして昨日の夢を辿るべく幼い頃の淡い経験を思い出す。それは目を覆いたくなるような余りにも怖ろしい、哀しい、そして儚い思い出であった。

 

 

 

 

 

 

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