人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  五話

 

 

 二日後のデート当日は薄曇りながらも雨が降る気配は余り感じられない。英昭は何時ものように傘を持たずに家を出る。すると後ろから母が声を掛けて来た。

「一応傘持って行ったら? 何時降って来るか分からないわよ」

「いいんだって」

 母の忠告に耳を傾けなかった英昭は意気揚々と出発する。性格も然る事ながらこれも根拠のない自信という若者の特権なのだろうか。今の英昭には怖いものなど何一つ無かったようにも思えるのだった。

 二駅電車に乗り何時も二人が学校帰りに分かれている駅のホームでさゆりを待つ英昭。気が逸る彼の心情はまるで遠足に出掛ける幼稚園児のような幼さを漂わせる。時計を何回も見直し、時間を確かめる。約束の時間からは既に15分が過ぎていた。さゆりは時間にルーズな女性ではない、まさかドタキャンされたのか? 焦燥感に駆られた英昭はある事ない事想いを巡らし、その行き先は悪い方にばかり向かう。

 人の心理とはつくづく不思議なものでこういう時に良い方に考えられる者などいるのだろうか、そこまで懐の深い、器の大きい人間になれるのならそれに越した事はないのだが。

 20分が経った頃痺れを切らした英昭は思い切って電話をしようとした。一旦改札を出て駅構内で公衆電話を探そうと思った英昭。彼が動き出した瞬間、何処からともなく声がする。

「何慌ててんのよ、こっちよ」

 振り返るとさゆりが落ち着いた面持ちでこちらを見ていた。愕いた英昭は少しむっとした表情で答えた。

「何だよ、居たのか、君も人が悪いな~、何時からそこに居たんだ?」

「私、貴方より前に来てたのよ、そこの椅子に坐ってたんだけど、貴方は一向に私の方に目を向けなかったわね、おかしいんじゃない?」

 灯台下暗しとはこの事か。英昭は全く気付かなかった。確かに椅子があるならそこに坐っていてもおかしくはない。何故それに気付かなかったのかさっぱり分からない。怪訝そうな顔つきをしていた英昭にあゆりは追い打ちを掛けるように言葉を続けた。

「貴方、傘も持ってないじゃない、この天気なら何時雨が降ってもおかしくはないわよ、油断が多過ぎるんじゃない?」

 さゆりは初めてのデートだというのに何故ここまで責めて来るのだろうか。やはり英昭のギャンブル好きな性格を憂慮しての事なのだろうか。だがこれしきの事で一々気に揉んでいては成る話もならない。英昭は気を取り直して明るく振る舞ってみせた。

「ま、いいじゃん、さ、行こうか」

 この一言だけでさゆりの表情は心無しか穏やかになったように見えた。

 

 電車に乗ってからは何時もの二人にも戻ったかように気さくに話を始める。

「貴方知ってた?」

「知ってたよ」

「まだ何も言ってないけどね」

「そうでもないけどね」

 軽く愛想笑いをするさゆり。

「桃子と彰俊君が付き合ってるらしいわよ」

「らしいな~」

「知ってたの?」

「全然知らないけどさ」

「ふん、貴方ってやっぱり変わってるわね」

「そうでもないさ」

 さゆりは少し神妙な顔つきになって言葉を続ける。

「私、桃子とは結構仲がいいのよ、それで相談された事があるの」

「何を?」

「彰俊君もギャンブルが好きなんだって」

「ふ~ん、それで?」

「それでって、貴方も彰俊君とは仲がいいでしょ? 何も思わないの?」

「仲いいったってそれほどでもないよ、それにあいつが何をしようが俺の知った事でもないしさ」

「結構白状なのね」

「そういう訳でもないさ」

「まあいいわ、こんな話し出した私も悪かったわね」

 英昭は何も考えずに窓外の景色を眺めて軽く微笑んでいた。それを見たさゆりは益々英昭の性格が分からなくなっていたのだった。

 

 

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 電車に揺られる事数十分、目的の駅に着いた二人は徐に空を見上げる。さっきまで薄曇りだった空は何時の間にかすっきり晴れ渡り、可愛い雀の鳴き声が聴こえて来る。

 昨晩降っていたであろう雨で黒く濡れていたアスファルトの地面も乾いて白く見える。その上を歩く人々の足音はあくまでも平然として、快晴を喜ぶ気持ちはそれだけでは伝わっては来ない。しかしその表情からは感じ取られるものもある。それはこの二人とて同じで先に口を切ったのは英昭の方だった。

「な、晴れただろ、俺の読みは当たるんだって!」

 さゆりは敢えて何も口にせず、無言のまま英昭の顔に目を向ける。聡明で洞察力のありそうなさゆりの目は英昭の内心を見透かしているようでもあった。

 駅を出てから更に歩いて十数分を要するこの道は通称オケラ街道と呼ばれる緩やかな上り坂が続いており、道中に見える家々は山手の如何にも高級住宅地という風景を漂わす。そこに佇む樹々や遠くに聳える山々は自然の雄大さを感じさせてはくれるものの、これから多くの者達が訪れる競馬場はあくまでもギャンブル場であって、そこに向かって歩く人々も当然登山客などではなく博打に魅了された者が大半なのである。

 そういった光景は往々にしてある訳なのだが、そこに一々矛盾を感じる英昭もまた繊細な気質であるのかもしれない。さゆりが英昭との仲を訝んでいたと共に、英昭もまた自分が本当にギャンブル好きなのか、その真意までは理解出来ずにいたのだった。

 そうして競馬場に辿り着いた二人は改めてその人の多さ、そして美しい景観に感動するのであった。敷地面積も計算出来ないほどのこの大きな競馬場にはそれこそ自然の理がそこかしこに屹立しており、桜に欅、松、杉、紅葉等一通りの美しい樹々が揃い立ち、丹念に刈り込まれた芝生や水面に蓮を浮かべる池は一時の心の安らぎを齎してもくれる。

 これには流石のさゆりも感動したようで思わず声を出す。

「綺麗ね~、こんあ所来た事がないわ」

 英昭はこの一言だけで心が充たされるような気がした。

「そうだろ? これこそがこの世の天国、悠久の浄土だよ」

「ふん、大袈裟ね」

 確かに大袈裟ではあるがそこまで言ったとしても過言ではないこの景色はたとえ博打場であっても二人のデートスポットとしては決して間違いでなかったようにも思える。

 満足した英昭はさゆりの手を取って少し奥まで進んで行き、敷地内にある公園で足を休めた。晴れ渡った空には二羽の燕が雲間に差し込む光芒に向かって舞い上がって行く勇ましい姿が映る。それを見た英昭は軽率ながらも思った事をそのまま口にする。

「あの燕、まるで俺達みたいだな」

 さゆりは整然とした雰囲気のまま答える。

「何言ってんの?」

 英昭は微笑を浮かべて照れ隠しをしながら軽くさゆりの手を握る。この時英昭には僅かながらもさゆりの手に力を感じられるのだった。

 

 その後も二人は他愛もない話をして辺りを散歩しながら時を過ごす。昼前になった頃英昭は昼食の事を口にする。

「昼はどうする? 食堂に食べに行く? それともここで弁当でも食べる?」

 互いに人混みを嫌う性格だった二人はせっかくの景色をもっと楽しみたいという意見が合致してここで弁当を食べる事にした。

「じゃあここで待ってて、ここも昼は結構人で込み合って来るから、直ぐに買って戻って来るから」

 英昭はそう言って彼女の下を離れ早歩きで弁当を買いに行く。さゆりは何ら疑う事なく場所取り方々その場に大人しくも少しだけ足を拡げて坐っていた。

 売店には既に大勢の客が並んでいた。何とか弁当を買ってさゆりの下へ戻る英昭。この時英昭には魔が差のであった。それは自分が想定していた事なのか否か。

 さゆりはそんな英昭の行動にも一切憂慮するは事なく、ただ悠然と辺りの景色を眺めているのであった。

 

 

 

 

 

 

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