人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  十一話

 

 

 英昭が足早に駆け付けた店は天遊会館という如何にも昔ながらな屋号のパチンコ店であった。そこは彼の地元の隣町に位置するのだが歩いていけない距離でもない。

 午後5時半、店の前には既に人だかりが出来ていた。新装開店という変則時間に開店するイベントは当時は新台入れ替えの際、当たり前のように行われていたイベントであり、その日は良く出ていた。その最たるはやはりパチンコ、スロット共に仕組まれていたモーニングというサービスで、この台を引き当てる事が出来れば小資金で大当たりをゲット出来、勝利する確率も大幅に上がって来る。

 普段からこのモーニングを入れてある店なら尚更で、新装開店時なら全台に入ってる事もしばしばあった。となるとこの時は正に勝利する気満々、寧ろ勝って当たり前のような気持ちで店を訪れる者が殆どと言っても過言ではない。

 午後6時の開店を待つ皆は殺気立っており中には喧嘩を始めている者もちらほら居る。英昭はそんな奴等を後目に彰俊の姿を探す。地元であった彼は既に列の真ん中ぐらいに並んでいた。そこから数十人を挿んだ後ろに控える英昭は彼の下まで行きたかったが、この大勢の人並みを掻き分けて前に進んで行く勇気は流石に持ち合わせていない。英昭は致し方なく後ろの方で大人しく並んでいた。

 時刻は5時45分。いよいよあと15分で開店だ。逸る気持ちを抑えられない英昭にはこの15分が1時間ぐらいの長さに感じられる。早く開けてくれないものか、表は並んでいる人達でパンク状態だ。落ち着かない様子で並んでいた英昭の更に後ろの方から、その気持ちに火を付けるような一団が訪れる。

 5、6人で颯爽と現れた彼等は厳つい表情をして一番後ろから人混みを掻き分けて一番前まで進んで行く。その道中では誰一人として文句を言わない。彼等こそはこの界隈で幅を利かせていた言わばアウトロー達で中には英昭や彰俊の先輩にあたる人もいる。

 一番前まで押し進んで行った彼等は店のシャッターを蹴り上げ

「早く開けろやゴラ!」

 などと怒声を上げて皆を威嚇する。ようやくシャッターが開き店内にはこれまた厳ついマネージャーが睨みを効かせているのだが、決して真正面は見ずに身体は客に対して90度の角度を保ったまま立っていた。

 先輩達はドアまで蹴り上げてまた怒声を浴びせる。店のドアは今にも壊れそうな感じだ。それでもマネージャーは何ら動じずに突っ立っている。

 そしてやっとこさ6時になり開店する。大勢の客達はまるで突撃するかのように勇ましく店内に雪崩れ込んで行く。今まで大人しくしていた英昭はこのどさくさに紛れて出来る限り前に突っ込んで行き何とか台をゲット出来た。

 取り合えず500円分の玉を上皿に流し、彰俊を探しに行く。彼は一シマ向こう側の台に坐っていた。

「おう、取れたんだな、安心したよ」

「お前は?」

「勿論取ったさ、じゃあ頑張ってな!」

 そう言って自分の台に戻り勝負を始め出す英昭。皆の殺気が伝わって来る。怖いぐらいの殺気だ。そんな鉄火場のような雰囲気の中で英昭は見事に1000円ポッキリで大当たりを射止める事が出来た。

 回転数にして二十数回転、一発目のリーチ。モーニングが入っていたに違いない。当時はまだノーマルリーチしか無かったが、このノーマルリーチこそが最大のスーパーリーチであったようにも思える。リーチしてから三つ目の図柄が何処で止まるか全く分からないこのノーマルリーチは正に射幸心を煽る瞬間であり、胸が高鳴る中でピターっと同じ図柄が揃った一瞬は感動ものである。

 結構早めに大当たりを引き当てた英昭だったが辺りを見回すと既に当たっている者も多くいた。一斉に台のランプが光り始める。お祭り騒ぎ一色の店内は落ち着く姿を一向に見せない。英昭はその後も何度か大当たりを引き当て昂揚感に浸っていたのだった。

 

 

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 ギャンブルには関心が無い、或いは嫌いな人達にはこの気持ちは分からないかもしれない。ギャンブルに於ける射幸心や昂揚感とは他のものとは異質なものにも感じられる。それは賤しい話かもしれないが仕事もせずに巧く行けば一瞬にして大金が手に入るといった魔法のような力を感じる事に他ならない。

 これこそがギャンブル依存症の根源であって、そこに惹かれる人間の意志とは実に脆いものかという事にもなる。しかしこの昂揚感は医学的にも証明されており特にギャンブルで勝った時などはより多くのエンドルフィンやドーパミンが分泌されるとも言われている。それは自分自身が取った行動に依って脳が一時的にも麻薬に冒されている事を証明する。

 問題はこの後で、ギャンブルに打ち興じる事はその昂奮を自ら欲した上での所作なのか、将又現実逃避がしたいだけなのか。無論何れも当たっているような気もするのだが、ギャンブルを嫌う者にとっては後者を思い浮かべる事が多いと思われる。

 この人もそう思う一人であった。

 英昭の帰りが遅い事を心配していた母は未だ夕食には手を付けずにただ息子の帰りを待っていた。ダイニングのテーブルに肘をついて思いに耽っていた母は一人呟く。

「あの子やっぱりギャンブルに嵌ってるんじゃないかしら、あれだけ忠告しておいたのに.......」

 母の心配も他所にパチンコを続ける英昭はもはや夕食の事などは完全に忘れていた。連チャンを続ける彼は正に脳内麻薬に冒され他の事など顧みる余裕も無くしていた。足下を見ると既に十数杯の玉の詰まったドル箱が積み上げられていた。

 ようやく連チャンがストップした頃英昭は徐に時計を見つめた。午後8時過ぎ。時刻を知った彼はここで初めて正気を取り戻したように家で待ってくれているであろう母の事を思い出す。

 出玉を流しメダルを貰って景品交換所に赴く英昭。彰俊に声を掛けようともう一度店に入ろうとした時、自分の腕を掴む怪しい影が現れる。その者は英昭を威嚇するような少しドスの利いた声で脅して来た。

「兄ちゃんよく出たな~、こんなに出しちゃダメだろ~」

 数人居た怪しい連中だったがその顔つきから察するにそこまでヤバそうな奴等にも見えない。英昭はまた一人だけでもぶん殴って逃げようとも思ったが、行動に出る間もなくもう一つの力が彼の前に現れ連中を一瞬にして叩きのめした。

「お前ら何処のもんだよ、おー! 慣れねー事してんじゃねーよゴラ!」

 その人は開店直前に現れた先輩だった。先輩達はその半端者達をシバき回して更に金まで取る。連中は泣きを入れてそそくさと退散する。

「すいませんでしたー!」

 そこまでしなくてもと思った英昭は恐る恐る先輩に礼を言った。

「澤田さん、有り難う御座います、お陰で助かりました」

「おう英昭、久しぶりだったな、お前結構儲かったみたいだな、良かったじゃん、でもパチンコばかりしてたらダメだぞ、分かったな!」

「はい、分かりました、本当に有り難う御座いました」

 深々と頭を下げた英昭は彰俊の事を忘れそのまま帰って行く。後ろを振り返ると店はまだ赤々と眩しいぐらいの灯りを灯し続けていた。

 

 家に帰った英昭を待ち続けていた母は当然の事ながら訊いて来る。

「直ぐに帰って来ると言いながらこの時間なの? 一体何処で何をしてたの?」

 英昭は考えられる限りの嘘をつく。

「最近出来た彼女に会いに行ってたんだよ、それだけだよ、心配掛けてごめん」

 そんな嘘で騙される母では無かった。彼女は英昭の履いていたズボンに目をやりその膨らんだポケットを見つめる。

「あんたポケットに入ってる財布出しなさい」

 観念した英昭はこれ以上は抗う事なく素直に財布を差し出す。すると母は中身を確かめようともせずに英昭を叱り始める。

「やっぱりなのね、その大きさなら結構儲かったのね」

「ま、ま~、そうだけど」

「取り合えず嘘だけは辞めなさい、絶体にギャンブルを辞めろとも言わないわ、私はお父さんの気持ちもよく分かってたから、その代わりほどほどにする事、そして絶体に人からお金を借りてまではしない事、分かった!?」

「分かったよ」

 一見母の言い方は甘いようにも受け取れるが、実はそうでもない。この時の母の表情は真剣そのものだった。それを感じたからこそ英昭も何も言い返す事が出来なかったのだ。だがもう一歩掘り下げて考える必要もあったように思える。それをしなかった母はやはり甘かったのか、それともまだそこまでの憂慮は無かったのか。

 何れにしても正直に白状した英昭の気持ちは今の母には嬉しく思える。そして精魂込めて作っていた夕食を二人で食べ始める。この時の二人には明るい笑みは無く、ただもくもくと食べる二人の姿は虚しささえも漂わすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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