人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  十二話

 

 

 それから一年余の月日が流れ高校三年生の正月を過ぎた一月中旬。秋の優雅な雰囲気を一切拭い去ったこの時期に感じる事はただ寒いだけという実に淋しいものだ。あれだけ鮮やかに咲き誇っていた樹々もすっかり枯れ果て、葉を失ったその姿はまるで案山子のようにも見える。

 白い雪にも風情を感じない訳でもないが、人間に動物、虫、植物、あらゆる生命の中で特に人が抱く正直な気持ちとしてはこの寒さの厳しい冬を出来るだけ早く通り過ぎ、穏やかな春の到来を待つというのが専らであろう。

 そんな些か贅沢に思える感情とは別に、質の違った贅沢、或いは夢物語とも思える幻想に浸っていた者が居た。

 英昭のギャンブルの調子はあれからもちょっとした浮き沈みはあったものの、その収支はあくまでもプラスで景気の良いものであった。

 ギャンブル好きな者なら誰もが一度は見る夢、玄人(ばいにん)。博打で生計を立てる事など普通に考えれば馬鹿げた話である事は言うまでもないのだが、まだ人生経験の少ない英昭のような若者がそんな夢を観てしまうのも不思議ではないかもしれない。ギャンブルの調子が良いのであれば尚更だ。

 ビギナーズラックで最初だけ儲かっただけなら直ぐに諦める事も出来たに違いない。しかしその後も至って順調にギャンブルに依って貯金を増やしていた彼を諫める確実な術があるだろうか 。いくら他人が何を言った所で大した効果は見込めない。自分自身を律するしか道は無いのだ。負け続けているのならまだしも、勝ち続けていた事こそが最大の問題であった。

 高校三年生の年明けは学校は殆ど休みに等しかった。大学に進学するつもりが無く就職する事を希望していた英昭には受験勉強なども全く関係ない。となると自由な時間は増える一方だ。この頃の彼はほぼ毎日のようにパチンコ屋に通い、或いはさゆりとデートをしたりして遊び呆けていた。

 さゆりは大学に進学する為の勉強が忙しかったので英昭と会う機会は少ない。そんな彼女の邪魔をしてはいけないと控え目に振る舞う英昭。この事といい、あれからもギャンブルを続けながらもその仲を保ち続けていた狡猾さといい、彼の周到さにも或る意味では感心させられる。彰俊はそんな英昭を羨むように嫌味を言うのだった。

「お前は凄いよ、こんな状態でもまだ仲良く付き合ってるしペテン師みたいなもんだな、それに比べて俺なんか......」 

 彰俊を反面教師にして来なかった英昭は決してペテン師などではなく、さゆりとの仲も単なる偶然の産物に過ぎなかったのだ。そんな自分の姿を省みる事なく何時ものように軽い言葉を掛ける英昭。

「今日も行くか?」

「決まってるじゃん!」

 二つ返事で答える彰俊もまた単細胞な性格であった。

 

 この日学校の授業は昼までだった。放課後颯爽と帰途に就く英昭の姿を少し訝りながら見つめるさゆり。だが家に帰ってからも勉強が待っていた彼女はそこまで気に掛ける事もなく何時ものように静々と歩いて行く。その道中で彼女は例の公園に一人立ち寄った。そこでベンチに坐り遠くを見つめる。

 一昨年まではしょっちゅう来ていたこの公園。ここで逢瀬していた時の英昭は穢れの無い好青年という感じがしていた。何度か口喧嘩をした事もあったが、その内容についても彼は何時も真正面から自分の言を聞き入れ真正面から反論する。そうして二人は少しづつでも絆を深めていたのだ。

 屈託なく接して来る彼も気持ちには翳が感じられない。だからこそ今までも付き合って来たのだ。しかし最近、特に年が明けてからの彼には何処となく裏表が、いや違う、寧ろ稚拙と言うべきか。その様子には何か理屈抜きに引っ掛かるものがある。でもそれを稚拙と言うのなら今までの自分が浅はかであった事を肯定する事にもなる。はっきりとした事は分からないまでも彼が変わってしまった事には違いないように思われる。

 寒くなって来たさゆりは長居する事なく公園を後にした。冷たい北風は葉が殆ど付いていない樹々をも揺らめかせる。そんな淋しい情景はさゆりの心にも浸透して来ていたのだった。

 

 

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  分厚いジャンパーを着込んでいた英昭と彰俊の二人は家に帰り着替えるまでもなく、そのままの恰好で店に赴く。パーラーマンモス。そこは二人が初めて行く店であった。

 まだ昼下がりのこの時刻、店には如何にも常連といった風の年配の客の姿が目立つ。そんな事は一向構わずに台を物色し始める二人。その目は真剣で正に勝負に出る者の鋭い峻厳な目つきだった。英昭は久しぶりにスロット台に坐る。彰俊はパチンコのセブン機に坐った。

 当時のスロットは3号機が主流で店に依ってはまだ2号機もちらほら置いてあった。何れにしてもAタイプ(ノーマル)機種で大当たり確率も比較的甘いながらも出玉は結構多いが連チャン性は低い。正に運勝負となって来る。

 彼は5000円で初当たりを引く事が出来、その後少し嵌りはしたものの結局はそこそこのプラス収支が見込める出玉を手にする。

 一方彰俊は全くダメで既に15000円をすっていた。様子を見に来た英昭は今日はもう止めるよう進言するが諦めがつかない彰俊はその後も打ち続け結局3万円という高校生には大金を使い果たす事になってしまった。

「だから止めとけって言ったじゃねーか、勿体ないな~、運が無い時は素直に退く事も重要なんだって!」 

 一見尤もらしい英昭の言も今の彰俊の耳には何か説教でもされているような鬱陶しい響きがあった。

「いいな~、お前また勝ったのかよ、やっぱりお前には博才があるんだな」

 英昭は自分の席に戻り出玉を交換しようとした。その時一人の店員が彼に近付き脅すような声を掛けて来た。

「自分、まだ18になってないだろ? この出玉交換出来ないぞ」

 英昭は一瞬物怖じしたがせっかくの出玉を交換出来ないとは聞き捨てならない。彼は少し顔を強張らせ勇ましく反論する。

「高校生だけど18にななってるよ、だいたいそれなら何で今まで注意しなかったんだよ? 今になってそんな事言われても従えないよ!」

「いいから大人しく帰れ、まだ反抗するようならただじゃ済まさねーぞ!」

 問答無用で威嚇して来るその男は見るからにヤンキー上がりのような厳つい風貌を誇示するかのように全く退こうとはしない。こうなれば英昭ごときでは勝ち目がない。彼が諦めかけて帰ろうとした時、一人の男が悠然とした雰囲気で近付いて来た。

「いいから、交換してやれや」

「これは澤田さん、お知り合いですか?」 

「ああ」

「分かりました、では」

 店員は一瞬にして態度を変えた。掌返しとはいえ澤田さんの登場は正に渡りに船、地獄に仏であった。英昭は交換し終えた後、店内に戻り澤田さんに礼を言って少額の金を手渡した。

「何だこれ?」

「ほんのお礼です、この前の件といい今日といい本当に助かりました、有り難う御座いました」

 澤田さんは深々と頭を下げる英昭を外に連れ出してから顔に力強い一撃を放った。

「博打はそこそこにしろと言っただろうが!」

「すいませんでした! これからは自重しますから」

「お前があちこちで勝ち続けてる事なんかとっくに耳に入って来てんだよ、これから三ヶ月の間にもう一度お前の姿を見かけたらその時は容赦しないからな」

「分かりました、すいませんでした」

「もういい、行け」

「はい」

 澤田さんにビビり上がった英昭は彰俊と共にしゅんとした面持ちで家に帰る。

「英昭、大丈夫か?」

「ああ、お前も一時辞めた方がいいぞ」

「そうだな」

 二人の足取りには全く覇気が感じられなかった。

 北風は更に勢いを増し、辺りに厳しい冬の姿を見せつける。既に陽が沈んでしまった街の光景はまるで昼と夜が一緒にやって来たようにさえ思われる。英昭はさゆり以上に淋しい気持ちに冒されて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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