人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  二十三話

 

 

 都会の喧騒とはいうが、敢えてそこに身を窶す、ギャンブルに嵌っているこの現状に憂き身を窶す事に依って何がしかの突破口を見出そうとする思慮も決して間違ってはいない気もする。堕ちる所まで堕ちないと底が見えない、と言えば浅はかな感じもするのだが、今の英昭にはそうする事でしか己が生きている証を立てる事が出来なかったのかもしれない。

 依然として彼はボートレースに興じていたのだが、一朝一夕に大金を得る事は出来ない。そこで思い付いた事は実に稚拙で軽率で打算的な話なのだが、1レース辺りにまとまった金額を投資して大儲けするといったいわゆる勝負だった。

 或る休日に競艇場に赴いた彼はいきなりそれを実行に移す。次のレースもインは明らかに強いA級レーサーでまず逃げる事は間違いない。となればまたヒモに来る選手を入念に予想する事になえる訳なのだが、このレースでは1と4が一線級のトップレーサーで3連単も1-4からガチガチに売れていた。

 そこで思い付いた予想は1-4-2と1-4-5の二点で勝負する事。6はまだデビューしたばかりのルーキーでこれまでもオール6着の成績だったので買う必要は全く無い。そして3の選手も最近は調子を落としていてまず連には絡まないだろう。英昭は舟券を買った時点で勝利を確信していたのだった。

 レースが始まる。枠なり3対3の自然な体型。スタートもほぼ同体。これなら取ったも同然だ。そう思った刹那事件は起きる。

 スタートを切った後インの選手が1mのターンでいきなり振り込んで(キャビテーション)しまいその選手はドベになってしまったのだ。こんな理不尽極まりない事は無い。それならいっそスタートも遅れて出遅れになってくれていれば舟券は返還さえれていたのだ。それが一応スタートだけは普通に切ってしまったのでレースは成立してしまった。要するに彼の買っていた舟券はその一瞬にしてパーになってしまったのだ。

 そんなレースに張った金額は実に20万円という大金であった。それを僅かレースが始まって2、3秒という短い時間で捨ててしまった英昭。彼の心は正に一瞬にして真っ二つに折れてしまったのだ。

 放心状態に陥った彼は天を仰ぎ幻の自分を見ていた。それは勿論幻ではなく真実なのだ。現実、真実が見せる余りにも過酷な姿。それはまだそこまで収入のない英昭にとっては全く免疫の付いていない事象であって、正気を取り戻す術は何も無い。

 顔を下ろし財布を改めるとあと十数万円入っている。普通ならここで諦めて帰る所だとは思うがギャンブルという実に厄介な魔法に憑依されていた彼の身体は一向に動かない。

 そんな英昭の姿が気になったのか、或る人が声を掛けて来る。

「兄さん、結構いかれたのかな?」

 誰とも知らないその人を見た英昭は何も考えずに答えた。

「あ、はい、やられましたね」

「だろうな、でもここで諦めては真の玄人(ばいにん)には成れないよ」 

「というと、いいレースがあるんですか?」

 その男はしめたと言わんばかりの顔つきで言葉を続ける。

「そう来なくっちゃな、次のレースはダメだ、大した奴がいないから、最終レースはイノキ(1-2-3)一点で取れるよ、頑張ってな」

 そう言って立ち去った男。もはや予想する力も失っていた英昭はその男の言を信じてまだ1時間以上後にある最終レースをイノキで購入して一旦外へ出る。

 外は一歩出るだけでも汗ばむような猛暑を漂わしていた。額からな流れ落ちる汗、これは決して運動した後の心地よい汗ではなく、自分自身を省み冷や汗か或いは血の涙か。多少汗かきだった彼は地面に流れ堕ちた汗に目をやった。するとその汗は地面に堕ちた後もただアスファルトに溶け込むだけで上に跳ね返ろうとはしない。全く元気が感じられない。

 ここが底なのか、心の終着駅なのか。大袈裟にもそんな事を思い浮かべ悲嘆に暮れる英昭。留まる事を知らない汗は小規模ながらも地面に醜い沼の姿を象るのだった。

 

 

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 うだるような暑い夏を必死に過ごしているのは英昭だけではない。彼の人生の中で一番似たような環境にあったのは幼馴染の義正である。高校を中退していた彼は相変わらずギャンブルに身を窶し惨めな人生を送っていた。

 ろくに仕事もしていない彼は完全なギャンブル依存症で英昭にも勝る自堕落な生活をしていた。そんな彼が日頃から抱いていた邪な野望はまとまった金を手にするといった実に甘えた夢物語であった。

 ギャンブルは好きだがそれで生計を立てる事は無理に近い。となれば金を奪い取る。余りにも短絡的な発想なのだが、それこそが博打に身を堕とした者が一度は観る幻なのかもしれない。現にそういう事件はいくらでも起きている。ならば自分にも出来るのではないか。その想いは冗談の範疇を超え、もはや現実にものと成って行く勢いがあった。だが一人では心もとない。彼は久しぶりに英昭を訪ねる決心をしていたのだった。

 他方英昭は最終レースの結果を、見ないまま帰途に就いていた。当たっていない事を理屈抜きに悟っていたのだった。百歩譲って的中していたとしても大した金額には成らない。勿論それとて金には違いない訳なのだが、今の彼には罰当たりな言い方だがはした金に過ぎないのだった。

 何とかして大金を掴みたい、今までの負けを一掃出来るぐらいの、そして一生遊んで生きて行けるぐらいの大金を。

 敢えて二元論で考えるなら、良い想いを悪い想い。この二つの想いの中では得てして悪い想いの方が勝ってしまうのはその者の心の弱さが招く至らない人間性だけに起因する事なのだろうか。 

 失意の先に観る夢。それはあくまでも悪い意味で義正のそれと類似、いや全く同質のものであった。

 夕方になり家の傍まで帰り着いていた英昭と時を同じくして姿を現す義正。彼の姿は英昭の上を行くような切羽詰まった後戻り出来ないようなまるで背水の陣を思わせるような只事ならぬ終末観を漂わす。

「よ、久しぶりだな」

 当たり前のように声を掛けて来た彼の口調にも元気は感じられない。

「何だお前か」

 一応返事をする英昭にも旧友に会ったという喜びは全く感じられない。強いて二人の間に共通点を見出すならば英昭の悲壮感と義正の焦燥感だけか。でもその二つの感情が織りな姿はそれこそ曲がりなりにも一つの志を象る。

 互いに歪んだ想いを抱く者同士が赴こうとする道。その邪な道は今正に大きく口を開いて待っていたのだった。

 

 

 

  

 

 

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