人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  二十六話

 

 

 現場に着いた二人は手筈通りに防犯カメラにスプレーを吹き付け辺りを警戒しながらも素早く行動する。英昭はシケ張り、義正はATMが置かれているハウスぎりぎりに付けていたトラックの上から直接重機を操縦する。

 華奢なハウスは一瞬にして潰れ去りATM機が姿を見せる。それをそのまま重機で掴み上げ見事に奪取した。トラックに積まれたATM機はシートで覆い隠し、英昭は急いで運転席に乗り込む。

 数十m走った所で車を停め、義正がトラックの荷台から降りて来る。席を交代した二人はここで初めて一息つく事が出来た。この間僅かに5分。正に予定通りの全く手抜かりのない仕事っぷりであった。

「やったな! これで俺達は億万長者か?」

「慌てるな英昭、この中に入ってるのはたかだが千数百万だよ」

「そんなものなのか?」

「今から資材置き場に行ってそこで機械を潰して金を抜き出す、話はそれからだ」

 義正はそう言って次なる現場へと向かう。それにしてもこんなに簡単に出来るとは思ってもいなかった英昭は昂奮を抑え切れない。不安は一気に消え去りまた酒を飲んでいた頃の夢心地に誘われる感じがしていた。

 悪事には違いない訳だが鼠小僧を再現するかのようなこの人を一切傷けないやり口はスリル満点で、相手がサラ金業者となると背徳感も無いに等しい。

 一人でほくそ笑む英昭に対し、全く動じていないような様子を漂わす義正は少し冷たい口調で喋り出す。

「お前、油断するなって! まだ金を手にした訳でもなかったらこの先捕まらない保証も無いんだぞ! それと俺達は既に悪事に手を染めてしまったんだ、犯罪者なんだよ」

「それは分かってるけどさ、でも誰かを傷つけた訳でもねーし、そこまで卑屈になる事もねーんじゃねーか?」

「確かに人様を傷つけてはいない、だが既に三つの罪を犯してるんだ」

「何だよ?」

「不偸盗(ふちゅうとう)、不妄語(ふもうご)、不飲酒(ふおんじゅ)、つまり盗み、嘘、酒、仏教の五戒で今の所まだ俺達がその戒めを守ってるのは不殺生(ふせっしょう)と不邪婬(ふじゃいん)、生殺与奪と不道徳な性行為だな」

「何だお前何時からそんな言葉使えるようになったんだよ、だいたいそんな奴が何故強盗なんてするんだよ、完全に矛盾してるじゃねーか」

「それを言われたら返す言葉はねーよ、よし着いたぞ」

 車を降りた義正はまた素早く重機に乗り込みATM機をこなごなに粉砕して金が入っている所を取り出した。中身を改めると約1500万円が入ってあった。これをどう分けるかという話なのだが義正は少し厳しい言葉を投げ掛けて来た。

「七三にちょっと色を付けて俺が1000万、お前は500万でそうだ?」  

  英昭は怪訝そうな表情で答える。

「お前倍も取るのか? それは取り過ぎじゃないのか?」

「お前何もしてねーじゃねーか」

「確かにそれは......じゃあせめて600万くれねーか?」

「ま、いっか、お前とは保育所からの付き合いだしな」

 こうして義正900万、英昭600万という金額で話がついた。あとはこのATM機をそうするのかという話だ。義正はこのままにしておいて自分が解体してバレないように処分するという。多少の不安はあったものの英昭もそれは義正に任せるという事で、二人はまた車に乗り込み出発する。

 公園まで戻って来た時、義正は

「じゃあな、油断するなよ!」

 とだけ言い置いて立ち去った。これから夜勤に行くのだろうか。お勤めは無事終了したが、こんな状態で表の仕事が手に就くのだろうか。彼の精神構造は未だに理解出来ない。しかし事ここに至っては悔いても及ばぬ事だ。

 英昭は依然として吹き止まぬ強い風を背に受けながら一人淋しく家に帰る。道中に佇む家々は灯りもつけずにただ静かに大人しくこの強い風に耐えていたのだった。

 

 

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 大学生活を謳歌していたさゆりには一点に翳も見受けられないような気もするのだが果たしてその通りだろうか。いくら聡明な彼女であっても完璧な人間などではない。そのあどけない表情は英昭同様まだまだ若く脆弱にも見える。ましてそれこそ英昭と同じように余り人慣れしていない彼女の人間関係も憂慮される不安材料の一つでもあった。

 それを心配していた者は他でもないさゆり自身であった。彼女が英昭と訣別したように見せていたのは実の所、己が欠点を英昭に当てつけるような、半ば自己投影にも似た所業でもあったのだった。

 或る意味似た者同士が陥りがちな、互いの欠点同士が摩擦し副作用を起こすように意に反して生じる悪性の自然性。純白な色同士がいくら混ざり合っても他の色にならない事は言うまでもないのだが、そこにたとえ一滴でも多色を入れる事に依って変色してしまう科学的な必然は自然の理なのだろうか。

 それを人間の心理的、精神的な側面に照らし合わせると必ずしも良い色を映し出すとは限らない。無論それは人それぞれの感性、感受性にも委ねられて来る訳なのだが、他人を余り干渉しない英昭とさゆりのようなどちらかと言えば無気力無関心な二人には、堅実な生き方は出来ても大輪の花を咲かせる事は無理な気もする。

 大輪の花と一言に言ってもそれこそ十人十色、多種多様な価値観は色んな事象を呈する。その生涯に於いて大輪の花を咲かせる事を思い浮かべる者もいれば、たった一つの恋に対して花を咲かせたいと思う者もいるだろう。これは決して規模の大小だけの話ではなく、あくまでもその者が思い描く、そこに立ち向かわんとする言わば心のベクトルなのだ。

 その方向性や熱量が時と場合に依って変化する事も当然ながら、少しだけでも見誤った時の対処法は残念ながら今の二人にはまだ備わっていなかった。それを永の人生に於いて見出して行く事こそが生きて行く糧になるのかもしれない。そういう意味では如何に聡明なさゆりとてまだまだ発展途上にあったと言わねばなるまい。

 彼女が少し危惧していた事は英昭との事も然る事ながら、大学での友人関係だった。彼女に対して露骨に文句を言ったり、嫌味を言う者など一人もいなかったのだが、バイト先の出版社で先輩社員から一度だけ言われた事が何時になっても消えない。

「貴女はほんとに賢くてミスもしないから大助かりなんだけど、何か面白くないわね~、たまには子供のようにミスでもしたら?」

 この人の言はさゆりには全く理解出来なかった。何故無理してまでミスしなければいけないのか、もしそんな事をすればそれこそ怒られるのは明白である。それなのに何故。出来の悪い子ほど親には可愛いものだという人もいるが、そんな経験は今までの人生では一度たりとも無かったのだった。

 幼稚園、小学生、中学生、高校生、そして大学生。その過程に於いて親は勿論、同級生にも先輩にも後輩にも先生にも何か嫌味じみた事を言われた覚えは無い。もしかすると内心では疎まれていたのだろうか、嫌われていたのだろうか。いやそんな筈は無い。何故ならば英昭が証明しているからだ。彼は一度たりとも自分の事を鬱陶しがるような素振りを見せた事すら無い。それどころか何時も褒めていてくれた。たとえそれが世辞であったとしても。

 これこそが社会の厳しさなのだろうか。子供のようにもっと無邪気な側面も見せなければいけないのだろうか。白でも黒でもないこの実に半端な人間社会。これこそが多二元論思想なのか。確かにそんな簡単に割り切れるほど甘い世の中である事は言うまでもないのだが、物事をシンプルに片付けたいと思うさゆりの思慮は多元論思想に反するものなのか。

 訣別といっても過言ではない別れ方をしてしまったさゆりだったが、今になってまた英昭に会いたいという想いが自然と込み上げて来る。彼は会ってくれるだろうか、今どんな事を考えているのだろうか。

 嵐のあとの静けさとでも言おうか。今正に風の叫びは止み、己が心情と地上全体が飽和状態になったような気がする。だがそれはまた蒸せるような夏の暑さを投げ掛けても来るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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